第二十五話 成長 -1

 課長の新人面談は今日だ。チーム編成の最終決定が下ると思ってもいい。課長が納得いかない場合は課長が決める。

 けれど多分ジェロームと砂原の作ったリスト通りに決まるだろうと華は思っている。二人の分析力はなかなかのものだったと課長も言っていた。

「まだいやか? 教育担当」

「いやだけど……でも頑張ってみようかなって……」

「お! なんだ、積極的じゃん! 良かった、俺にばっかり仕事しわ寄せ来るのかと思ってた」

「そんなつもりないよ!」

 口を尖らせたジェロームの頭をまるで<いい子いい子>するように撫でた。

「いい子だ、お前は。大事な相棒だからな、困ったら言えばいい。別に俺もお前に任せっきりでいるつもりはないんだ。チーフになるんだもんなぁ! お前信じられるか? 4月から正式なチーフになんだぜ、自分のメンバーを持って」

「華さんは良いチーフになると思うよ。だって優しいし冷静だし」

 横から澤田が口出しを始めた。

「ジェローム、それだいぶ目が悪いってことだぞ。こいつのどこが優しいんだ? それに冷静って言うより冷たいって言うか、温度が無いって言うか……」

「澤田。俺に文句あんの?」


 騒いでいるうちに新人が入って来た。最初は三途川チームに配属予定の3人。殊勝な顔をしてあちこちに頭を下げて帰って行く。

「俺もあんなだったのかな?」

 華だけじゃなく、近くにいた澤田も浜田も吹き出した。

「ジェロームはあんなにおどおどした感じじゃなかったよな」

「そうそう、目が据わってたし、俺は睨まれた」

「浜田さん、うるさかったからでしょ? あん時ジェロームにあれこれ聞いてたじゃん、『ハーフ?』だとか、『どこから通ってるのか』とか」

「ごめんなさい、そう言えば俺ひどいこと言ったの思い出した」

 あの時、くるっと浜田に向き合ったジェロームは冷ややかに言ったのだ。

『あなたに特別な自己紹介が必要ですか?』

「しばらく落ち込んだよなぁ」

「ごめんなさいっ!」

「気にするなって。浜田さんの落ち込むのなんて、ほんの2、30分だから」

「華!」

「華の言う通りじゃないか。で、なんでお前はサボってるんだ?」

 野瀬にピシャリと言われて浜田は慌てて席に戻った。


「石尾健です。面談で伺いました」

「あっち」

 鼻っ柱の強そうな石尾が池沢に素っ気なく扱われている。

「早速池沢チーフを睨んでるな」

「でも頭のいい子だよ」

 華はジェロームを諭すように言った。

「ああいうのを頭がいいとは言わないんだよ」


 石尾が課長の待つミーティングルームに入ったが、すぐにジェロームが呼ばれた。

「なんだろう?」

 ちょっと不安な顔で入っていったジェロームはすぐに出てきた。

「なんだった?」

「課長が変な紙を石尾くんに見せてたよ。目がチカチカする模様の。どう思う? って聞かれたから目が痛いって答えて紙を畳んできちゃったけど」

 その様子を説明すると、華がにやにや笑っている。

「石尾くん、俺の言ったことに怒ったみたいな顔してた」

「お前って言うより、課長にじゃないか? ガキ扱いされたってことだし」


 その時ミーティングルームのドアが開いた。出てきた石尾の顔には表情が無い。

「ちょっと行ってくる」

 直に石尾に接するのは初めてだ。

(どう見てもカチカチのお坊ちゃまタイプだな。課長に凹まされたか)

周りも見えていない様子に腕を掴んだ。

「こっち来い」

 ビクッとした石尾をオフィスから連れ出した。

 4階で座らせて水を飲ませた。

「水はただだからな、仕事できるようになったら何か奢ってやる」

「あんたまで嫌がらせか」

「あんた? 俺、お前のチーフだけど」

 どうやら頭に血が上っているらしい。

「課長にこてんぱんにやられたんだな、あの人、容赦ないから」

 どうやら図星だったようで、どんどん顔が険しくなっていく。

「辞めとく? ここで働くの。もう就活のいい時期は過ぎちゃったけどゴールデンウィーク辺りは狙い目だよ。どこでも落伍者が出るからその後釜を狙える」

 強気の新人に中途半端に気を遣うことが出来ない。

『あんたたちには想像もつかないほど必死にやってきた』と石尾は言った。それは自分のためで、そうしないと周りには認めてもらえないからと。

「確かに俺も自分のために仕事してるよ。そこはおんなじだな、その方が楽しいし。でもなんでそんなに周りに認めてほしいんだ? つまんない生き方してるなぁ」

「ふざけんな! 仕事で楽しい? あいつもそう言ったけどそんなわけ無いじゃないか!」

 立ち上がって叫ぶように言う石尾をじろっと見上げた。

「あいつって? ジェロームのことか?」

「なんであんなのが教育担当なのかわけ分からない。もっとマシな人いないんですか! 分かった、マシな人って忙しいんでしょ、だからあんなヒマそうな人に新人を押しつ」

「それ以上言うな。我慢にも限界がある。今はお前も気が立ってるだろうから俺もそういう目で見るように努力する。大事な部下になるからな。けれど忘れるな。ジェロームも俺の大事な部下だ。あいつがいなかったら俺の業務は成り立たない。まずあいつとまともに話が出来るようになれよ。今日はお疲れ。またな」


(頭に来た!)

その勢いで課長のところに乗り込んだ。 

「どうした?」

「あいつをジェロームと一緒にしたくないです」

「石尾か?」

「そうです。理由くらい分かるでしょ? これから大変なんだ、ジェロームは」

 4月15日だ、相田の第1回公判は。

「それでもやらなければならないことがあれば、手を抜くヤツじゃない」

「その前に立ち直れなくなったら!」

「お前が成長しろ。もちろん俺も池沢もバックアップに入る。だが、チーフがジェロームの盾になれ。石尾をものにしろ」


 バタン! とミーティングルームを出てジェロームを4階に引っ張り出した。

「ジェローム、来い。喉渇いた!」

「はい」

 何を飲むかと聞けばフルーツオレ。

(緊張感の欠片もないな!)

今朝自分が言った言葉は忘れた。

『困ったら言えばいい。別に俺もお前に任せっきりでいるつもりはない』

(やってらんない、あんなのをものにしろだなんて)

「で、今度は何ですか?」

「今度はって……」

「なんかあったんでしょ? 怒ってるもん」

「課長が分からず屋だからだ!」

「分からず屋と分からず屋が喧嘩したんだ」

「俺が分からず屋?」

「だって二人そっくりだし」

 ジェロームが面白がっているのにも腹が立ってくる。

「似てない、絶対に似てない!」

「で、何に腹立ったの?」

「それは」

 そこで口を閉じた。自分のせいで新人と衝突したなんて聞いたらジェロームも凹むだろう。

「石尾が俺んとこに来るっていうからさ」

「だって誰か教えてあげないと、あれじゃダメだって。俺もそうだったから分かる」

「お前とはだいぶ違うよ」

「ううん、同じ。自分のことしか考えてなかったよ」

「理由が違う」

「知らない人から見たら同じだよ。池沢チーフに前言われた。世の中にお前の事情知らないヤツはいっぱいいる。その人たちに自分の理由を説明して回るのか? いつまで可哀そうなヤツでいるんだ? って」

『いつまで可哀そうなヤツでいるんだ?』

 昔の自分が言われているような気がした。確かに誰にとっても自分はただの1個人でしかない。

(それを石尾にも分からせる…… 『お前が成長しろ』って課長が言ったのはそういうことか……?)

 石尾を育てる。自分の在り方で人の在り方を変えていくのか。そう思うと上に立つのは恐ろしいことだとも思う。それでも決意は一つだ。

(お前の盾になる。最初っから最後まであの事件の全てを知っているのは俺だけだ。お前を守るよ)

 フルーツオレを飲んで幸せそうな顔をしているジェロームの鼻を摘まみ上げながらそんなことを考えていた。

「痛いよっ! はだしてよ、はださんっ」

 笑っても指を放さなかった。

「ちゃんと『はな』って言ってみろよ、そしたら放してやる」

「はださん、はだしてってば!」

 鼻を摘ままれてまともに言えないジェロームにひとしきり笑って、後は宥めながらオフィスに上がった。


 千枝が寄ってくる。小声で話しかけてきた。

「華くん、七生ちゃんって子、気をつけて。ずっとジェロームを目で追っかけてたから」

(あちゃー!)

その方面を忘れていた。

(そう言えばあいつは顔がいいしな。父さんが見たらきっと描くって騒ぐよな……)

ミーティングルームの方を恨みがましく眺めた。

(課長! これも俺の職務範疇ですかー!?)


 夕方はいつもの通り、早く仕事を切り上げさせた。ソファに座ったジェロームはあっという間に眠ってしまった。

 そのジェロームを覗き込んだ井上が課長を呼んだ。

「課長、ちょっと来て!」

 明らかに苦しそうな顔をしている。強張った体。眉間にしわが寄って握りしめた拳からうっすら赤いものが見える。

「おい! ジェローム、起きろよっ!」

 華の声に一気にジェロームの体が弛緩した。

「あれ? 俺、また寝ちゃって……どうしたの? みんな」

「手を見せろ」

「手?」

 自分の爪で自分の手の平を傷を創るほど傷めていた。三途川が手早く手当てをした。けれど、みんなが心配する中を、寝る前とたいした変化もなく普通にしている。

(ただの夢か? それにしちゃ……)



「ジェロームの誕生日に何かやりたいな」

 3月頭のそんな華の言葉に食いついたのは三途川だった。

「いいんじゃないの? それ。いつだっけ」

「3月14日。あいつ、魚座なんだな」

「あんたがそういうの気にするとは思わなかったわ。あんたは何座?」

「……言いたくない」

「ふうん……当てようか。乙女座でしょ?」

「なんで分かんの!?」

「あんたが一番言いたく無さそうな星座だから」

 近くに来た広岡や千枝が笑った。

「華が乙女座。似合い過ぎて捻りも何もない」

 そう言ったのは澤田だった。

「お前話に加わんなくていいから。あ、浜田さん、あっち行って」

「なんでだよ! 俺も混ざるよ」

「浜田さんいるとサプライズになんないから」

「それは同感!」

 いきなり参加してきた井上まで華に賛成した。

「まあそう言わずに。いいじゃないか、参加は自由だろ?」

 大人の広岡に、浜田は救われた顔になった。

「俺もいいか?」

「あら、チーフも参加ですか?」

「あいつのことはいろいろ気になる。今のジェロームにはそういう祝い事が必要だと思うよ」

「そう言えば三途さんは何座?」

「浜田くん、射手座ですけど何か?」

「ピッタリ過ぎだよね!」

 千枝の鼻が三途川に弾かれた。

「痛いっ! 三途さんって指も馬鹿力なんだから自覚してください!」


 しばらく星座やら血液型で盛り上がった。課長は蠍座でB型。

「A型じゃないのね!」

 井上が驚く。

「いや、あの非情な割り切り方は典型的なB型だよな」

「俺もB型だけど」

 華がつっけんどんに言い返す。余計なことを言ったと浜田が口を閉ざして華を盗み見た。

「そう言えば華と課長って似てるわよね」

 確かにジェロームにもそう言われた。

「マリエもB型だよ。牡牛座」

「へぇ、印象だとO型なのに」

「あいつ、割り切りいいんだ」

 それに救われてきたと思う。

「華にそういわれるなんてすごいな!」

 今度は池沢が睨まれた。

 哲平が魚座のO型、千枝が蟹座のA型。

「哲平がジェロームと同じ魚座だなんて誰も信じないわね」

 三途川の言葉に千枝が膨れる。

「哲平、意外とロマンチストだもん」

「はいはい、意外とね。チーフは? まさか乙女座なんて言わないわよね?」

「俺はいつが何座って分かんないんだよ。誕生日なら4月12日だ」

「牡羊座! そんな感じだよねぇ。血液型は?」

「女性ってこういう話が好きだな。A型」

「でさ! なにすんの? 肝心な話進まないけど」

 夜にみんなで集まることにした。ついでに飲み会ということになり、車は駐車場に置いていくことになった。

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