第二十一話 厳しい現実
正月明け早々、池沢に怒鳴られた。仕事で突っ走ったのだ。池沢チームにいながらも、チームプレーが苦手な華は自分のペースでどんどん仕事を進めていく。それを今回の案件でもやってしまった。
(なんで遅いんだよ! 普通にやりゃいいんだ)
けれど、自分の『普通』が突出していることには思い至らない。
「チーフ! 今回の仕事は中身がえらくキツいです! とろとろやってらんないです!」
「バカヤローッ! お前がすべきことは見張って息苦しくさせることじゃない、みんなに効率よく動いてもらうことだ。張り過ぎた弓はいつかは切れる!」
オフィスも殺伐とした空気が漂い始めている。みんなが自分の顔をちらりと見る。
「俺、間違ってるかなぁ」
「間違ってるっていうより……」
「なんだよ、はっきり言えよ」
正月に遊んでからジェロームは華に臆さずに喋るようになっていた。
「楽しくないです! 今、仕事ただこなしてるだけです。生意気言ってすみません、でも、忙しいのに充実感が無いです」
「充実感……」
「頑張っても頑張っても、華さんはずっと厳しい顔してる。どうしていいか分かんないです。どうやったら華さんに笑ってもらえるのか分かんないです」
ジェロームにさえはっきりと今の状態を否定されたことで、華は課長に相談をした。
納期があるのだから業務を最優先にするのは当たり前ではないのか。自分がしっかりして仕切らないと間に合わないのではないか。
「お前に仕切れとは言ったが、お前一人で抱え込めとは言っていない。ちゃんとみんなを見てるか?」
「見てますよ! だから空いているところに仕事を回して」
「それは見ていることにはならない。お前、気づいてないのか? みんなの声が減った。忙しいからだ」
仕事をしているのだ。どうして課長がお喋りを気にするのか。
「俺は人選を誤ったか? そんなつもりは無いんだが。答えを聞きたいのか、甘ったれんな! みんなを見ろ。それが答えだ」
たくさんのことが頭をよぎる。今すぐ解決出来るとも思えない。
『充実感が無いです』
『どうやったら笑ってもらえるか分かんないです』
(俺、チーフに投げられた仕事をこなすにはいいスタッフなんだ。けど投げる側に立つっていうのは……)
とうとう仕事を一時中断することにした。このまま先に進むことにデメリットしか感じない。
池沢に『よく仕事をストップしたな』と頷かれた。その話の中で、『時間の無駄』と言う言葉にピンとくるものがあった。
「自分が与えられたノルマを果たす時の効率と、みんなに仕事してもらう時の効率とじゃ、多分意味が違うんだ」
三途川は、自分の状態をテンパっているように見えたと言う。
「テンパって……そうですか、そう見えてたんですね、みんなにも」
「だから文句言わなかったんじゃないの? あんたが必死なのは見えてたから」
(仕切ってるつもりだった。仕切らせてもらってたのに)
ジェロームの言葉が足掛かりだったと思う。言われなければきっと分からなかった。
「ジェロームをしっかり育てろよ。お前の最初の部下だ。あいつの芯を引きずり出すんだ。立派なお前の補佐にしろ」
池沢の言葉にぞくりとした。
(俺……今、部下を預かったんだ……)
責任ある立場に立ったということをようやく実感した。人数の問題じゃない、人を預かり、育てる。もう今までの自分ではないのだ。
(俺のチーム……)
これからの仕事の方向性を一緒に考えたいと言うと、打てば響くようなジェロームの答えが返ってきた。
「井上さんのお母さん、麻痺した方の足ちょっといいらしいんです。だからリハビリの時間、増やせるように出来ませんか? きっと大事な時だと思うんです」
(こういうことか……)
目が覚めるような思いがした。
『ちゃんとみんなを見てるか?』
課長の言葉が響いてくる。
ジェロームは自分に必要な人間だ。自分の見えないところをちゃんと拾ってくれる。安心していいのだ、ジェロームがそばにいれば。
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