第二十話 インターバル -3
「これで朝食!?」
「わぁ、食べきれないよ!」
「このプリン、やる」
「ありがと! 私が食べきれないのは華くんが食べてね」
穏やかな波を見ながら朝食を楽しんで散歩をした。朝食前の展望風呂も気持ちが良かった。男女入れ替えになるが、早朝寒いはずの海を見ながらの広い風呂は心が解放される。
日中は遠出をして兼六園へ。後は適当に周って帰ってからは待望の洞窟風呂。
興奮して帰ってきた真理恵の感想を封じて、華も楽しんだ。地下道そのものが洞窟だ。
(これを老人が一人で掘ったの?)
風呂まで行ってさらに驚いた。
(すっげ……)
溜息しか出ない。女性だけじゃない、男性でも充分楽しめる。目を奪われた。
(一人っきりで……これを堀りながら何を考えたんだろう)
ゆっくり湯に浸かりながらそんなことを考えた。
次の日は釣り。ここは魚が豊富でかなりの釣果が期待できると聞いた。けれど真理恵に先を越される。
「華くん、そんなに竿動かしてると釣れないよ」
その時、すぐ近くで大きな羽ばたきの音。
「マリエ、カモメだ!」
「大きい! ちょっと怖いっ」
「大丈夫だ、じっとして」
真理恵の釣った魚をそっと差し出すとするっとそれが
「私の釣った魚ぁ」
「しょうがないよ。元々はカモメの食事だったと思えば?」
「……分かった。そうする。……そうだね、私たちにはたくさんご馳走があるんだし、ちょっと欲張りになっちゃった」
冷たい風に首を竦めたから自分のマフラーを解いて真理恵の首にかけてやった。
「華くん! だめだよ、私は自分のマフラーしてるのに!」
「俺なら大丈夫。あったかそうなマリエ見てるとそれだけであったかくなる」
ぽっと頬が赤らんだからその頬を撫でた。耳に口を寄せる。
「キス、したい」
「え?」
驚いている真理恵を抱き寄せて口付ける。真理恵の口の中はとても温かくて気持ちが良かった。
あっという間に楽しい時間は過ぎていく。
「我が家は我が家でいいよな。帰ってきたってすっごく実感!」
荷物も放ったらかしで、エアコンをつけて床に大の字に寝転ぶ。急速暖房だから暖かくなるのにそれほどかからない。洗濯機をかけて戻ってくると真理恵が叫ぶ。
「ああ! ずるい、私も寝転ぶ!」
二人で逆さまに頭をくっつけ合って手を握り合った。
「マリエ。楽しんで生きて行こうな。苦しいことや辛いこと、無いって約束でき無い。でも頼りにならない夫だけにはなりたくない。俺は家庭が一番大事だ。子どもが出来たら俺みたいな思いは絶対させない。お前に誓うよ」
真理恵が正座をする。
「華くん。なにも心配してないよ。私はこの世で一番華くんを知ってると思ってるの。華くんの心、とってもきれいだから私は嬉しいの」
その真理恵の膝に頭を載せた。
「俺、甘えるのはマリエにだけだから。見栄、張らずにいられないし、強がるの当たり前だし。けどマリエになら甘えられる。俺は俺の全部をこれからもマリエに見せていく。だからずっとそばにいて」
上からもらった真理恵のキスはとても優しかった。
「よぉ、元気か?」
『華さん!』
「明日お前のとこに遊びに行ってもいい?」
『旅行から帰ってたんですか! もちろんです、待ってます!』
「何も用意しなくていいからな。全部持ってくから」
『じゃ、お茶用意しておきます』
「ジェロームくん、大丈夫だって?」
「待ってるって。頼むな」
「任せて」
真理恵は張り切って料理を作った。一応おせちらしきものも用意した。甘いものが好きと聞いたから、伊達巻はたっぷり入れる。かまぼこや田作り、きんぴらごぼう、煮物。
そして一番力を入れたのが栗きんとん。その量を見て驚いた。
「そんなに食べるかな!」
「食べるよ、きっと。甘党にはこれくらいあっという間だから」
「あいつ、絶対糖尿になるな」
お土産は『ほろり』というクッキーと白餡の和菓子、そして悪戯に買った黒ゴマ味の『小悪魔のプリンちゃん』。
「華くんったら!」
真理恵が笑った。
「ジェイくんのこと、糖尿にしようとしてるでしょ! だめだよ、健康のことも考えてあげて。一人暮らしだと食事偏っちゃうでしょ?」
「分かった、分かった。でも正月くらい多めに見てやろうよ」
さっき言ったことと矛盾しているけれど、華はジェロームを甘やかしたい。
ジェロームの家には10時半頃に着いた。下のインターホンで呼ぶと元気な声が聞こえる。
『明けましておめでとうございます!』
「おい、顔見て挨拶だろ? なんでインターホンで言うんだよ」
『あ! ごめんなさい、すぐ……』
(相変わらず変なとこで天然だよなー)
エレベーターが開くと、目の前にジェロームがいた。
「わっ、びっくりした!」
「ごめ」
「いいって、ただ驚いただけ」
「明けまして」
「慌てんな、家入ってから!」
「は、はい」
(こんなとこで普通言わないだろ)
正月からこの調子……というより、この調子で良かったと思う。ゆったりと過ごせているらしい。
ようやく家の中で落ち着いた。
「じゃ、改めて。明けましておめでとう。今年もよろしく!」
「明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします」
丁寧に下げられた頭が上がった時には華は吹き出していた。
「なに?」
「お前、年賀状みたいだ」
きょとんとしているから頭を揉みくちゃにしてやった。
「なにすんの!」
「正月っから可愛いから。ほら、兄ちゃんからのお土産だ」
思った通り、『小悪魔のプリンちゃん』に即行食いついた。
「これ、全部プリン!?」
「いっぺんに食べるなよ。マリエが心配してた、今に病気になるって」
「どうして?」
「甘いもんばっかり食ってるから」
「でも……お土産、甘いものばっかり……」
「あ、文句か? いいんだぞ、持って帰っても」
「そんなぁ……」
「うそうそ、冗談。全部お前のだ。その栗きんとん、マリエが昨日作ったんだよ」
「うわっ! 手作り!?」
「お前が甘党だからたっぷり作ったんだ。でもちょっとずつだぞ。全部一度に食べないこと」
「はい!」
(本当に『弟』って感じだ……それも、かなり年下の)
「煮物とか、全部美味しそうです」
「マリエさ、料理上手いんだ」
「華さん、それ自慢に来たんですか?」
「え、そう見える? 見えるかぁ。いいから食えよ、本当に美味いんだ」
思わずジェロームが笑う。
「奥さん自慢だ! でもホントに美味しい! 多分食べきっちゃいますよ」
「今度は余るくらい持って来てやるよ」
旅行の話で盛り上がり、ジェロームも行きたがった。
「彼女と行けよ。ホントにいいホテルだった。釣り、楽しかったし美味かった!」
「で、真理恵さんと華さん、どっちが多く釣ったの?」
「さて、ゲームでもやるか」
「ダメだったんだね?」
「うるさい」
「何匹?」
「ゲーム!」
「3匹?」
「違う」
「4匹?」
「違う」
「……釣れなかったの?」
「俺は殺生が嫌いなの!」
「釣れなかったんだ……ククッ……」
「なんだ、その笑いは!」
飛びかかってジェロームの脇に手を突っ込んだ。
「や、やめ! や……やめ、て、くす、ぐっ……」
後はもう言葉にならない。涙が出るまでくすぐってやっと解放した。
「喉、渇いた! お茶!」
「じぶ、んでやって」
「なんだと?」
まだ息の整わないジェロームの顔が膨れている。
「怒ったの?」
「怒ってない」
「その膨れっ面はなんだよ」
「どうせ俺は膨れてます」
冷蔵庫を覗いてお茶を1本、リンゴジュースを1本持ってきた。
「ほら、飲め。機嫌直せよ。先にさ、格ゲーやろうぜ」
「格ゲー?」
「格闘ゲーム」
「持ってないです」
「大丈夫。全部持ってきた。レバーも」
ゲーム機から何から設定してやる。
「こういうの、持ったこと無いです」
「教えてやる。この十字キーを……」
手つきの危なっかしいジェロームに、何度もゆっくり教えた。
「なんだか動かすの、微妙なんですね。難しい……」
「慣れなんだよ。最初はしょうがない。取り敢えずやってみようか」
「もう!?」
「やんないと覚えない」
仕事と変わらない。華はスパルタだ。
「あ、だめ、分かんないっ、あ! 待って!」
あっさりと倒されて、何度もレバーを動かす練習をする。
「もう一回!」
何度かやっていくうちに少しずつ上達するが、初心者対ベテランじゃ差があり過ぎる。何度やっても連携攻撃の出来る華に勝てるわけがない。
「もういいだろ? その内また相手してやるよ」
納得いかない顔のジェロームは、早速テトリスを出してきた。
「それさ、対戦ゲームになるかな」
「やってから言ってください」
そして、今度は華がけちょんけちょんに負けた。
「げ! お前に負けた」
「勝った! 華さんに勝った!!」
嬉しそうに転げ回っているジェロームに蹴りを入れるが、笑が止まらないらしい。
「もう一回だけ!」
「だめ。練習してきてください。慣れですよ、慣れ」
勝ち誇った顔のジェロームに、負けん気が頭をもたげてくる。
「分かった。また今度やろう」
よほど相田の話をしようかと思った。けれど今の雰囲気を壊したくない。楽しいことだけで一日を終わらせる。
「華さん……来てくれて嬉しかったです」
「また来るから。マリエの料理、たくさん持ってくるよ」
「美味しかったって伝えてください」
「ホントに全部食ったもんな! 今日は甘いのはもうだめ。約束しろ」
「……」
「食う気だったんだな?」
「約束……します」
(こいつ、ホント嘘つけないヤツなんだよな。そんなの適当に答えたっていいのに)
「じゃ、信じるから。今度俺んとこに遊びに来いよ。夕飯ご馳走してやる」
「行きますっ! 他の家に食事……考えたことも無かった!」
「……泊まりに来たっていいんだぞ。マリエもゲーム好きだし。3人でテトリスやってもいいし」
「泊まる? 華さん家に?」
「そ! 布団でいいよな。部屋数あるから今度来いよ」
「……ありがとう……嬉しいです……」
下を向きそうになるジェロームの頭をまたくしゃくしゃしてやった。
「じゃな」
下に送るというのを玄関で別れた。自分の方が笑顔が崩れそうだったから。
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