第9話

 診察料を支払う京を残して、僕は病院を出た。体内の換気をするために2、3回深呼吸をする。



「今日はありがとう」


 振り向くと、京はやけにさっぱりとした表情をしていた。


「いや、こちらこそ」


「こちらこそ?」


 可笑しそうに微笑む京は、どこか人間めいている。


「…ああ、ううん。全然」


「そっか。よかったよ」


 一匹の蝉が鳴いているのが聴こえた。もう夏だ。


「じゃあ」


 軽く手を挙げて背を向ける。目線の先には真っ赤な太陽が、僕を強く照らしている。それを遮るように挙げた右手をかざした。




「ねえ」


 やけに弾んだ声。僕はこれを聞いたことがある。


「安心するでしょ。僕といると」



 思わず振り返った。



「…え?」

 


「まだ自分は大丈夫だって、そう思えるでしょ」




 蝉の声が、遠のいていく。




「でもそれ、僕も同じだから」





 西日に照らされた京の笑顔には、ひとつの影もない。

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