第7話

 歯の表面を舌先でなぞると、ざらざらとした感触が本当に不快だった。


「う、うぅ」


 右手で体を支えてベッドから起き上がる。と同時に、指先に鈍い痛みを知覚した。

 覚醒したばかりの目を擦る。中指の爪の端は赤く腫れ上がり、内部は白く化膿していた。心臓を指先に移植したみたいにどくどくどくと脈を打ち、その容態から熱をもっているのが分かる。


「あぁ…」


 拍動に煽られて、昨晩のハイライトがフラッシュバックする。歯を、磨きたい。


 枕元にあるスマホに目を落とす。ロック画面には現在の時刻と、LINEの通知が数件溜まっていた。ロックを解除してメッセージを確認する。


『ありがとう』

『16時に予約してある』

『武蔵野メンタルクリニックっていうところ』


 ネットで調べてみると、僕の家から自転車で15分の所らしい。まあ、場所も時間もどうだっていい。

 今から4時間後には家を出ている必要がある。そのための準備としてまずは歯を磨くべく、ビールで浮腫んだ体を洗面所へと向かわせた。




 梅雨の時期だというのに、精神科へ行くにしてはあまりにも晴れすぎていた。雨が降っていたら徒歩で行かなければならなかったので、好都合ではあった。


 病院には約束の5分前に着いた。こぢんまりとしたクリニックで、外壁は翡翠ひすい色、屋根は白色とエキゾチックな配色だ。僕にはそれが、生々しいほど病的に思えた。

 駐輪場らしきものが見当たらず、邪魔にならないよう適当な場所に停めておいた。まあ、ここは場所なのだから、間違っていても許してもらえるだろう。



「久しぶり」


 声のする方を見やると、駐車場の隅に彼がいた。一瞬、制服を着ているのかと思ったが、彼が近づいて来るにつれてそれは白い長袖のTシャツになり、黒いジーンズになった。


「…久しぶり」


「ごめんね、急に呼び出して」


「いや、別に…」


 歩調を緩めることなく僕の前を通過すると、招くように開かれた自動ドアをくぐって、けいは院内に入って行った。

 僕は大きく息を吸ってから、そのあとを追った。

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