第5話

 僕がけいを認識したのは、高校三年の六月だった。

 蝉の初鳴きを合図に始まった水泳の授業。体操服を着た女子達の群れを覆うテントから少し離れた位置に、制服のまま、学校指定の帽子を目深に被って突っ立っている男子がいた。

 何週経っても制服を脱がない彼に、男子の間では「背中に刺青が入っている」「趣味でブラジャーを付けている」「インターバルのない生理」など、アナーキーな大喜利大会が開催されるようになった。その結果、“背中に刺青が入っている説”が最有力となり、直接的な嫌がらせこそなかったものの、彼は異質な存在としてクラスで孤立するようになっていった。


 二学期が始まってからも水泳の授業はしばらく続いたが、依然として彼は、プールサイドに突っ立ったままでいた。


 「お前らには責任感を持ってほしい」という担任の理屈で、僕らのクラスでは何かとつけて“係”を設置することになっていた。英数国理社や副教科などのベタな係はもちろん、「お前らの主体性を育むために」特設されたレクリエーション係やバースデー係などというハジパイのものもあった。

 係決めは立候補制で、定員をオーバーした場合はジャンケンで決める。任命されればその係を担当する教員に直談判し、授業のたびに「仕事をください」などと物乞ものごいじみた真似をしなければならなかった。ゆえに当然ながら副教科やハジパイ係などに志願者が集中することとなり、その他の教科に関しては、担当する人間の人望のなさが如実に反映されていた。

 定員割れが発生した理科係には、一度も立候補しなかった僕とプールサイドの彼が任命された。理科を担当するのは僕らの担任だったので、責任感などとのたまっていた奴の心中を察するとかなり笑えた。


 理科係に課された任務は“理科室で飼育されているメダカの餌やり”で、担任の提案によって一週間ごとに交代で当番をすることになった。

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