第3話

 ———最後まで、完璧に剥いだ。


 胸のすくような達成感が、未だ分解されていないアルコールと融合して僕の体内を循環する。その循環のリズムは鼓膜の内側から、音としていうよりも振動として直に伝わってくる。

 せきを切ったように溢れ出る鮮血は、身体にぽっかりと空いたあなを庇うように、ぶくぶくとドームを形成していく。もうそれ以上は耐えられないほどに膨れ上がった真っ赤な爆弾を、ゆれる視界の中心で僕は、ただひたすらに捉えていた。



「えっ、血!アヤトくん、血が出てるよ!」


 慌てる女を見て、ようやく自分の指が出血していることに気づいた。

 真っ赤な爆弾はすでに破裂していて、その凄まじい衝撃波は第二関節あたりにまで達している。


「大丈夫?痛くない?」


 そう言うと女は、真っ赤な口紅で染色された自身のおしぼりを、僕の傷口にガーゼみたく当てがった。


「止まったかな?あっ、どんどん出てきちゃう」


 再びガーゼを押し当てる。口紅の赤か、血の赤か、今の僕には識別できない。


「ん、こうすれば止まるかな」


 女の湿った唇が、僕の指先に触れる。


「ちょ、何すんだよ!」


 思わず振り払った。


「おいおい、どうした?」


 茶髪パーマの男は女の手を握ったまま、顔だけをこちらに向けている。


「あの、あたし、ごめんなさい…」


「ちょ、カナちゃんどうしたの?アヤトお前、何泣かせてんだよ」


「いや、僕は何も…」


「指から血が出てたから、おしぼりで拭いてあげようと思って、それで…ごめんなさい」


「は?お前、サイテーじゃん」


「いや、その」


「あたしが悪いの、アヤトくんをびっくりさせちゃって」


「いや、カナちゃんは何も悪くないっしょ。お前さ、どうしてくれんの?この空気」


「……ごめん」


「もういいから、帰れば?」


「…分かった、ごめん」


「金だけ置いてけよ」


 財布から適当にお札を取り出し、テーブルに置く。強すぎる冷房のせいで千円札が一枚飛ばされた。掘り炬燵に落ちたそれを拾うため、頭を深く下げる。拾った千円札とテーブルに置いた数枚のお札を持って、茶髪パーマの男に手渡した。


「はい、お疲れ」

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