第2話

 人数合わせのために参加した初めての合コンは、僕にとって居酒屋の賄いと何ら変わりなかった。仰々しく酔っ払って馴れ合うこいつらは、一生に一度しかない大学生活を謳歌しているようにも、ヤケになっているようにも見える。

 さらに合コンは、塾での雑務ともよく似ていた。今、僕の右隣にいるこの女は解答用紙だ。そして僕も、紛れもなくこいつの解答用紙だった。互いの容姿にマルとかバツとかを付け合って、その合計点がボーダーを越えれば次の段階に進めるのだろうし、越えなければ最悪、足切りだ。


 開始早々、テンプレートのような自己紹介があったものの、もはや誰の名前も覚えてはいなかった。自分の名前すら、横にいる女から猫撫で声で呼ばれるたびに思い出し、かろうじて記憶できているようなものだった。



 ピロン。

 ポケットからスマホを取り出す。LINEの通知が一件、母親からだ。


『今月分、送金しました』


 月に一度きりの、事務連絡ような文字面。『ありがとう』とだけ返してポケットにしまう。


 僕には国立大学に通う兄がいる。高校一年の夏、今からは六年程前、アルバイト先に向かおうと玄関のドアを開けたとき、すぐ外で母親が談笑しているところに遭遇したことがあった。

 それまで母親と親しげに話していた女は、僕を一瞥いっしょうした後に素っ頓狂な声で

「あら、兄弟だったんですか」

 と言った。

「こんにちは。おでかけ?」

 手はドアノブに掛かったまま、砂漠地帯のど真ん中で地雷を踏んだ兵士のように、僕の身体は完全に硬直した。挨拶もろくにできない僕の方を振り向いた母親の表情は、夕日の逆光で真っ黒く塗りつぶされていて、視認できなかった。




 白線の入った空のジョッキを握る。そのほうが自然に思われた。しかし僕の右手の指先に、小さなを見つけた。

 ジョッキから手を離し、焦点が合わなくなってきた目の前までやってそのほつれを注視する。ささくれだ。皮膚がほつれてしまっている。

 左手の親指と人差し指の爪の先をピンセットに見立て繊細に扱いながら、中指のそれをやさしく掴む。中途半端に切れてしまわないよう、すーっと、慎重に引いていく。

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