第6話 緑色の閃光との邂逅
小山駅西口にロブレという複合商業施設がある。
衣類、雑貨、家電、スーパーマーケット、映画館まであるその施設の角に、ほとんど人の通らない区画がある。
その区画には階段があって、そこがカラーギャングGreen Flashのたまり場だった。
猛は、駅の構内を歩き回って、道往く若者達に声をかけた。
どの若者からも、カラーギャングの名前はすぐに聞くことが出来たが、連絡を取れる者は現れなかった。
猛は、とにかく服装の中に緑が入っている若者を探した。
悪そうなやつを見つける方が難しかったが、緑を差し色にした服装の二人組を発見した。
「あの、GFの人ですか?」
二人組は振り返ると、
「誰だお前」
「俺、牧野って言います。少し聞きたいことがあるんですけど、良いですか」
「なんだその顔は、喧嘩か?」
「そんなところです」
二人組は猛に身体を向け、近づいてくる。
「小さいな、中坊か?」
「はい。それよりも、話し聞いてくれますか」
「何だよ」
キャップを被った方の男が言う。
「俺、佐野の
「佐野の事は分からねえよ。夜魔は知ってるけど。トオルさんの所の族だろ。北沢だっけ。アタマ」
拡張ピアスの男が、言う。
「ああ、一回会った事あるな。北沢、面白い奴だったから覚えてるわ」
キャップの方が言い、携帯電話を取り出す。
「トオルさんも北沢さんも知ってるんですね。連絡先、わかりますか?」
「連絡先までは知らねえな。……あ、夜魔じゃないけど、
「ああ、確かそうだわ」
拡張ピアスがうなずく。
「トオルさんって、何者なんですか? 木島組の人って事しか知らなくて」
「ばーか、県南のチームほとんどまとめてるだろよ。知らない奴はパンピーだぞ」
「そうなんですね」
「で、なんだっけ?」
「あの、その……お願いなんですけど、金を貸してくれませんか」
「えー、何それ、俺ら中坊にカツアゲされてんの?」
キャップが言って、二人で笑っている。
「カツアゲじゃないです。必ず返しますから」
「でもお前、絶対バックレるじゃん」
「宅間さんを探して連れて行かないとやばいんですよ。だから、少しで良いんで貸してください。手持ちが無くて困ってるんです」
猛が言うと、二人は顔を見合わせてから、「もうちょっと詳しく話を聞かせろよ」と、キャップの方が言った。
猛は二人の後ろに続いて、ロブレの方へと歩いた。
人の気配がほとんど消えた通路の先に、階段が見えてくる。
二人組は何かを話しながら時々笑って、時々振り返り、猛を見た。
「ほら、こっち来い」
拡張ピアスが言って手招きする。
階段の先から、複数人の話し声が聞こえてくる。
「うぃーお疲れえ」
階段を上がりきったキャップの声が聞こえた。
猛はその後ろから、そっと踊り場の方を見上げた。
数名の若者が、各々、酒を飲みながら自由にくつろいでいる。
「おい、牧野、上がってこい」
拡張ピアスの声がして、猛は階段を上がった。
GFのメンバー達が、猛をじっと見ている。
「さっきこいつに声かけられたんだけどさ、カツアゲされそうになった」
「は?」
皆が笑い、タバコの煙にむせ込む者もいた。
「で、何なのこいつ?」
「人探し、してるんだって。で、金が無いから貸してくれってさ」
「誰探してんの? ママとか?」
また、笑いが起きる。
「いや、まあ、冗談抜きで困ってるみたいよ。で、面白そうだから詳しく聞かせろって言って、連れてきた」
キャップが言う。
「なんだそりゃ」
「おい、俺らに話してみろよ。何か分かるかもしれねえから」
拡張ピアスが、缶ビールを手に言う。
猛は、昨夜の出来事と、笠原の話をした。
「え、お前、笠原さんのアパートから来たの? ここに?」
厳ついネックレスをした男が言う。
「そうです」
「やばいなあ、関わりたくないわ」
ずっとタバコをふかしている男は、苦笑いをしながら言った。
「お前死ぬかもな」
キャップが言ってビールを飲む。
「笠原さん、自分の嫁さん殺してんだろ。なんで捕まってねえんだろうな」
「そりゃあれだって、父親が警察の関係者だからだよ」
「その話本当なん? 噂だろ、さすがに」
「でも、何人か殺してるだろあの人。それは本当だって言ってたぞ」
「誰が?」
「俺はトオルさんから飲み屋で聞いたけど」
「なんかさ、ヤクザの言ってる事ってほとんど嘘だろ」
「笠原さん、いつもぶっ飛んでるけどさ、喧嘩弱そうじゃん」
「東口のビルに、詐欺グループいんだろ? あいつらも笠原さんの息がかかってるらしいぞ」
「ああ、あのパチモンのダイヤのネックレス売りつける奴らな」
猛は皆が話すのを、ただ黙って聞いていた。
「あ、ごめん、そうだった、お前の話を聞くんだったわ」
キャップが言って、メンバー達は話を止めて猛を見る。
「で、何かわかったか?」
「いや、やっぱり、金を貸してくれたらそれで大丈夫です。皆さんを巻き込むわけにいきませんから」
猛が言うと、皆が押し黙った。
「えーっと、そうだな。じゃあ、とりあえず聞くけど、いくら貸せばいいんだ?」
「五千円お願いします」
「あっそ。じゃあ、俺が出してやるわ。俺らの事は黙っておけよ。関わりたくない奴もいるから」
キャップは言うと、財布から五千円札を出して、猛に渡した。
「すみません。ありがとうございます。必ず返しに来ますから」
「おう。まあ……頑張れ」
猛は、五千円札を握り締めて立ち上がる。
「あ、そうだ。紫天狗の
上葉? 猛は、その名前を聞いて心の底から安堵した。
「昨日、デニーズでタイマンしたのが上葉です」
「は? お前マジで言ってんのか」
拡張ピアスが身を乗り出して言う。
「はい。一撃でやられましたけど」
皆がどっと笑った。
「当たり前だろ! 何やってんだよお前! おもしれえな!」
ネックレスの男が言う。
「ちょっと待ってろ、今、電話繋いでやるから」
キャップは笑いながら言って、携帯電話を耳に当てた。
「ああ、牧野ってやつなんだけど。タイマン張ったって。え? タケル?」
「お前、下の名前はタケル?」
「はい」
「そうだって。……おう、替わるわ」
「ほれ、上葉だ」
キャップは言うと、猛に電話を渡し、タバコに火を点けた。
「もしもし、上葉?」
「おう、昨日悪かったな。引き止められなかった。……すまねえ」
「いや、いいんだ。それより、皆は無事だったのか?」
「ああ、トオルさんの隣にいた奴、
「飯塚?」
「うん、あいつプッシャーやってる。トオルさんの舎弟の一人らしい」
「そんな事はどうでも良いんだ。真由美さんとすず、それに龍樹は無事か?」
「大丈夫だ、帰ったよ。ただ、俺は少し厄介な事になってる」
「どうした?」
「仲間集めて笠原を潰せって言われた。それで、俺に笠原の代わりに仕入れしろだって」
「なんでよ」
「英語、話せるかららしい」
「笠原も話せるのか」
「そうなんじゃないか? 小山にゲーセンあんだろ、driveっていう店。あそこの駐車場で、ブラジル人と取引きしてるらしい」
「ブラジルは英語じゃねえだろ」
「取引は英語なんだと。よくわからんけど」
「そうなんだ。上葉、迎えに来てくれねえかな。俺もやらなきゃならない事あって」
「笠原、何か言ってなかったのか。拉致られた魔利亜の二人は?」
「二人は無事だったけど、離れられないって。笠原と魔利亜は、妙な関係で結ばれてる」
「良く分かんねえけど、とりあえず会って話した方が早いな。携帯、ノブに返していいぞ」
「おい、来てくれるのかよ」
「ああ、行くから待ってろ。小山駅の西口だろ?」
「うん、頼んだ」
猛は電話をキャップに渡した。
「終わった? なんか大変そうだな、お前ら」
キャップは笑って、上葉と話をしている。
「うん、まあ、何かあったらまた。おう、了解、じゃあな。……牧野、良かったな。上葉は頼りになるぞ」
キャップは電話を切りながら言う。
「上葉と仲が良いんですね」
「いや、俺たちは振られた側だよ。あいつはどうしてか、暴走族にこだわっている。だが、俺にはどうしても紫天狗というチームで収まるような男じゃないと思ってんだ。まあ、いらない世話だけどな。どこに所属するかは、あいつの自由なんだから」
「GFもスカウトしたんですね」
「上葉をスカウトしないチームは馬鹿だよ」
「あ、これ、返します」
猛は、五千円札をキャップに手渡した。
「いいのか?」
「上葉が迎えに来てくれることになったので、大丈夫です」
「俺、ノブってんだ。まあ、笠原さんとか、トオルさんの前で俺の名前は出して欲しくないけど、何かあったら言えよ、いつもここに居るから」
「ありがとうございます。助かりました」
猛がお辞儀をすると、拡張ピアスが軽く手を挙げ、他のメンバーも、頑張れよと言ってくれた。
「それじゃ、失礼します」
猛は階段を降りて、西口のロータリーに向けて歩いた。
飲食店の連なる通路を抜けて駅の構内を出ると、真夏の日差しが、アスファルトを容赦なく焦がし始めていた。
首元を手で仰ぐ者、日傘をさす者、汗を拭う者。
どこに視線を向けても人の往来は途切れなかった。
駅前の賑わいの中、猛はしばらく上葉の到着を待った。
タクシーがロータリーで周り、バスが停まっては人を降ろし、乗せて出て行く。
今頃、学校では授業が行われている。
非日常は、すぐ近くにあった。
普通に生活をしていては、到底、このような経験は出来ない。
しかし、猛は思う。普通に生活が出来ていたら、どんなに幸せな事だろうと。
龍樹とは、学校ではほとんど話した事が無かった。ただ、お互いにその存在は知っていて、でも、互いに避けていた。
同じ空気を纏った同級生の二人は常に孤独で、猛は図書室で本を読んで過ごしたし、龍樹は根の明るさを潜め、陸上部の同級生らと対立し、いつも顔を腫らしていた。
ある日の昼休み、廊下ですれ違った時、龍樹が立ち止まった。
「また、やられちまったよ」
そう言って、笑ったのだ。
猛は、「いっぺんに相手にしないで、一人ずつやれ」と助言した。
龍樹は、はっとした表情をした後でうなずくと、踵を返して廊下を走って行った。
その日の放課後、下校の時に、校門前に大勢の生徒が群がっていた。野次馬だとわかり、その視線の先には救急車が停まっていた。
あいつ、何やったんだろう。
猛はそのまま野次馬に紛れて、誰が運び込まれるのかを見ていた。
担架に乗って運ばれてきたのは、龍樹だった。
救急隊の一人が大声で「どきなさい!」というと、野次馬の間に道が出来た。
龍樹のクラス担任が担架に続いて救急車に乗り込むのを見て、猛はその場を後にした。
自宅に帰ってから、猛は、いびきをかいて寝ている父を見て泣いた。
龍樹と自分には、違いがある。
困難に立ち向かう度胸。
それが自分には無いと悟ったからだった。
小山駅のロータリーに、甲高い破裂音が響いた。
体力の限界が近かった猛は、真夏の日差しの下であっても、うとうとしていた。
バイクが近づいてくる音。それに気づいて、目を開けた。
「おい、熱中症で死ぬぞ」
上葉が、身の丈に合っていないスクーターに跨っていた。
三輪車に跨る大人の様で、その姿に、猛の口角が上がった。
「バイク潰れそうだぞ」
「ばーちゃんのだから。後ろ乗れよ」
上葉は言いながら、シートのぎりぎりまで前に詰めて座った。
猛は吹き出しそうになりながら立ち上がり、その後ろに座った。
「マジで潰れそうだ」
「大丈夫だって」
びびびびっと、タクトのマフラーは、屁のような音を鳴らして走り出した。
「ばーちゃんのだろ? マフラー切っちゃって大丈夫なのか」
「耳遠いから。うちのばーちゃん」
「そういう問題じゃないと思う」
上葉は笑って、タクトを加速させた。
国道50号に乗って、佐野方面に向かう。4車線道路の端っこを、時速60キロも出ない原付で走った。
昨日は同じ道を、宅間のGSXの後ろに乗って走った。
「猛、お前がGFと出会えたのは幸運だったな」
「まあ、たむろしてるって噂を信じただけ。それより、あのノブって人が、お前と知り合いだった事の方が驚きだった」
「なんで?」
「お前の名前が、こんな所にまで知られている事にだ」
「紫天狗、夜魔、GF、レッドフォーカス、金城会、スペクター、キャッツ、幻、真極会、イダテン、タイガー……他にも、県外のチームからもスカウトが来てた」
「どうして紫天狗なんだ?」
「地元だからな」
「それだけか?」
「そうだ」
猛は、それ以上は聞かなかった。
上葉が紫天狗を選んだ理由は地元だったから。淀みの無い受け答えに、それ以上の理由は無いだろう。
猛はそう思った。そして、上葉という男がまっすぐであると確信した。
「お前、これからどうするんだ?」
上葉が言う。
「宅間さんを探して、笠原の所に連れていく」
「じゃあ、俺も手伝ってやるよ。どうせ俺も笠原の所に行くからな」
「上葉、お前はトオルさんの手足になって動くのか?」
「まあ……少し考えがあってな。情報の共有しようぜ」
「そうだな。まずは龍樹の家に行くぞ」
「よっしゃ」
上葉の、ラメ入りの青い半ヘルメットが、わずかに上を向いた。
頬を通り抜ける風が、心地よかった。
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