第90話 前夜
3ヶ月後の星祭り前夜、王族の面々とともにアメリアは王都にある大きな神殿にいた。
トゥーリアは荒れた大地を開梱し興した国で、祖先はフローライトに功績を認められて王印を授かったという。
祭壇へ今年収穫した作物や、織物、鋳物、木工品などを供えて儀式を終え、この後は王宮に戻ってささやかな晩餐…という場面で、皆は馬車を待つまで雑談を交わしていた。
「それにしても、建国祭を星祭りにして…良かったの?」
凛々しい騎士の礼服に身を包んだアメリアが言う。その質問に答えたのはウィリアムだ。
「いいんだ。建国祭はメイソンが10年くらい前に予算削減して…そのあと直ぐに廃止してしまっていたからな」
「ええ。実質ないも同然でしたから」
アメリアはなるほど、と頷く。あまり建国祭についての記憶がなかったのはそのせいだ。
リリィも頷きつつ言う。
「廃止することで民の不安や不満を煽っていたのかしら…」
「おそらくそうですね。ルシーダはその様子を見て喜びそうですし…それら全てが、彼らの活力となるのでしょう」
魔族はローダークの性質をかなり受け継いでいる。
他人の不幸は蜜の味、らしい。
「でも…私達もローダークの性質なしでは生きられませんよね?」
「そうだな。俺なんて特にそうだろうな!」
リリィの素朴な疑問にウィリアムは彼女の肩を抱いて笑う。
失わないように閉じ込めるほどの行き過ぎた重たい愛は、フローライトの、というよりはローダークの範疇のように思われる。
すると、片付けのために側に居た修道女がふふ、と微笑んだ。
「この世界はフローライト様が造ったと言われておりますが…フローライト様は、夫であるローダークの力を混ぜたとも言われています」
その言葉に全員が振り返った。
「夫!?」
「え、ローダークって奥様いたの!?」
声に出したのはウィリアムとアメリアだ。
修道女はクスクスと笑った。
「そうですよ…あまり知られておりませんし、ローダーク様はあまり評判がよろしくないため神殿ではあまり大っぴらにお祈り致しませんが、先程申したことは事実です」
修道女は「フローライト様の後ろを御覧ください」と言って、祭壇のある部屋から退室していく。
すぐにウィリアムとアメリアが祭壇の奥にある人の背丈以上あるフローライト神の像の背後を見た。
「あ!?」
「ローダーク!!」
二人があまりにも驚くので、興味を惹かれたアルフレッドと先王ウォルスが同じように覗き込んで驚く。
「背中合わせで…後ろはローダークだったのか…」
「今まで表面しか見ていませんでした」
「わしもだ」
フローライト神は女性神で、ウェーブのある長い髪にゆったりとしたドレープのあるエンパイア型のドレスを身にまとっているが…背面はストレートの長い髪を持つ騎士服を身に着けた鋭い目つきの男性が彫られていた。
「まさに、光と影ですね」
「ああ。両方無くてはならないもの、ということか?」
「ええ」
物事に勝敗があるように、光と影は表裏一体なのだ。
「うーん、ということは…ローダークはトゥーリアの神でもあるのだろうか」
この像は建国の際に大広場に作られ、そこへ屋根が付けられ…今のような神殿になったと聞いている。
「理論上、そうなりますね…まぁ、人も競う欲がなければ文明が発達していませんから」
「それなら大変だ!供物は足りるだろうか?」
「ええと…かなり量はありますから…どちらかというと、気持ちのほうが大事かもしれません」
機嫌を悪くされても困ると慌てるウィリアムに、アルフレッドが提案する。
「祈りを捧げたほうがいいってことか」
「はい。取り急ぎ、我々だけで済ませましょう」
一同は先程行った儀式と同じように、跪いて祈りを込めようとして…困惑した。
「どう祈ればいい?」
「うーん…」
フローライトへは”一年を無事に過ごせたことへの感謝”を捧げた。
ローダークには何を感謝すれば良いのだろうか。
悩んだ所で、リリィが控えめに言った。
「ええと…先程、競う欲がなければ今のような便利な世の中になっていないとアルフレッド様が仰ったので…”戦争ではない、良い競争がありました。感謝します。”というのはどうでしょうか」
「なるほど」
「職人さんたちの切磋琢磨は凄いです」
「愛欲がないと孫が生まれない!」
アメリアやウォルスの言葉にウィリアムが吹き出す。
「ということを纏めて言えばいいか。…世界が平穏で…そうか、それも俺たちの平穏にしたい欲か。…うん、欲が有ることで私達は生きていられる。ローダークよ、感謝する。今まで邪険にしていてい済まない!」
一同を代表してウィリアムが言い切ると、神像がほのかに光りだした。
「!!」
いつもの水色と…赤が混じって、紫色になっている。
「言い方、まずかったか…?」
「いえ、きっと大丈夫!」
アメリアとアルフレッドの持つ魔剣は反応していない。
一同は神像から少し距離を取って見守っていると、ふわり、と空から降り立つように人影が二つ出現した。
「!」
(まさか、二柱か!?)
(かもしれません)
ウィリアムとアルフレッドは目線で会話し、胸に手を当てて揃ってお辞儀をする。
周囲もそれに倣い頭を下げると、声が響いた。
【こんばんわ、みなさん】
とても気安い女性の声に釣られるように、皆が顔を上げると。
(あれ…?)
(この方が、フローライト??)
身につけているのは淡い水色のエンパイアドレスなのは同じなのだが、ほっそりした美女を現した神像とだいぶ異なっている。
(ぽっちゃり…)
もちろん優しげな雰囲気を持つ美女なのだが、下町のお母さんと呼びたくなるような幅である。
彼女はムチムチの手を口に寄せて、ふふ、と笑った。
【ふふ…この姿には理由があるのよ。ねぇ、ローダーク】
フローライトは頭ひとつ大きいローダークを見上げた。
こちらは逆に、痩せ過ぎで頬が痩けている。神像は立派な胸板があるのだが、騎士服に縦皺がよるほど中身がスカスカのようだった。長いストレートの髪は見るからにパサついている。
(…彼の造った魔界が、衰退しているからか…?)
アルフレッドは神のその様子に危機感を覚えた。
【そう、正解よ、アルフレッド。…このヒトが意地を張りすぎたせいで、魔界が衰退し…逆に私の世界は豊かになっている】
(え、それで太っちゃうの?)
(幸せ太り…)
(痩せすぎて骨みたいだ)
ローダークの額にシワが寄ったのを見て、アルフレッドは慌てて皆を振り返る。
「待った。…みんな、お二方は心の声を読まれる。変なことを考えないように!」
「!」
「あら。…でも止められないわ」
【うっふっふ!…仕方ないわよ。聞こえてしまうけれど、気にしないでちょうだい】
フローライトはコロコロと笑う。本当に下町のお母さんのようだ。
「それで、お二方が現れた理由は何でしょうか?」
皆を代表してアルフレッドが問うと、フローライトはローダークを見上げた。
【……貢物と、舞いの対価を。言え】
「えっ」
【毎年の献上品、ありがたく頂いているわ。中々ここまで頂けるのは近年なくなっているのよ。星祭りの剣舞はローダークも好きで必ず見ているの!だから、ご褒美に何か願い事があれば叶えると言っているのよ】
フローライトが余計なことまで通訳したようで、ローダークの眉間のシワが深くなる。
苛つくように揺らぐ赤黒いオーラが立ち上っていた。
(ひぇぇえ)
(兄上、大丈夫ですって)
(下町の頑固おやじだと思えば大丈夫よ、ウィル)
(…頑固過ぎやしないかしら)
【聞こえてるぞ】
ローダークはアメリアを見て苦々しそうに呟く。
アメリアは思わず笑ってしまった。
「…失礼!だって、魔界と魔族が滅びそうになるまで頑固なのがおかしくて」
【なっ】
【そうでしょう?統治者として産み出した子は魔界に飽きて出ていってしまうし、そこからへそを曲げてしまったのよ。もう誰が何言っても駄目で、困っていたの。そこへ貴方達が対価となる行動をしてくれたので助かっているのよ。対価なんて大層な言葉を使っているけれど、彼からのお願い事なの。そのお願い事、貴方達ならわかってくれたわよね?】
【─────っっっ!!!】
【もがもが】
喋りすぎたフローライトの口を慌てて塞ぐローダークにアメリアは呆れてアルフレッドを見た。
アルフレッドは薄ら笑いを浮かべつつ、頷く。
(なるほどね。突然、元魔族の賢者様の本が見つかるというのは…対価のためか)
「アルフィ、大丈夫か?わかるか?」
昔のように取り乱しはしないが、若干不安そうな顔を向けられる。
「ええ、大丈夫ですよ。──アメリア」
「はい」
二人は手を取り、前に一歩進み出る。
そして、ローダークの願い…人間たちの願いをアメリアは口にした。
「魔界を無くし、魔族を…作り変えて下さい」
その言葉にフローライトは口を塞がれたまま、笑顔になる。
アルフレッドがその後を引き継いだ。
「魔族を人間にしろとは言いませんが、我々と同じ仕様で…特に魔力や力は抑えて下さい。…貴方のその衰弱は…魔界や魔族を維持するために、力を使いすぎているからですよね?」
(戦いに明け暮れて魔界は発展していない…ローダークが魔族の親だとすると…親は居て当たり前に感じてしまう。信仰も薄そうに思える)
信仰は、祈りは神の糧だと教わった。
【……】
ローダークは答えないが否定もしない。
が、フローライトが彼の手を自分の口元からそっと離して代弁する。
【そうなの。子供が暴れて魔界の”設備”を壊すとこのヒトが直すの。…何もしなくて良い、でも戦いは必須。…気の休まらない魔界に飽いて命を断つ者が多くってね】
「?…核があれば次世代に引き継がれるのですよね?」
【集団でそうされてしまうとね、復活したあとに知らない者同士で戦い、破れ、また生まれ変わり戦う…泥沼になっているのよ】
「うわぁ」
「アメリア」
「あ、ごめんなさい…」
【いいのよ、私もそう思うわ】
フローライトはクスクスと笑う。ローダークは渋面だ。
「ローダーク様。…魔族が自らどのような家を作るのか、見てみたいと思いませんか?」
【………】
「植物も新しいものを作ると輸出入が楽しみになるな」
というのはウォルスだ。
【………】
「食文化には興味があります。特にパン…どのような味になるのでしょうか」
こちらはリリィ。
【………】
「文字は同じにしてくれると、交流がしやすいかな」
ウィリアムが考えながら言う。
【………】
「あ。魔物とダンジョンを忘れないで下さい!あと魔素材から作る武器防具も!!」
こちらは当然アメリアだ。
アルフレッドは彼女の言葉に微笑みつつ、ダメ押しをした。
「お二方の力があれば、新大陸なども作れましょう。そこに作り変えた魔族を配置するのはどうでしょうか?…長い歴史の中で、英雄譚が生まれるのです。その様は…時間を操作して完璧な世界を修繕し続けるよりも、眺めていて楽しいものとなると…私は思います」
フローライトの世界へちょっかいを掛けていたのは、人が彼の悪意を克服できると…その過程を見るためではないだろうか、とアルフレッドは思い始めていた。
【どうかしら?ローダーク】
フローライトに可愛らしく顔を覗き込まれて少々顔を反らしたローダークだが、長い沈黙の後に漏らす。
【注文が多い】
「あら!やりがいがありますでしょう!」
鍛冶職人にあれこれ注文をつける父と、それを笑ってこなしてきた職人を見ていたアメリアが言うと、フローライトがコロコロと笑った。
【はい、注文を承りました。…そうよね?ローダーク。貴方が消えたら私、泣いちゃうわよ?】
【っ!】
青白い顔を赤らめるローダークに視線が集中したが、彼はギッと威圧つきで睨み返した。
「もう迫力がないわ…」
この人が赤黒い月を口にしてルシーダを食べた御仁なのだろうか、とすら思えてきた。
「アメリア、止めを刺さないで下さい」
「だって。あまりにも人間くさくて」
【ふふ、それはそうね。人間は私達を基に造ったのだから】
魔族もそうすればよかったのに、とフローライトはローダークを睨めつける。
ローダークは根負けしたかのように肩を落とした。
【対価を支払おう…】
その言葉にフローライトは安堵した様子で息をつき、感謝の目をアメリアとアルフレッドへ向けた。
(いえ、本を急に出してきたのは貴女でしょう)
(手のかかる旦那様みたいですね…頑張ってください)
心の声に彼女は微笑み、ローダークは舌打ちでもしそうな顔だ。
【お前たちのためではない。フローライトのためだ】
「もうそれでいいです」
「アメリア。…これからは、二柱へ祈るようにしましょう。で、いいですよね?兄上」
「っああ!もちろん!」
好みを教えてくれれば供物も増やすと約束すると、フローライトは言う。
【武器防具、魔道具はこのヒト好きよ。あと、苦みや渋み、辛味のある食べ物も】
「なるほど。…すぐに用意しましょう」
そういう食べ物はなんとなく選定から外れている。
【それと…私からも対価を。時間操作禁止、魔法や呪術…儀式については、威力・対価を制限しましょう】
「本当ですか!?」
「それは助かる!結界を無くせる」
ペルゼンとトゥーリアに掛けられた、魔法の顕現が弱くなる結界の維持費はなかなかのものなのだ。
結界を維持する魔石代が浮くと、他に予算が回せる。
【ふふ。…もしこれから…新しい種族を見つけたら、優しくしてちょうだいね】
【おい】
余計なことを言うな、と諍いの神でもあるローダークが言うがウィリアムとアルフレッドはしっかり頷いた。
「もちろんです!周辺諸国にも周知徹底せねば」
「まだまだかかるとしたら…伝承に残したほうがいいか?」
「星祭りの時なら、民は聞いてくれるだろう。配布する護符につけるのもいいかもしれん」
宰相、王、先王の順で発言すると、フローライトは微笑んだ。この者たちに託せば、大丈夫だろうと思う。
【アメリア。その印はとっておくわね。クロエのも】
「え?そうなのですか?」
【時間操作は厳禁にするけど、このヒト、目を離すと何かしでかすから…】
「…ではそのままでお願いします」
妻の目をかいくぐって火遊びをする夫のようだ。
【ではな】
「えっ!」
一言告げると、あっという間にローダークは姿を消してしまった。
【…大丈夫、やる気はとてもあるわよ。さて、どういう種族を造りましょうか…私も楽しみよ】
そう言うフローライトの体が輝き始める。
【次に会う時は、きっと痩せてるから…供物の甘いもの、減らさないでちょうだいね】
フローライトの言葉に、皆が吹き出す。
彼女はその様子に満足そうに微笑んで、残り火ならぬ残光を残して消えた。
神像はすっかり元通りだ。放心したようにウィリアムが呟く。
「…信じられない」
「そうね、あんなに人間くさいとは思わなかったわ」
アメリアはローダークのハッキリキッパリしていない態度にちょっと難色を示していた。
「いやそっちじゃなくて」
「神様に会えたこと、ですか?」
「そう、それ!人の姿だったし…あ、オズが悔しがるなぁ」
「彼に見せるのは、フローライト様が痩せたあとの方が良いと思いますよ…」
アルフレッドは苦笑している。
「それよりも明日中にローダーク様への供物を用意しないとですよ、兄上」
「そうだった!」
武器防具は供えてあるが、魔道具と食べ物が足りない。
あんな痩せた姿を見てしまった後だ、早く揃えないととも思う。
「ローダークが消えたら…こう、人間の欲も消えてしまうんだろうか?」
「おそらくそうですね」
「大変だ!!この、リリィへの溢れる愛が消えるなんて冗談じゃない!」
「ウィル…」
「溢れすぎてるから、少し減ったほうがいいような」
「駄目だ、死ぬまで俺はリリィを愛すんだ!」
一同は王宮へ戻ると、大急ぎで侍従たちにフローライトから指定された供物を探してもらい…その内容に首を捻る彼らに神殿へ運び入れて貰ったのだった。
もちろん、ローダークの代わりにフローライトが喜んだのは言うまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます