第91話 星祭り

 数ヶ月後の星祭り当日、アメリアは空中に静止して剣舞を舞っていた。

 夜空に浮かぶ満月と、足元の魔法陣からの光を受けて舞うその姿は凛々しいながらもどこか可憐で、人々は息を呑んで見つめている。

 妖精の騎士のような、薄布を重ねた衣装の背中には透き通った2対の羽があり、二つの満月の光を受けて淡く紫色に光っていた。

「綺麗だ…」

 いつも通りアメリアに見とれているアルフレッドを放置して、ウィリアムは膝の上にいるリアムの頭を撫でる。

「浮かび上がるのはリアムの提案だって聞いたぞ?凄いじゃないか。リリィとシルファがとても見やすくて可愛い。花の妖精のようだ」

「へへ、すごいだろ!」

 リリィ、メリベル、シルファの3人は花びらを模したレースを重ねたフレアースカートを身に着けており、リリィのものだけ丈が長く花の女王とそのお付きのようにも見える。

 彼女たちは大きな造花の上に浮いており…目の前にある舞台だけ別の世界のように思えた。


「勇者様、かっこいいわー」

「ありがたや、ありがたや…」

「王妃様?あのお嬢さんが?」

「きれい!」

「お洋服、可愛い〜」

「あれ、どうやって浮かんでいるの??」

「あの子、可愛いな…」


 王族の席近くの貴賓席には、今年度の褒章を受けた者とその親族が招待されており、皆はしゃいでいるようだ。

 他国から「この日にぜひ行きたい!招待してくれ!」と押しかけてきた来賓も貴族側の席で見惚れている。

(イザベル…じゃない、エリオット公爵がこの状況をうまいこと使いそうだ)

 隣国ペルゼン程ではないが、この国もだいぶ内側が食い荒らされてしまっていたのだ。

 やりたい事はたくさんあるのだが、お金が足りない。

 外交&外貨獲得が得意なエリオット公爵家の腕の見せどころだろう。

「そういえば…アルフィ、ルイスは?」

 愛息子の名前が聞こえたため、彼はすぐさま兄を見た。

「もっと近くで見ると言ってきかないから、ジャック殿に連れて行ってもらったんです」

 孫に甘いジャックは一つ返事でルイスを肩車して行ってしまった。

 未だに自分だけ睨んでくる恐ろしい義父を、足代わりに使わないで欲しいと思うアルフレッドだ。

「あーなるほど。どうせなら踊らせればよかったのに」

「来年はやりたいと言っていましたよ」

「ルイスがやるなら、俺も!」

「そうだな、少年騎士と星の勇者というのもいいかもしれん」

「やった!!」

「兄上、来年の話をするとローダークに笑われますよ…」

 この国では昔から”未来の話をするとローダークに笑われる”という諺が市井にあるのだ。

 ウィリアムとアルフレッドは知らなかったが、最近勉強した子どもたちに教えられて納得した。


 時間操作が出来てしまうなら、過去も未来も関係ない。

 最良の現在・過去・未来だとしても、変えられてしまう可能性があるのだ。


「だけどもう、かの神は時間操作をしないんだろう?…しないよな?」

「私に聞かないで下さいよ」

 ウィリアムの心配顔にアルフレッドは苦笑する。

 フローライトは約束してくれたが、気が付かないうちに力を使われたら人間には分からない。

「つまらなく、ないのかな」

「え?」

「いや…苦労してあれこれやって…間違えたから全部やり直し!ってなぁ。俺には無理だ」

 よく出来たところは前回と同じようにしなくてはならない。自分なら絶対に間違える自信があった。

「まぁ…ローダークには寿命がありませんからね。重要なのは過程ではなく結果なのかもしれません」

「なるほど。メイソンみたいだな」

 元宰相であるメイソンも、結果重視だった。

 現在のウィリアムは公務の数をこなすうちに、彼の業務の過程はおそろしく乱暴で、粗雑だったと気が付いている。

「選択を間違えないようにするのは…そもそも未来を知らない我々には出来ませんし、とても緊張します。だからこそ、日々が大事なのだと私は思います」

「それは寿命が限られてる俺たち限定なんだろうな。今、毎日楽しいぞ!」

「俺もー!」

「ふふっ。そうですね。私もです」

 兄弟は顔を見合わせて微笑む。



(良かった。楽しそうだわ)

 アメリアは剣舞を行いながら、王と宰相──義兄と夫をちょうど観察していた。

(ルイスは…ああ、父様のところね)

 舞台の周囲は騎士団が囲っているが、その中にちゃっかりジャックとルイスがいた。

 アメリアの視線に気が付いて手を振る。

 愛しい息子のために笑顔で手を振り返すと、その背後の民衆たちがわっ!と湧いた。

(あらら)

 するとほうぼうから声がかかる。

「アメリア様ー!」

「こっち向いて!!」

 剣舞を行いながら視線を投げかけると、なぜだか「きゃ──!」という声が上がった。

 ちょうど女性たちが多い場所だったようだ。

(有名な劇団の俳優さんになった気分…)

 星祭りの開催と剣舞の催しが決定し最初はここまで大きな舞台で、それも民衆に囲まれるようにして剣舞を行う事に数ヶ月前から緊張していたのだが、イザベルに「夜会やダンジョンよりは、マシよね?」と言われて、それもそうだと納得した。

 昔の夜会はいつも怖くて、魔物に囲まれている気分だったが。

(まさか、本当にいたとはね…)

 王宮のダンスホールにも、ルシーダの”影の道”はしっかりとあった。

 しかも、ヒールの足跡も。

 どうやら夜会の人混みに紛れて、彼女は踊っていたらしい。

 昔の人の証言で「彼女はとてもダンスが得意で、注目を浴びることが好きだった」「自分より目立つ者がいると暴言やワインを浴びせたりして退場させていた」と教えてもらった。

 そのくせ、各国の来賓がいる場では嫋やかな女性を演じるものだから、同性異性に関わらずかなり嫌われていた、という事もわかった。

 その傍若無人な様子に、オズが呆れながら「全世界の人に自分だけを見てもらいたかったんですかねぇ」と言っていたことを思い出す。

 今回の情報操作で諸悪の根源は”悪女ルシーダ”という事になった。

 本人は既にこの世に存在しないが、彼女は確かに人々の関心を得たのだ。

 もし生きていたなら、例えそれが悪評だとしても喜んだのでは?とアルフレッドが話していた。


(かたや、私は勇者アメリア…)


 半ばおとぎ話のように聞いていた伝承と、真逆の地位で肩を並べるとは全く思っていなかった。


(貶められて、殺されそうになって…遡って)


 ”流星”を滑らせる。

 その軌跡が光の帯となり、数秒後に消える。

 残光が弾けて頬に当たり、ほんの少しだけ痛い。

 きっと”流星”が教えてくれているのだ。


(今の、この現実を…)

 正確には”歪んだ世界”も現実だった。

 平和な日々を過ごしながら「あの未来は今も存在しているのでは?」と何度も悩んだりした。

 ある日、思い切ってアルフレッドに打ち明けたところ…。


「それが本当だとして…私はその別の世界の事について想いを割くのではなく、今僕が生きて貴女を愛している世界を大事にしたい」


 そう言ってくれたのだ。

 思わず彼に抱きついてしまったなと思い出して、顔が赤くなる。

 後日、彼の言葉のお陰で随分と救われたという事をイザベルに話したら「考えすぎよ。平行世界がいくつもあるなら遡りなんていらないじゃない」と非常に理論的な事を言われて、悩みは完全に消え去った。

 剣舞が終盤に差し掛かり、ほうぼうから「まだ終わらないで」「夢よ醒めるな!」という声が聞こえてくる。

「ふふ」

 星祭りという平和を具現したような場で、”現実”を体感出来る。


「ありがとう、みんな…」


 微かに呟いて、アメリアは剣舞を終了させた。

 会場が拍手に沸いたその瞬間。


「わぁっ!?」

「なんだ、あれ!」

「な、流れ星いっぱい!!??」


 会場は更に熱気と歓声に包まれ、誰も彼も驚いた表情で空を見上げている。

「流星…!」

 アメリアもまた驚いて空を見上げた。


「えっえっ?」

「流れ星!!」

「すごいですわ!」

 背後にいる3人も、夜空に浮かぶ水色と赤い満月に負けないくらい輝き落ちる流星群に声を上げる。


「こ、これなんの前兆かしら…あ」

 手にしていた”流星”が呼応するように輝いている。手の紋章も。

(ひょっとして、二柱からのメッセージ?)

 長く尾を引く星々は、東の夜空へ吸い込まれていっている。

 きっとあちらの方向に、自分たちの知らない大陸があるのだろう。

(そこに居るのね)

 人の世界を乱すことのない、新しい種族の人々が。

 生まれたての大陸ならば、交流はもっと先だろうか。

「ふふっ」

 楽しみに思わず笑みがこぼれる。


「みんな、もう一度!…新しい世界に、剣舞を捧げましょう」


 張り切って舞うアメリアに、残る3人も追随する。

 観衆が「わぁっ!」と湧いて手を叩く。

 その様子をウィリアムとアルフレッドは、眩しそうに見ていた。

「アメリア…流れ星を背負う君は一層美しい…」

「…アルフィ。意外と俺に似て執着強いよな。…おおい、皆、綺麗だぞ!」

 ウィリアムが手を振るとリリィが恥ずかしそうに手を振り返す。

 シルファはぴょんぴょんと飛び上がり、メリベルははしゃぐ王様を見てクスリと笑っていた。

 舞台の下ではルイスが嬉しそうにアメリアを見つめていた。

「じーじ、月の色混ざってキレイ」

「ああ、そうだな。あのじゃじゃ馬娘が…母上と同じ勇者の称号を冠するとはな…」

 ルイスを胸に抱いた、自分では角が取れたと思っているジャックはアメリアを目を細めて見つめる。

 遡りの話を聞かされて、”歪んだ世界”での自分は何をやってるんだと自分自身を殴りそうになったが、マーカスに「私も同じ気分ですよ」と止められて堪えた。

 妻のマリアからは「体の年齢は巻き戻されても、あの子の心はそのままなのよ?辛いのは覚えているあの子だけ。貴方が狼狽えてどうするの!」と怒られてしまった。

 それからというもの、彼は毎日鍛錬と部下の育成を欠かさず、魔物退治に余念がない。

(魔族の…純粋な”力”の脅威は無くなるが、新しい種族が有効的ではない場合もありうる)

 昨晩聞いたばかりの情報だが、騎士としてより一層、強くあらねばと思う。

「ルイス、強くなるんだぞ」

「うん、じーじ。僕、じーじと同じメイスがいい」

「!?…ほ、本当か!?」

 魔剣に見えない魔剣で、地味だの、格好良くないと言われ続けたのだが。

「だって…血が、怖いし…」

「そういえば、そうだったな。すまん」

 ルイスにせがまれてアメリアとアルフレッドに内緒で稽古を付けたことがあるのだが、少し離れた所で模擬戦をしていた騎士の一人が折れた剣で怪我をして流血してしまった事があった。

 幸い浅い傷だったのだが、思ったよりも流血が多かった。その時から孫は血が苦手になってしまったのだ。

「お主が適合すれば、”堅楼”はお主を護る」

 少しくらいの傷ならすぐに癒やしてくれるし、結界は魔剣の中でもかなり強い部類に入る。

「他にもマーカスとアルフレッド様、アメリアの魔剣もある。…いや、アメリアのはあの子を護るために必要か」

「うん、父様のも駄目。じーじのも、マーカスのも」

 他人を思いやる言葉に、ジャックのまなじりが下がる。

「…新しく、見つけるか?」

 魔剣は探そうと思っても見つからないが、魔剣を持つ者は近くに魔剣があるとなんとなく分かる。

「うん!じーじと行く」

「なっ!?」

 かわいい孫にじっと見つめられ、ジャックは驚く。

「…わ、分かった!そうしよう、いつがいいか?」

「もう少し僕が大きくなってから」

「そうだな。体作りをしてからだな!」

 彼等の背後では騎士たちが、鬼教官と化しているジャックを外へ連れ出してくれるのかと、ちょっぴり期待していたのだった。



「あの子…いつまで演るつもりかしら」

「体力が続くまでやりそうだね」

 貴賓席では、娘の晴れ姿を見に来たイザベルが呆れている。エリックはその隣で苦笑していた。

「…いやしかし、忙しくなりそうだね」

「ええ。あれだけ鼻の下を伸ばして見ているのだもの。交渉が楽に進みそうね」

 勇者アメリアはもちろん、王妃リリィとその娘であるシルファも各国にファンが多い。

 シルファについては、既に釣り書が届いているとリリィが困ったように話していた。

 王と王妃には内緒だが、リアムとシルファはとても優秀で重要な交渉材料だった。

 アルフレッドからは「迂闊に婚約を匂わせないこと」と釘を刺されているが、もちろんそんなヘマはやらない。

「それと、あっちね」

 イザベルは星が流れていく東の空を指差す。

「…今朝に聞いた件か」

 彼らはもちろん、新大陸と新種族がそのうち現れるということを聞いている。

「向こうは岩場だらけの浅瀬で、船は進めないし人も住めない厄介な場所だったけど…それが無くなるのか。楽しみだね!」

「ええ。アメリアたちは”これから”だと思っているようだけれど…おそらくもう”育ったあと”だと思うのよ」

「同感だね」

 二柱は時間操作が可能なのだ。きっと新大陸を”過去”に出現させて、アメリアたちがいる今の時代に間に合うように育ててきたに違いないと二人は考えていた。

「頑丈な船を用意しておこうか」

「当然よ。さっさと航路を開発しておかないと。…それと、ウチで取り扱っている商品の在庫、少し増やしておきましょう」

 二人は顔を見合わせてニヤリと笑う。

「使節団の大使は?」

「もちろん、勇者アメリアよ」

 フローライトとローダークを合わせた色の紋章を持つ者は一人しか居ない。相手もこちらも信用がゼロの状態に、もってこいの人材だろう。

「…そうそう、そのローダーク様の事だけど。イメージアップしたほうがいいと思わないか」

「思うわよ。たまにね、”勇者の印と言うけれどどうして水色じゃないんだ、本当に勇者なのか?”…とね、よく考えないお馬鹿さんがいるのよね!」

 ローダークもこの世界の神なのだ。

 二つの月の色が混じった光をたたえる紋章の意味をよく考えて欲しいと思う。

「神殿の神像、表裏一体だと聞いたから…鏡をつけるのはどうかな」

「それよりも絵本と教本とを作って無償であちこちに置いて…あとは、ローダークのみの祭壇を作るのよ」

 ちなみにフローライトの祠はあちこちにある。

「…それをどこに設置するんだい?ハニー」

 イザベルはふふんと胸を張る。

「カジノよ!」

「え」

「別に当たらなくてもいいのだし」

「うーん…」

 エリックたちは宰相アルフレッドに話を聞いた後、神殿でフローライトの神像の裏面にあるローダークの像を見ている。

「ギャンブルしそうもない姿だったような…。神様の存在意義が変わりそうだけれどいいのかな…」

「身近になっていいと思うわよ?」

 今のままだと不確かで恐れられたままだ。

「一応、陛下や宰相様にお伺いしてから、やろうか」

「当たり前よ。無許可では流石にやらないわ。ローダークに消されるのも嫌だし」

「……なるほど。神様だものね?」

 今更ながらに”あの日”の話を思い出してゾクリとする。

 人の魂ごと、彼は食べてしまうのだ。

「そうよ!面倒くさいけれど、神様なのよ。…フローライト様も絶対苦労してるわよね!」

「は、ハニー!」

 エリックは慌ててイザベルを抱き締める。

「神を模して人を造ったのなら、神も変われる可能性があるのよ。それを実証してやりましょう」

「…うう、命懸けだね…わかったよ、ハニー」

 後日、この件はウィリアムの承認を受けた。そして宰相アルフレッドおよびエルリック公爵&商会により、ローダークのイメージを塗り替える作戦が実行されることが決まったのだった。


「なんだかみんな、楽しそう」


 周囲を見回しながらアメリアは呟く。

 イザベルを突然抱きしめたエリックの表情だけが他と異なっていたが、きっとイザベルが普段通りの無茶振りをしたのだろうと思う。

 もしかしたら、4人目のお願いだろうか。

 アメリアはこっそりとお腹を意識する。

 実を言うと、2人目が宿っている事が先日わかったのだ。

 柔らかな水色の光と、怪しげな赤い光を纏う二つの月を祈るように見上げる。


「子供たちの…みんなの未来が、誰にも奪われませんように…!」



 神殿にフローライトとローダークの二柱が祀られることになるのは、近い未来のことである。 


 流星の中、剣舞を舞う勇者アメリアと3人の舞姫の姿は、新事実とともに伝承に残されたのだった…。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜

作者より


アメリアの奮闘が無事に終わり、

作者もホッとしております。


この先は困難が立ちふさがっても

歪んだ世界を体験した彼女ですから

困難とも思わずに切り抜けると思うのです。


最後までお読みいただきありがとうございました!

m(_ _)m


〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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断罪王妃 竹冬 ハジメ @reefsurk

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