第89話 魔族とは

「おかえりなさいませ。旦那様はもうお戻りになられていますよ」

 クロエと別れて屋敷に帰ると、スージーが出迎えてくれる。

「あら?今日は早かったのね」

「星祭りの準備が終わったようです。…さぁ、もうすぐ晩餐ですから着替えましょう」

「ええ」

 毎年行われる星祭りは、年々規模が大きくなっている。今年は数日前からバザーが行われると言っていた。

 着替えてからルイスと合流すると、家族揃って晩餐を頂く。

 ルイスが一生懸命、今日一日の出来事や習った事などの話を聞いて二人で彼を寝かしつける。

 それが終わると夫婦の時間だ。

 …だが今日はルイスが寝なかった。3人でサロンへ移動すると、アルフレッドの執事が封筒を持ってきてアメリアの前に置いていく。

「これは?」

「シルファ殿下に手渡されたんだ」

「…シルが?」

 彼女が父にベタベタするのが気に入らないルイスが、とたんに不機嫌になった。

「ルイス、私にご用事があるのよ。そうよね?アル」

「ああ。ウォルス様と一緒に探し当てた本で…メリーに読んでもらいたいと言っていたんだ」

「…ならいいや」

 ウォルスが絡んだことで不機嫌さが引っ込んだ膝の上のルイスを、アルフレッドは微笑みながら撫でる。

 アメリアは愛する夫と愛息子の様子を微笑ましく見ながら、封を開けた。

 中には紐で束ねられた簡易的な紙の本が入っている。

「…ああ、少し前に聞いていた本ね」

「内容は?」

「古の賢者様が書いた手記ですって。魔族のことについて書かれているとか」

「ほぅ。…ウォルス様が色めき立っていたのは、それだったのか」

「ええ」

「魔族?母上がやっつけた?」

「やっつけたわけではないわ」

 苦笑しつつ、束に目を通す。

「ええと…魔族の取り扱いについて、ですって」

 思わずアルフレッドが吹き出す。

「手記じゃないのかい?」

「題名からすると、違うようね」

 アメリアも首を傾げながらページをめくる。

「…影に何かを感じたら見ない方が良い。見ると影に引き込まれて何処かへ連れ去られる。…契約を持ちかけられても契約するな。約束を守る者はほとんどいない。出された食物は絶対に口にしないこと。確実に毒が入っている…ですって」

 人間に置き換えると犯罪になる事ばかりがつらつらと書いてある。

「色々な人の体験談を纏めたものかな?」

「そうね。一人で全部…こういう目に遭ったら、命がいくつあっても足りないわ」

 アメリアは苦笑しながら読み進める。

「魔族とは。…無駄を省いた高度な文明を持つ。それ故に、衰退の一途をたどる…?」

「えっ?」

「えー?」

 アルフレッドの驚きの声を真似てルイスが大きい声を出す。

 アメリアは難しい顔をしながら続けた。

「人間にあるような衣食住の概念はなく、服は擬態で済ませ、食は魔力のみ、魔界は全ての魔族の”家”のようなものであるから個別に家を持たない…これ本当かしら?」

「ふーむ…読ませてくれ」

「どうぞ」

 アルフレッドに゙冊子を渡して、アメリアはルイスを抱き上げた。

「まぞく、パン食べないの?」

「そうみたいね!…リリィのおうちの美味しいパンをあげたい…じゃない、そもそも必要ないのねぇ」

「おなかすかない?」

「…お腹…空くのかしら…?」

 アメリアが困った様子で言うので、読み進めていたアルフレッドは助け舟を出す。

「空腹は感じないそうだ。もし魔力不足になっていた場合は、目の前に餌…魔力があれば本能で吸い取るそうだよ」

「魚みたいね」

 虫が落ちたらひゅっと水ごと吸い込む魚を想像してしまう。

「はは…結界の外で、魔族の悪口ととれるような事は言わないようにね」

「ええ!」

 この屋敷は敷地の四隅にフローライトを設置しているため、そんじょそこらの魔族は入ってこれない。

(まぁ、ローダークには無力だが…)

 流石に一個人に手を出してこないだろう、と思う。特に紋章を自ら付与したアメリアには。

「ねぇねぇ。まぞくって、魚なの?」

「ううん、違うわ。人の形…してるけど違うのかしら」

 ルシーダは人であった頃の名残がかなりあったが、純粋な魔族には会ったことがない。

「魔族の形は生まれながらに決まっているそうだ。精神はともかく、体は生まれたら即大人のようだね。…形は人と似たような背格好で…人と同じく様々な容姿だけれど、肌は青白いと決まっているそうだ」

 寿命はほぼないに等しく、しかし魔界は生息人数の上限というものがあるようで、上限に達すると次世代が生まれないと書いてある。

「魔界自体は狭くないようだね。管理が難しいから、個体制限をしているらしいな」

「制限??…どうやって生まれるの?人間と同じかしら?」

「いや。ローダークが生み出すそうだ」

「……そ、そうなの」

 赤黒い月がぽとりと魔族を産み落とすらしい。

「それ以外の子の作り方も書いてあるよ。生に飽きた者は自分の核を取り出して次世代に引き継ぐ…当然、心臓の代わりの核がなくなれば親は死ぬ…うーん、それは、子ではないのでは?」

 姿形は全く同じで、しかし記憶はないという。

「よくわからないわね」

「ああ。同じ世界に生きているのに…随分違うんだな」

「かわいそう」

 ルイスがアメリアの胸に顔を埋めながら言う。

「かわいそう?」

「だって…お母さんがすぐ死んじゃうんでしょ?」

 アルフレッドはその言葉に「しまった」という顔をしている。

 アメリアがルイスの頭を撫でた。

「そうねぇ。でもたぶんそうやって生まれた子は…一人で生きるために、記憶がないのかもしれないわね」

「?」

「生まれたらすぐに大人で、…ええと、お母さんのことを覚えてないのよ。だから悲しいと思わないんじゃないかしら」

 ある日突然意識が芽生えて、周囲が知らない者たちばかりという状況は人間にとっては普通ではないが、魔族には”当たり前のこと”なのだろう。

「…やっぱりかわいそう…」

 へにょり、とルイスが泣きそうになるのでアメリアは彼を抱きしめた。

「ルイスは優しいわね」

 人とは全く異なる種族のため、大丈夫、とは言えない。

「…続きがあるよ。目覚めた子は、周囲の者へ戦いを挑むそうだ」

「えっ!」

「なんで??」

 アメリアは驚いたが、ルイスはキョトンとしている。

「戦って…自分の序列を知るそうだ」

「??」

「つまり魔族には、強さの順番があるってことだね。生まれ落ちて目についた人と戦う。ある人に勝った…その人が魔界で一番強い人だったら、自分が1位になる」

「…それって、くーでたー?」

「クーデターとは違うね。戦った人の順位を勝ち取れる。そういうルールみたいだ」

 序列一位になると魔界を統治する権利が発生すると書いてはあるが、日々戦いを挑まれるために統治出来た者は今までにいないらしい。

「むつかしい」

「はは。もう少し勉強したら、きっと分かるよ」

「むぅ…」

 ルイスは分からないのが悔しいのか、口をとがらせている。

「ふふ、ゆっくり勉強すればいいわ。ルイスは好きなことをするのよ」

「うん。……ねむい」

「あらあら」

 さっそくやりたいことを口にしてきた。こっくりこっくりと船を漕ぎ出してしまったので、控えていた執事が側に来てくれる。

「お部屋にお連れしておきますので」

 まだ冊子について話し足りない二人を見てそう言ってくれた。

「お願いね。…布団を少し温めておけば、起きないから」

「心得ております」

 アルフレッドの執事はルイスを抱えると、足音も立てずに去って行く。

 ちなみに彼は、王家の影の長になったオズの部下でもある。

 扉がゆっくりと閉まると、アメリアはアルフレッドを振り返った。

「魔族って…随分と、その、シンプルなのね?」

「ああ。貴族や平民のような区別はまったくないみたいだ」

 たぶんこの様子だと、領地もないだろうとアルフレッドは言う。

「一番強いのは、ローダークね?」

「そうだろうね。…メイソンたちの目指した形なのかもしれない」

 だからこそ彼らはローダークに目をかけてもらえた、と彼は言う。

「でも…高度な文明を築いたのに、どうして衰退しているのかしら?」

「欲がないからだろう。この状態だと…序列に対しての欲だけあるように思える」

 人間が当たり前に持つ食欲、性欲、承認欲求などなど、そういうものがない。

 戦いだけで数百、数千年生きるのだと思うと、めまいがしそうだ。

 アルフレッドは続きを読む。

「…魔界で勝てないものは、人間の世界に行って自己顕示欲を満たすそうだ」

 強さの違う人間を弄ぶのは簡単だろう。

 アメリアは少々呆れつつ言う。

「弱いってわかっている人に勝って何が楽しいのかしら」

「そうしないと…自己を保てないのかも知れないよ」

 序列が全てなら、最下位となった魔族は己の存在価値を見いだせない。

「それ以外に楽しみがないって…地獄ね」

「ああ。だから衰退しているんだろう。…賢者様は、”なぜローダークはこのような種族を造ったのか”と嘆いているよ」

 魔界には昼も夜もなく、森や木々も川も、天候もない。

 フローライトの世界と分けたのは何故か、と苦悩が綴られている。

「賢者様…随分とくわしいのね」

 初めて聞くような事実ばかりだ。

 読み進めていたアルフレッドは悪戯っぽく笑い、冊子を差し出して最後のページを読むように言う。


 ”…願わくば、同胞たちがこの変化のない生きていることに意味のない世界に気が付いて、私のように願ってくれることを望む。”


「ということは」

「ああ、書いた本人が魔族だと思う」

「凄い!」

「うん、本当に凄いよ。魔族としての本能…本質を否定しているのだからね」

 アメリアはふと思う。

「どうして自分で改革しなかったのかしら?」

「もう一行、読んでみて」


 ”私は狩られる前に、魔族という殻を脱いで別のものになろう。そうしなければ、また、魔族となってしまうから。”


「狩られる?」

「異端者とみなされたのか…いや、異端という概念はなさそうだ。もしかしたら、とても強い魔族なのかもしれない」

「なるほど、それなら魔族が毎日戦いを挑みそうね」

 平穏とは程遠い世界観に、気の毒になってくる。

「人の世界へ来たからこの手記があるのよね…人間になったのかしら?」

 ルシーダのように姿形を変えるのだろうか。

「どうだろうね…」

 アメリアから冊子を受け取り再び目を落としたアルフレッドは、「ああ、答えが書いてあったよ」と言う。

「魔剣になったようだ」

「!」

「魔剣なら、ずっと人の世界を見続けていられる。…探せばどこかにあるのかもしれないね」

「ろ、浪漫だわ…!」

 思わず拳を握ってしまうアメリアだ。

「言うと思ったよ。ここに紋章がかいてある。…でも、駄目だよ?」

 苦笑しながらアルフレッドが言うと、アメリアは上げた拳を降ろした。

「わかってます!…アルが引退した後のお楽しみに取っておきますから!」

 その言葉にアルフレッドは目を見開く。

「…そうきたか…。仕方ない、早めに誰かに引き継いで旅をしようか」

「ええ!!」

 随分遠い未来の約束を取り付けて、年を重ねるのが楽しみになったアメリアとアルフレッドなのだった。

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