第88話 新たな目標
久方ぶりの私的なお茶会が催された数日後、アメリアは街に来ていた。
(一人で来るのは久々ね…)
最近のルイスは習い事に忙しく、また、イザベルに「貴方ちょっと構いすぎよ」と言われたためアルフレッドと相談して、少しずつだがルイスが自分で色々と出来るように、一人の時間を持てるようにしていこう、と決めたためだ。
「アメリア様だ!」
「アメリア様、今日は鍛冶屋ですか?お気をつけて!」
「ええ、ありがとう」
声を掛けられるのは領地にいた頃からなので、特に問題はない。
勇者認定された直後に比べると、随分と落ち着いてきたと思う。
(前は囲まれてしまったものね…)
身動きが取れなくなり、街の警備隊のお世話になってしまった。
王都にいる人々はアメリアの存在に慣れてくれたようだが、今日始めて来たような人は遠巻きに彼女のことをチラチラと見ていた。
(見ないようにしなくてはね)
警備隊の人に、見ると寄って来てしまいますからね!と言われたのだ。
王都でも有名な俳優も同じような目に遭うらしい。それくらい貴女は有名なのよ、とイザベルも言っていた。
(本人に自覚がないって変かしら?)
そう思いつつ視線を気にしないようにして、通りを歩いて行く。
鍛冶屋がある生産エリアへ足を踏み入れると、鉄を打つ音や、重たい歯車を回す大きい音が聞こえてくる。
両側にある鍛冶場と通りの間には水が流れており、魔法が掛けられたそこから霧が熱気を遮るように立ち上っていた。
父もそうだが、アメリアがワクワクする通りだ。
目当ての店に行って、研ぎに出していた小刀を受け取ると外へ出る。
「あら?」
聞いたことのある声が、数軒先から聞こえてくる。
「しつこいなぁ、入らないって言ってるでしょ!」
「強がるなよ、女一人で危ねぇんだって」
「アンタたちみたいのに絡まれるのが、一番危ないわよ」
「はは、言うなぁ」
「ゆくゆくはAランクになる俺たちがEランクのお前を誘ってやってるんだ。受けとけよ」
「余計なお世話っていうのよ!!」
「そんなボロい装備で…すぐ似合いそうな鎧、買ってやるぞ?」
(あら、クロエ…が絡まれてるわ)
歪んだ世界と違い、華やかな髪と目の色を持ち美しく成長してきたクロエは冒険者ギルドで相当目立っている。
ソロで実力もあるから、パーティーへの強引な勧誘が多いとも聞いていた。
しかしそこはギルマスが制御しており、特定のパーティー以外は誘いをするな、させるなとギルド内に徹底していたはずだが…。
(手を出すのは彼女のためではないわよね)
クロエ本人から、過保護にしないで欲しいと言われている。
「これなんてどーよ?」
青年は店先にあった、おそらく客引き用のビキニアーマーをニヤついた顔で指差す。
「バッカじゃないの…」
呆れ顔のクロエは相手をするだけ無駄だと思ったのか、踵を返そうとした。
「おい待て」
きらびやかな鎧の青年の背後にいた、盾持ちのいかつい別の青年がクロエの腕を掴む。
「Dランク”星の輝”のリーダーが直々に誘ってるんだぞ?平民のくせに断る気か?」
(あーらら…増えたって聞いたけど、嫌な感じね)
”星の勇者”にあやかり、星・流星を冠したパーティーがたくさんあるとギルマスは言っていた。
ちなみにアメリアは知らないが、アルフレッドが「”星”の名を使うのは素行の良い者限定にするように」と近々命令する予定で動いている。
「平民とか貴族は冒険者に関係ないでしょ!あんまりしつこいとギルマスに言いつけるよ?」
「何かあればギルマスギルマスって…聖女だかなんだか知らねぇが、ただの入れ墨じゃねーの?」
───ポン。
「!?…誰だ!俺様の肩に気安く触る阿呆は!」
バッと振り返った青年の言葉が止まる。
「何かしら?」
「……今のは、言葉のあやで…間違え…ました…」
とても小さな声で続きを言うのでアメリアは思わずクスリと笑ってしまった。
あまりの言い様に、アメリアはつい青年の肩に手を置いたのだ。
「これ、入れ墨ではないのだけれど?」
右手の甲にある紋章はアメリアの意思を受けて淡く紫色に光り…呼応するように、クロエの紋章も水色に光っていた。
周囲で何事かと見守っていた人たちは「あれが紋章…!」「星の勇者の印を見れるとは」「もう一人は??」「先日認定された、フローライトの巫女だよ」と様々な反応をしている。
「そうそう。聖女ではなくて、巫女なのよ彼女は」
青年の顔は真っ青を通り越して青白くなっていた。
(払い除けるくらい、しなさいよ!)
おそらく貴族の…それも三男以降だろう。冒険者になったというのに、未だに家を引きずっているとは情けない。
それとは真逆に、きらめく鎧を身に着けた青年が興奮したように詰め寄ってきた。
「勇者アメリア様!自分は”星の輝き”というパーティーのリーダーで、アレンビー家の…」
「はいはい、マルコム様そこまで」
今度はクロエが割り込んできた。彼女はアメリアに王家の”影”がついていることを知っている。
「クロエ!妬いてるのか?よし、今からギルドに行ってパーティー再編成だ!」
マルコムと呼ばれた青年は嬉しそうにクロエの手を握るが、彼女はうんざりした顔だ。
(うーん、これは酷いわね)
ここまで空気を読まない貴族というのも珍しい。
クロエははっきりと意思表示しているが、貴族で形成されたパーティーの面々は相手の意思など関係ないと言わんばかりだ。もう一人、魔法使いと斥候のような格好をした青年二人がいるが、コソコソと人だかりに隠れるように後退っている。
(だから治癒魔法が使える魔闘士であるクロエが欲しいのはわかるけれど、本人の意思を無視するのはよくないわ)
はぁ、とため息一つつくとアメリアは目にも止まらぬ速さでマルコムの手首に手刀を叩き込み、手がゆるんだ隙にクロエを取り返すと、彼女を抱えてバックステップで離れた。
「!?…えっ!?」
驚いた顔で手元と二人を交互に見るマルコムだ。
アメリアは厳しい表情で言う。
「彼女とパーティーを組みたいなら、私を倒してからにしなさい」
「えっ」
アメリアの冒険者としてのランクは、Aだ。もちろんソロである。
「…ではね」
「ちょ、待てっ!」
なおも追いすがろうとしたマルコム…ではなく、人混みに紛れるようにしていた青年へクロエは声をかけた。
「ミック、索敵して」
「?…!!!」
言われた通りにした青年がギョッとした顔をして、慌ててマルコムを制止する。
そのままアメリアは割れた人混みの間を通ってその場を離れた。
…ちなみに数年前にオズにより新設された王家を守る”影”は、こんな青二才の索敵には引っかからない。
警告のため、わざと存在を明かしていた。
しばらく歩いた所でクロエをおろすと、彼女はしょんぼりとしていた。
「すみません…巻き込んでしまって…」
「ふふ、ああいう時は大人を頼っていいのよ。今はまだ子供なんだから。…それにあの子達、貴族よね?」
「あー…はい。そうです…」
クロエは内心、あいつら終わったな、と思う。
王家の影はマルコムたちのパーティー名と、家名をバッチリ聞いていただろうから。
「あのマルコムって子は、ソロで強いクロエに嫉妬してるのかしら?誘い方間違っているわよねぇ」
「…え?」
(あ、そっか。アメリア様ってそっち方面がものすごい鈍いって…イザベル様が言ってたっけ)
冒険者として活動し始めてすぐに、イザベルからコンタクトを取ってきて会ったのだ。
クロエの素性を聞いてきて、アメリアに害を成さないわよね?と確認されただけ。
おそらく親友を心配しての行動に「アメリア様って愛されてるなぁ」と感じたものだ。
ちなみに冒険者ギルドに出資している有名な商会の長でもあるイザベルとは、ギルマスの「仲良くなっておいて損はない」という勧めもあり、茶飲み友達になっている。
「えーっとですね、嫉妬じゃないんです。マルコムは、私のこと好きなんです」
「………ええっ!あれで!?」
たっぷり考えてからアメリアは驚愕した。
「そうです。あれで。…好きな子に好きって言えずに、からかっちゃうんですよ。小さな子供ならよくあることです」
クロエも5歳位の頃に経験した。16歳になった今、再度経験するとは思っていなかった。
しかも相手は二十歳を超えている。
「あれが告白…思いっきり失敗しているわよね?」
「はい。3年前くらいからずーっと変わらないんですよ。いい加減気がつけって感じです」
冒険者登録をして少しずつ活動を増やして行ったらば、色んな人が近づいてくるようになった。
おそらく「誰かになにか言われている」ギルマスと、よく声をかけてくれるアメリア&イザベルのお陰で変な輩は減ったのだが、彼らは特にしつこかった。
「でも今回ので、当分近寄ってこないと思います!」
(ギルマスと実家から超怒られるよね。できれば遠くに飛ばしてほしいなぁ)
ついついそう思ってしまうクロエだ。
「大丈夫?何かある前に頼るのよ?」
「もちろんです!…あ、でも、街の人も助けてくれますから心配しなくていいですよ!」
強引な勧誘は今までもあるし、常にアメリアが街に居るわけではない。
一人で解決したり、良識ある先輩に助けてもらったり。今日のような場所だとナンパが長引いたら鍛冶屋のいかつい職人たちが割って入っただろう。
アメリアは「はぁ」とため息をつく。
「フローライトの巫女っていう肩書は、あんまり役に立ってないわね…」
「それでいいと思いますよ。お陰様で普通に冒険者をできますし」
実績のない紋章は、先程のように”入れ墨”だと勘違いされることが多い。
(星の勇者を真似た痛いファンってよく言われるんだよなぁ)
などとは本人に言えない。しかしファンなのは間違いなかった。
「そういえば3ヶ月後の星祭り、楽しみにしてますね!」
「ええ。毎年同じ演武なのだけれど、皆は飽きないかしら?」
「ぜーんぜん!またこの踊りが見れて…平和で嬉しいなって思います」
「ああ…そうね、そうよね」
──心を乱す事のない平穏な日常が続き、同じ景色が変わりなく見れる。
普通の人たちにはなんでもない日常だろうが、歪んだ世界を経験したアメリアとクロエにとって今の日々は大事な大事な日常なのだ。
「それなら、今年も丁寧にやらなくてはね!」
「はい!…ギルドでも、演武講座があって、超人気なんですよ」
「え!?」
「筋トレにいいって言われてて」
ゆったりとした、しかし時に早い動作のある演武は、全身の筋肉を保っていないと出来ない。
「それは確かにそうね」
「私も練習してるんです」
本人の前で言うのは恥ずかしいが、照れながら言うとアメリアは嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ来年頼もうかしら?」
「ぎゃあ!?それは駄目です!!…星祭りなんですから!!」
星の勇者がやらないと駄目なのだ。
自分はただの”フローライトの巫女”なのだから。
「ふふ、そのうちに…一緒にやりましょう、ね?」
「うっ。…せめてBランクになってからで…」
Eランクの実績のない自分が星の勇者と同じ舞台に立ったら、後が大変だ。
「わかったわ。待っているから」
「……ハイ」
渋々返事をしたクロエだったが、内心はまんざらでもない。
(やばい。絶対に頑張らなくちゃ)
アメリアと一緒に演武を舞うのなら、胸を張ってできる状態でありたい。
クロエは新たな目標に向けて、頑張るのだった。
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