第85話 夢
その晩、アメリアは夢を見ていた。
3歳くらいのルイスを膝に乗せ、テラスで絵本を読んでいる。
夢だという事はすぐにわかった。
──なにせ、今の世界にルイスはいないのだから。
(お願い、醒めないで…)
そう祈りながら柔らかい髪を頬に感じていた。
(この子に…フローライトのペンダントをあげていれば…)
ダイアナに取り込まれずにスクスクと育ったのだろうか、と未だに悩んでいる。
(フローライトがもっとあれば…)
最近になってフローライトの鉱脈がトゥーリア国で新たに見つかったのだ。イザベルなどは「フローライト様、遅い!」と怒っていたが、彼女の持つ鉱山で見つかったので溜飲を下げていた。
国内の王侯貴族のみならず、周辺諸国からも購入したいと問い合わせが殺到している。もちろんメンデル家でも、生まれてくる子供のためにとアルフレッドが真っ先に購入した。
脅威が去ったせいか、国内では空前のベビーブームが到来している。
その状況を前に彼も「全員分があれば良いのに」と呟いていた。
「ははうえ〜」
(…ふふ、もちもち)
懐かしいルイスの触り心地にうっとりする。
「ははうえ〜?」
この頃のルイスは「ははうえ」を連呼しながら自分の後をついて回っていた。
一番の可愛い盛りのルイスの夢が見れて嬉しいアメリアは優しく問いかける。
「なぁに?ルイス」
顔は見えないが、なにやら手を腕の前で組んでモジモジしている。
しばらくそうしていたが、コテンと頭をアメリアの胸にあてて上を見上げた。
(かわいい…)
「あのね…」
「うん」
話し出してくれるまでゆっくりと待つ。とても恥ずかしがり屋だからだ。
「ごめんなさい、ははうえ」
「……え?」
急に謝られて、アメリアはキョトンとする。
「ずっと、ずっと、まちがえてました…”愛”を」
「!」
アメリアは目を見開く。
「ううん、ちがう。めを、そらしてました」
(まさか……あの…ルイスなの…?)
見た目は3歳児だが、当時は同年代の子供が周囲に居らずここまで話せていなかったように思う。
驚いている内にも彼はポツポツと懺悔を繰り返した。
成長しても父と母と離れの君の関係性をよく考えなかったこと、エリザを貶めてしまったこと。クロエに迷惑をかけたこと。
「ずっと…みはなされてると、おもってて…はんこうして…」
「それは」
「だいあなの…あくじょるーしーだのせいだって、ききました」
誰に、と聞く前に彼は話す。
「しるふぁおばあさまに、おしえてもらいました」
(シルファ様!)
先代の王妃だ。ダイアナに扮する前の姿をしたルシーダに殺害されている。
生まれ変わる前にルイスへ説明してくれたのだろうか、とも思う。
「だから、ごめんなさいをいいたくて…」
「…私は、ちっとも怒っていないわ」
悪いのはルシーダとメイソンであり、諸悪の根源はローダークだ。
「ほんとう?」
「ほんとうよ。…助けてあげられなくて、ごめんなさいね…」
見ていない隙にダイアナにあれこれ言われて、洗脳されてしまったのだろう。
そんな子供をどうして責められようか。
「ううん。ははうえや、えりざのいうこと、なんだかいらついて…むししてしまったのはぼくだから…」
ルイスは首を振り、くるりと体の向きを変えた。
「おうじだけど…もっと、あまえたかったの」
おずおずとルイスが胸へ手を置く。
「わたしもよ。もっと抱きしめたかったわ」
公務によりルイスと会う時間は限られていて、もっと触れ合いたかったと今更ながらに思い出した。
そのままの気持ちでルイスを優しく抱きしめる。
夢だというのに温かく、髪からはひだまりの匂いがした。
「ははうえ…ひっく…えぐ…」
ルイスは小さな手でアメリアの髪を握り、泣き始めた。
(ずっと我慢していたのね…)
ルイスは王子だからと、未来の王だからと言われ…人前でアメリアに抱きつけなかったのかもしれない。そう誘導したのはきっとダイアナだ。
その我慢がむしゃくしゃした気持ちを呼び、アメリアへ向けられてしまったのだろう。
もらい泣きしながら、アメリアはルイスの背中を撫でる。
「生まれ変わっても、辛い世界ではないわ。…今度は、王子じゃなくてもいいのよ」
エリザはイザベルの元へ、クロエは養親の本当の子供としてあえて生まれてきたが、彼はそうでなくてもいい。
別の道筋を辿った世界のことを覚えているのはクロエと自分だけだから、本当の生みの母親であるリリィも残念がるだろうが悲しまない…話さなければいい。
「おうじじゃなくて、いいの?」
(あら)
思ったよりも責任感が強いようだ。
育てたのはアメリアだというのに彼女はリリィに似たのね、と勘違いして微笑んだ。
「ええ。普通の…町の子でもいいのよ。クロエみたいに冒険者になってもいいし、エリザ…いいえ、メリベルのように貴族の子供でもいいわ。大きなドラゴンの子供でもいいわね」
そう言うとルイスは涙をひっこめてへにゃりと笑った。
「さいごのは、ははうえのきぼうだよね」
「ふふっ!バレたわね」
歪んだ世界で、空を飛べたらいいのにと王宮の窓から外を見てよく思っていた。
竜だったならば、誰にも脅かされないとも。
「…また、あいにきます」
「ええ。待っているわ」
「まっててください」
「もちろんよ。どこにいても見つけるわ」
ルイスは最後にアメリアの瞳をじっと見つめた。その姿を焼き付けるように。
「ははうえ…だいすきです」
別れの気配に、朝の光に覚醒していく感覚を覚えて必死にルイスを抱きしめた。
「…メリー…アメリア、アメリア!」
「…?」
目が覚めると、アルフレッドが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「…私」
「泣いていたんです。なにか怖い夢を?」
「!」
頬を触るとたしかに涙が流れていた。
夢の内容も覚えている。
「大丈夫。懐かしい夢を見たの」
「そうですか…。無理はしないで下さいね」
「ええ」
アルフレッドは起き上がったアメリアの頬の涙を優しく拭き取ると、額にキスをする。
「今日は…登城の予定はありますか?」
「ええ。リアムとメリベルに剣舞を見せる予定なの」
そう言うと彼は吹き出した。
「あの2人は本当に…貴女に似そうですね」
「…ってウィリアムとイザベルに言われてるわ」
だが2人とも嬉しそうに言うので、ちょっと困ってしまった。
成長したら王子と公爵令嬢が揃ってダンジョンに行くのではと、少々気を揉んでいる。
「はは、分からない事は未来の楽しみですよ!…今日は時間が取れそうなのでお昼は一緒に食べましょう」
「わかったわ。いつものテラスに」
「ええ。待っています」
こうして、アメリアとアルフレッドの日々は穏やかに過ぎていくのだった。
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