第84話 結婚式

「とても着やすいドレスなんて、あるのね…素晴らしいしか言葉が出ないわ」

「ほほほ、もっと褒めていいのよ」

 イザベルは親友の着飾った姿を見てご満悦である。

 今日は勇者アメリアと宰相アルフレッドの結婚式だ。

 アメリアはイザベルが起こしたメリーベルという服飾専門の商会で造られた、勇者専用ウェディングドレスという商品を身につけている。

 白と青を基調としたオフショルダーのドレスで、Aラインのスカートの真ん中正面は腰から下が左右に分かれており、アメリアが下に履いているのは青い膝丈のスパッツだ。スパッツに繋がる形でレースの膨らみが下に流れていっている。そして靴はスラリとした青銀色のブーツ。

 花嫁衣装としては異例の装いだ。

「歩きやすいわ」

「階段も平気よ。実験したから」

 アメリアと似たような背格好のイザベルが試験作を身に着けて歩き回ったのだ。段差も坂道もダンスも大丈夫なように造られている。

「しかも上、下、スパッツ下のレースは全部分離出来るわよ」

 もったいないから花嫁衣装はそんなに豪華じゃなくていいと言い張るアメリアのために、後にも使えるようにパーツごとに分けておいたのだ。もちろん、衣装にくっついている宝石も取り外しが出来る。

「凄い!売ると大変なことになりそう」

「そうね。お披露目後はすぐに注文が入るわよ」

 イザベルはしれっと言う。廉価バージョンを既に制作しているそうだ。

「隙がないわ…」

「王に婚約破棄をつきつけた、打算的な女だから」

「そんなこと言われているの?」

「ええ。褒め言葉として受け取っているわ!」

 商売人としては最高よね、と胸を張ったイザベルにアメリアは苦笑を返した。

「今日は、メリベルたちは?」

 イザベルとエリックの間には4歳のメリベルを筆頭に3歳のリュックと1歳のザックがいて、当主夫妻は孫にメロメロらしい。もう二人欲しい、とイザベルは言っている。

「メリベルはエリックが抑えていて、リュックはお父様とお母様が連れているわ。ザックはタウンハウスでお留守番よ」

「ちょっと待って。抑えるって何のこと?」

「誰かに似てとんでもなくお転婆なのよねぇ」

「…私の責任じゃないわよ?」

 メリベルの名前はアメリアとイザベルの幼名を組み合わせた名前だ。その名前を付けたのはイザベルとエリックである。

 クスクスと笑いながらイザベルは言う。

「わかっているわよ。…王妃教育がなければ、私もああなっていたのかしらねぇ」

「ふふっ!私と一緒になって剣を振り回していたのかも?」

 アメリアは腰につけた魔剣”流星”を撫でる。いつでもどこでも寝る時以外は身につけているし、寝る時はアルフレッドの魔剣”氷凛”と一緒に専用のクッションへ置いている。

「私はきっと魔導師よ。それはそれで、楽しいわね!」

 二人が談笑を楽しんでいると、ノックの音が聞こえる。

「あら、我慢できなくなったわね?」

「イザベル、言い方」

「本当のことでしょう。どうぞ」

 イザベルが声をかけると、扉横に居た女性騎士がノブをそっと回す。

 現れたのは新郎ではなくウィリアムとリリィだった。

「まぁ…アメリア様、とても美しいですわ…!」

 淑女教育が終わり、筆頭メイドのコニーに日々所作を教えられているリリィの口調はもう貴族のそれだ。

 今は勉強をしながら公務をこなしている。

「ドレスだけど、ドレスじゃないんだな。さすがイザベル」

「ふふ、親友の晴れ姿は妥協できませんから」

 犬猿の仲で婚約破棄を突きつけた、突きつけられた相手とは思えないほど、二人の間にある空気は穏やかだ。

「また女性ファンが増えそうだな」

「今の王室で一番、ブロマイドが売れるものねぇ」

 特に禁止はしていないため、市井では王族のブロマイドが売られている。

 人気のバロメーターでもあり、売れていると言ってもダーツの的になったりして…世相を反映しているとも言われている一品だ。

 その中でも勇者アメリアのブロマイドは老若男女関係なく全世代に人気で、しかも”魔除けになる”と言われて飛ぶように売れていた。

 …という事を先日クロエ経由で知って恥ずかしい思いをしたアメリアは、話を逸らすようにリリィへ尋ねる。

「し、シルファとリアムは?」

「ブリジットとセーラに任せていますの」

 生まれてからまだ半年しか経っていないため、式に参列すると泣いてしまうだろう。

 ちなみにブリジットは昨年に幼なじみの騎士と結婚しリリィよりも少し前に子供を産んだため、乳母として任命されている。娘の名前はメリィで、「アメリア様とリリィ様からお名前を頂きました」とニコヤカに告げられた。

 しかし3人同時は流石に大変なので、もう一人、イザベルの紹介で子育てを終えた貴婦人が一緒に見てくれるようになったのだ。

 その人物は奇しくも、遡りの時代の一つでルイスとエリザに完璧な教育を施した王妃でもあった人だ。

 フォックス家の人物のため反対意見も出たが、蝶の聖女クララも同じ家の出であること、光魔法を宿していることも相まって王宮へ召し上げることが決まった。

 セーラはコニーと気が合うくらい厳格な性格の人物だが、イザベルとも話が合うくらい臨機応変で頭がいい。子育てしながら私も学ばせてもらっているの、とリリィは嬉しそうに言っていた。

「セーラを見ながら育つと、きっと私のようにはならないわね」

「私もです。…背筋がいつもピンとしていて隙がなくて、本当に凄いんです」

 リリィに宿る光魔法の制御方法も彼女が教えている。その公平で勤勉な態度から、フォックス家に対する風当たりも若干弱くなったように思えた。

「アメリア様、そろそろお時間です」

 壁際で控えていたスーザンに声を掛けられ、アメリアは身を正す。

 結婚式というよりは、武闘会へ行く者が持つ気迫を纏っている。それを見てイザベルはクスリと笑った。

「…そんなに緊張しなくてもいいんじゃない?」

 昔のように薄暗い影は存在しないし、マーカスが警備をしてくれている。

 それに父ジャックが花嫁の父だというのにあちこち歩き回って目を光らせていた。

「そうなんだけど…」

「まぁ、大丈夫だろう。アルフィと会ったらあいつしか目に入らなくなるぞ、きっと」

「そういうもの?」

「少なくとも俺はそうだな。リリィもそうだろう?」

 未だにリリィとべったりのウィリアムがそう言うと、リリィは真っ赤になった。

「えっと……は、はい」

「それ、そう思ってなくても頷かなくてはいけない質問の仕方よ?」

 イザベルが呆れたように言う。しかしウィリアムは自信ありげに笑った。

「大丈夫!絶対にそう思っているから」


◇◇◇


 売れた林檎のように赤くなったリリィはウィリアムに連れられて行き、イザベルに見送られてアメリアは控室から出た。周囲は女性騎士が守ってくれている。

(女性騎士、増えたわねぇ)

 王族とそれに関わる女性が増えたため、また、子供も生まれたのでオズが配置してくれたのだ。「こっそり育ててたんですよ」と彼は得意げに言っていた。

 本当はアメリアのためにマーカスがそう指示したのだが、無駄にならなくてよかったとも言っていた。

(やっぱりみんなって凄いわ)

 スーザンに連れられて粛々と青いカーペットの上を歩く。

 もう少しで大聖堂の扉の前、という所でアルフレッドが立っていた。

「ここからはお二人で。…これさえ終わればあとは自由ですよ」

 スーザンは自分の性格をよくわかってくれている。アメリアは吹き出した。

「ふふっ!…そうね、頑張ってくるわ!」

 きゅっとスーザンを抱きしめてからアルフレッドを振り返る。

(本当だわ、格好いい…)

 こちらをじっと見つめていた彼は、いつもの文官の制服ではなく、冒険者の出で立ちでもなく。

 白い礼服を身に着けており、襟や裾には青い銀糸で刺繍が施されていた。

 もちろん腰には”氷凛”がいて、いつも通りにアルフレッドを結界で守っている。

 彼は手を差し出しながらうっとりとした表情で言った。

「アメリア…綺麗です」

「あ、ありがとうございます」

 褒められる事に未だに慣れないアメリアが少しうつむき加減に言うと、アルフレッドは微笑む。

「この日を、ずっと待ち望んでいました」

「私も、です」

 既にアルフレッドとは新しく建てられたメンデル家の屋敷に棲んでいる。が、2人とも忙しくて中々一緒の時間が長く取れていない。特にアルフレッドは多忙を極めており、彼が帰宅する頃にはアメリアは夢の中、というのがほとんどだ。

 たまに外に出られても町へ戻ってくるとアルフレッドは王宮へとんぼ返りする。

 そんな生活が3年ほど続いていた。

「3年間、貴女と一緒に過ごすために頑張ってきたんです。しばらくは邪魔をさせません!」

 拳を握りしめて宣言するアルフレッドにアメリアは微笑む。

「式とお披露目を終えて家に帰ったら、スーザンの淹れてくれるお茶でゆっくりしましょう。あと…朝ごはんも一緒に食べましょうね」

 少しだけ頬を染めながら言うと、アルフレッドは少しだけ目を見開き、アメリアを抱きしめる代わりに手をぎゅっと握った。

「もちろんです。…さぁ、さっさとやっつけましょう」

「もう!参列者の方は魔物じゃないんですよ」

 いたずらっぽく笑うアルフレッドに釘付けなアメリアは、緊張も忘れて2人で挙式を上げるべく開かれた大扉の向こうへと…歓声が上がる大聖堂へと入って行くのだった。

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