第83話 託された者
アルフレッドとアメリアはそのまま森を散策し、発見した魔物を狩ってから帰路についた。
騎竜から降りて南門を潜ると、アルフレッドがアメリアの分も騎竜を返してくると言う。
自分一人で出来ることが増えていく事に、彼は喜びを感じている。なるべく邪魔をしたくないと思ったアメリアは彼に頼むことにした。
「では、あちらの食堂で…席を取っておくわね」
「お願いします」
魔剣”氷凛”の気配に覆われているアルフレッドの背中を見送り、アメリアは指さした食堂へ入る。
今は昼時を過ぎているせいか、客はまばらだ。
中へ入るとテーブルの間を走り回っていた少女がこちらに気が付いてくれた。
トトト、と軽い足取りで目の前に来てくれる。
「一名様です…ひゃわわっ!?」
「えっ?…あっ!?」
アメリアの手の甲にある紋章が淡く輝き…いや、先に輝いたのは、彼女が隠した手の甲ではなかったか。
お互いに視線を交わし合い、なぜか苦笑が漏れてしまった。
「…もう一人、あとから来るの」
「えっと、じゃ、じゃあ…あっちの窓際のほうへどうぞ!」
先程まで居た客が履けた場所を指差す。アメリアは頷いて席についた。
すぐに少女が木のコップに入れた水を二つと、メニュー表を持ってきてくれる。
その手を逃さないようにそっと握った。
「あなた、クロエね?」
「はは…すぐバレちゃいましたね…」
クロエの以前の容姿は知らないが、歪んだ世界で伝え聞いた色と違う。今の彼女の髪は淡い金色で、目は桃色だった。しかも既に10歳くらいに見える。
「咎めているのではないの。…嬉しいのよ」
素直に伝えると、クロエは少し目を見開いて照れたように微笑み、簡単に説明してくれた。
「”あの子”は孤児だったんですけど…私はここの子なんです」
歪んだ世界のクロエは、長く子供が出来なかったこの食堂の夫婦に引き取られていた。
クララに頼まれて命を…フローライトの神力たっぷりの命を差し出すに当たり、条件をつけたそうだ。
「大好きな両親の子供がいいって言ったんです」
そうして生まれ変わったクロエは普通の子供として生活し、遡ってくるはずのアメリアを待っていた。
懸念していた通りルシーダはクロエを見に来たそうだが、色も違うし光魔法も使わないしで「聖女のやつ、別の依代へ逃げたわね」と勘違いして去って行ったという。
「そうだったの…」
年齢については不問でお願いします、と言われてしまった。
フローライトは過去に介入して彼女が生まれた実績を作ったらしい。クロエは肩をすくめた。
「ガッツリ手入れはしないけど、それくらいならやってくれるみたいですよ」
アメリアが遡るに当たり”対価”となった少女は全てを覚えているようだ。
「そのようね。…でも、なぜまた…その紋章を?」
「今回は無かったんです。でも…紋章はあの日に急に現れました。たぶん、ルシーダに見つからないようにってことだと思います」
あの日とは、3年前にフローライトとローダークが顕現した日だろう。
「せっかくお務めから解放されたのに」
「ありがとうございます!ほんとにそうですよね!!…今の私はまぁ、予備みたいなものですかね」
「予備???」
「ソレは黒いのからもたらされたものなんで…私のは水色のほうです」
アメリアは思わず薄ら笑いを浮かべてしまった。
「ものすごく納得したわ…」
ローダークがいつまで約束を守るのか分からず、いつかどこかで聖女の出現がパタリと止みそうだとアルフレッドが悩みながら話していた。
その懸念はフローライトにもあったようで、同じようなスペックの…存在すれば”遡りの秘術”を使えなくする聖女を別途、現世に出現させたようだ。
「神様には困ったものね。貴女はそれで大丈夫なの?」
「はい。これがあれば自衛もできますし。それよりも、両親の子供になれたことがとっても嬉しくて!」
クロエは暗に「護衛しなくていい」と言ってきた。さすが中身は19歳だ。
「でも…」
「勇者様がいればいいんです。前はこの辺、ちょっと治安がアレでしたけど、今はこう…暗がりがないですしね」
「ああ。通り道、ね」
ルシーダが暗躍できていた道。それは普通の影が彼女が通ることにより薄っすらと魔力を持ったものだった。
メイソンが使っていた部屋にはその痕跡が大量に残っており…月光石やフローライト、もしくは光魔法で浄化しないと近づくだけで気分が萎え、身体は怠くなる。
今は王都のあちこちに月光石が仕込まれたランプが設置され、特に歓楽街には多く配置されていた。
「そういうのも、町の治安に影響するのね…」
「はい。黒いヒトの大好物です。集まる場所は特に大切にしてたみたいなんで」
暗い雰囲気がより犯罪を誘発させていたとか。
「なんだか、必死ねぇ」
「ご飯がないと力が出ませんしね!」
クロエも苦笑している。神という大層な名前がついている割には、細かい作業が好きなようだ。
「今は…働けばお金が手に入る普通の暮らしになったから、みんなクサクサしてなくって明るいんですよ」
「ここ、雰囲気よくなったものね」
昔は「大通りから奥は入るな」と父に言われていたが、今はあの時に感じた薄暗い様子がない。
「ママもそう言ってます。前はホールに出るの駄目!って言ってましたから」
そう嬉しそうに話すクロエの服は普通の平民が来ている短めのワンピースにスパッツで、エプロンをかけている。とても可愛らしい容姿なので、下手をすると誘拐の危険があったのだ。
今は食堂の看板娘として有名だから、万が一攫われるような事があっても周囲の人がすぐに止めて助けてくれるだろう。
「…探さない方がいい?」
ウィリアムとアルフレッドは、念のため、高度な光魔法を使える者を探しておいて国の有事に備えようかと話しているのだが。
「うーん。…強制じゃないですよね?」
「ええ、もちろん」
意見や反論を無視した強行的な政策は、今は出していない。
「…今度、弟か妹が生まれるんです」
「あらそうなの?おめでとう!クロエはお姉ちゃんになるのね」
「えへへ、ありがとうございます…だから…ずっと食堂に居なくてもいいかなって」
最後の言葉はヒソヒソとアメリアの耳元で囁かれる。
「…わかったわ。ゆーっくり、何年もかけて探すように伝えておくから」
アメリアも声を潜めて言うと、二人はふふ、と笑い合う。
そこへアルフレッドが戻ってきて、談笑する二人に目を細めて微笑んだ。
「お邪魔でしたか?」
「いいえ、ちょうど話が終わったところなの」
「では、昼食を頼みましょう」
二人がいくつかの品を頼むとクロエはパタパタと足音軽くその場を去って行く。
(やっぱり綺麗だわ〜、アメリア様…)
厨房にいる父とその弟子に注文を伝えると、食堂が見渡せるすこしくぼんだ場所のクロエ専用の席で二人を盗み見た。
(前は孤児院で声かけてもらって、すんごい嬉しかったし…今度こそ、きちんと話をしたいな)
歪んだ世界の記憶があるのは、今ではもう自分と天界で生まれ変わり時期に悩んでまごまごしているであろう元ルイスの魂だけだ。
その彼も生まれ変わりをすれば、記憶は消える。
前のように学園へ行っても同級生に元エリザもいない。彼女とはもっと話したかったので少々寂しい。
「おう、クロエ!ビールくれ!」
「!…フォブおじさん、まだ夕方になってもないよ〜」
フォブはいい年して最近冒険者になった、元傭兵で博打好きの飲んだくれだ。
「昨日の稼ぎが良かったからいいんだ!…それにほら、あれって勇者様だろ!」
目立つアメリアは既に認識されており、しかし皆はニコニコと見るだけだ。
隣に魔力を発散する魔剣を携えた美男子がいるから近寄れないのかもしれない。
「良いもん見れたから、祝杯なんだ」
「まったくもう…一杯だけだよ、妹さんに私も怒られるんだから」
「わーってるって!」
メイソンがいた頃は酒税が高くて客もあまり頼まなかったが、今は昔の良心的な値段に戻ったそうで、こうして昼間から酒を飲むオッサンが多い。
木のジョッキにビールを入れてきてドンとテーブルに置くと、嬉しそうにフォブはちびちびと飲み始めた。
安くなっても、以前の癖が抜けないらしい。
(今のこの雰囲気は…アメリア様と、私に課された聖女の力がもたらしたものだけど…)
歪んだ世界の時のように、倒すべき敵はいない。最もそれを知ったのは魂が天界へ戻ってからで…自分が成しえなかった義務をアメリアが代わりに果たしてくれたのをずっと見ていた。
生きていた頃は自分の使命に気が付かなかったので申し訳なく思ったりもしたが、フローライト神に「もう一度、下界に行ってみませんか」と問われてアメリアと同じ印を持つ事を喜んで引き受けた。
(黒いヒトは油断できないしね!)
そしてフローライト神は生まれ変わる前に、好きに生きればいいと言っていたが。
「クロエ、こっちにもビール!」
「はいはい、お待ち下さいー!」
「こっちにも!」
「ちょ、ちょっと待ってて!!」
(何すりゃいいのかなぁ)
クロエは厨房の隣にある酒樽のある保冷庫へビールを注ぎに行きながら考える。今の仕事も時間帯で忙しいがそれなりに楽しい。
歪んだ世界での事だが、一度学園に行っているため他の子供よりは賢いし、魔力も高い。
今世の両親も相変わらず「何をしてもいい」と言ってくれている。きっと行きたいと言えば学園にも通わせてくれるだろう。
(でも学園は一度行ったし…結局平民だから、イジメはあるしなぁ)
現在妊娠中の母からはなんとなく双子が生まれそうな予感がするし、食堂は繁盛していてお金もあることから父には弟子もいて跡取りは気にしなくていい。
…と、お尻付近に手が伸びてきた気配を感じ取り、クロエは瞬時に動いた。
「こらッ!」
「いってぇ!」
木のジョッキを持ち上げてトレイで手を叩くと悲鳴があがる。
フォブが呆れながらビリーとクロエの間に入った。
「ビリー、お前…酔ってても駄目だろ…コイツ、まだ10歳だぞ…?」
「え、マジ?」
「マジよ!!ロリコンて噂流すよ!」
「うっわ、それ駄目だ!モテなくなる。ごめんて〜」
ナンパ師ビリーが笑いながら謝っていると、奥からのっそりと…ちょっと強面の父が顔を出す。
「ビリー、次やったら出禁だからな」
「げっ!?…す、すんません、おやっさん!!」
周囲の食堂と比べて味は良いし安いから、ビリーは平謝りだ。
「まったく…やっぱ酒は駄目だな、分別がなくなる」
席に戻りながら言うフォブにクロエは礼を言う。
「ありがと」
「いーんだよ、今までおやっさんたちには迷惑かけたからな。それよりお前、動きいいな?」
「ん?そう?」
今回もフローライトに造られた高スペックの身体そのままだから当然だが、クロエはすっとぼけた。
「傭兵…は危ないから、冒険者でもやったらどうだ?」
「!…冒険者」
「おうよ。今は前と違って冒険者ギルドがちゃんと機能してるし、簡単な依頼も多い。時間があるならやってみたらどうだ」
「なるほど〜…考えてなかった」
父には弟子がいるから、前世で一緒にやっていた早朝の仕込みもない。
そして彼女にはフローライトから”聖女”という義務を与えられて、文系イメージしかなかった。
(アメリア様も、聖女だし…)
クロエの視線に気付いたフォブはニヤリとする。
「そうそう、勇者様もギルドに所属してんだよ」
「エッ!?そうなの!?」
急に食いついたクロエに、フォブはちょっとのけぞった。
「そ、そうだよ。お前勇者ファンだったのか」
「当ッたり前じゃん!!綺麗だし強いし話し合うし!!」
最後のセリフだけ自分の希望だが、きっと記憶が残る者同士、話は合うと思っている。
「そんなら、入ればいいんじゃねぇの。…光魔法の講習会にたまに出ると言うし」
「マジで!?」
「お、おう。嘘は言ってねぇ」
数ヶ月に一回は来ると言う。勇者のファンで光魔法の素質を持たない者はとても悔しがっていた。
「よっし、私冒険者になる!」
「おいおい。勧めといてなんだが、ちゃんと両親に相談しろよ」
「もちろんっ!ありがとうね、フォブおじさん!」
素晴らしい笑顔を向けられて、生まれた時からクロエを知っているフォブは相好を崩して頭を撫でる。
「…お前はここらへんのアイドルなんだから、怪我はするなよ」
「大丈夫、私強いから!」
クロエがむん!と細腕に力こぶしを作ると、周囲が笑う。
(本当に強いんだけどな?)
…かくしてやり直し聖女のクロエの、義務に縛られない自由な未来が決まったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます