第82話 慎ましやかなデート

「騎竜に乗るのも慣れましたわね?」

「ええ、慣れると本当に楽しいですね!以前は、とりあえず乗れればいいという程度でしたから」

 森の中で乗ってきた貸し騎竜から降りると、二人は泉近くの大木へ綱を結びつけた。

 王都の南門で借りたものだ。

「南門に初めて行きましたが、本当に活気があって驚いた」

「ええ。あそこは冒険者ギルドに近い門だから…お店も食堂もたくさんあるの」

 アメリアは小さい頃からよくそこを父と一緒に利用している。

「貴族街は行かないのです?」

「そちらはたまにしか行かないわ」

 イザベルとお出かけする時は貴族街にある高級ブティックやカフェに行く。

 しかし彼女は現在、領地で子育てをしているためアメリアには行く理由がない。

(…と、思っているんだろうな。元侯爵家のご令嬢なのに)

 今は王弟であり、宰相である自分の妻だ。そして国どころか世界をローダークの悪戯から守護する聖女でもある。

 贅沢していい理由は山程あるのだが…彼女はドレスよりも装備、おしゃれな日傘よりも剣を見た時のほうが目が輝いていた。

 宝石や花の良し悪しよりも武器防具の方がわかりやすくて助かるのだが、たまに着飾ったアメリアも見てみたいと思ってしまう。

(僕は贅沢なのだろうか)

 アメリアは気さくな人柄から他国にも大人気で、昔よりは着飾る頻度が高いのだが勇者と名乗っているためドレスよりは騎士のような正装が多い。なお、女性ファンが凄まじく多い。

 国交なども落ち着きもうすぐ結婚式が行われるのだが、イザベルが仕立てているというアメリア専用の花嫁ドレスが待ち遠しいと思う。

(うん、贅沢すぎるな。今は着飾っていない彼女を堪能しよう)

 そう決めたアルフレッドはアメリアへ提案する。

「あとで南門の食堂に寄って、防具屋を見てから城に帰りましょうか」

「!…そうね!」

 パァッとアメリアの顔が輝く。歪んだ世界では外出が制限されていたため、今は自由を満喫中なのだ。

 王宮の食事はもちろん美味しいが、領地では冒険者に混じって街の食堂へ行っていたアメリアは肩肘張らないその場所が大好きだった。

(ということも、最近知った…)

 まだまだ妻の事を知らないアルフレッドは、時間をやりくりして二人の時間を作っている。

「剣に見合う防具がほしいわ」

「ああ、僕もですよ。なんだか氷凛の機嫌が悪いんですよね」

 先代の主の不幸な死が堪えたようで、危険に対する反応が過剰なのだ。

 使い慣れた騎士の標準的なブレストプレートをつけようとすると、頭痛に似た警告をもたらしてくる。

「う!…ええと、何か近くにいますね」

 ズキッとした一瞬の頭痛。索敵ができればいいのだが、アルフレッドはまだまだ冒険者としては未熟で、そういうスキルがない。

「ええと…ああ、泉の対岸の奥の茂みに、猪かしら」

 じっとそちらを見てアメリアがこともなげに言う。

「分かるものなんですか?」

「ええ。気配でなんとなく。…出ていらっしゃい。今日は狩りではないわ」

 するとこちらに敵意がないとわかったのか、猪がのそのそと出てきて水を飲んだ。

 アルフレッドは感心しきりだ。

「…慣れですかね」

「たぶん?」

 こういう感覚頼りの能力は小さい頃から発揮していたので、良くわからない。

「逆に貴族たちの機微は分からないわ」

「そちらは分かるのですがねぇ」

「夜会はお任せします!」

 勇者&王弟というビッグカップルは、王&王妃よりも注目度が高いのだ。

 毎回いろんな人に囲まれていて、昔は夜会のたびにバルコニーへ逃げていたアメリアはげんなりしていた。

「…そうですね、何もかも覚えるのは難しい。補い合いましょうか」

 ウィリアムに度々言うことだが、向き不向きがある。

 アメリアは勇者ノーラと王国騎士の血を引くのだから、生まれつき戦闘に関わる能力が高いのだろう。

 方やアルフレッドは王の血を引いている。そして…。

「先日、父上のお見舞いをしたんです」

「お加減はどうでした?」

「やっと太ってきましたよ!医師と母上から勧められて、乗馬を再開しだしたようです」

 呪いから解き放たれた先王ウォルスは適度な食事と睡眠でようやく元の若さと体重を取り戻した。

 義理の娘である王妃リリィがよく作る蜂蜜かけパン粥やチョコドーナツが大好きで、少々太ってきてしまっているほど。

 このままでは本物の病気に掛かってしまうと医師に注意され、若かりし頃によく楽しんだ乗馬を始めている。

「ふふっ!良かった。リリィの作るチョコドーナツは危険なのよねぇ」

「ええ。兄上もだいぶ貫禄がついてきたような…」

 ウィリアムはあまり筋肉がつかない青年だったが脂肪は別らしい。

 公務の合間に食べるリリィ特製お菓子が楽しみのようで、美青年からちょっとずつ遠ざかり始めていた。

「逆にいいのかな。王宮が正常に戻った途端に、女性が群がり始めたし」

「そうね」

 アメリアは苦笑している。真っ当な王となった美しいウィリアムには、それまでメイソンが恐ろしくて近寄ってこなかった貴族女性たちが側室でもいいからと…夜会で王妃が隣に居るにも関わらずくどきにかかっているのだ。

「なんていうか、たくましいわ。私にはとても真似できない」

「真似しなくていいです!彼女たちは流石に節操がない。…私から各貴族へ釘を刺しましたから、次の夜会からはその手の誘いがなくなるでしょう」

 ウィリアムはそもそも貴族女性が嫌いで、なおかつリリィ一筋である。

 別の”遡りの世界”では、狂ってしまうほどに。

 そのような世界が存在したことを伝えると、令嬢はともかく当主は渋々頷いていた。

 …とアメリアに話すと、彼女は驚いた。

「よく信じたわね?」

「思ったよりもルシーダの存在が大きかったのです」

「ルシーダの?…彼女を知っている当主の方ってもう隠居していないかしら」

「ええ。ですがまだ生きている方は多く、ペルゼンのクーデター、および巨大な黒い影を知っている方も多い。それに、王宮の状態に異を唱えていた者が遺体も痕跡もなく消えているとなると…魔族との関連を疑ったほうが早い」

 ルシーダと”遡りの秘術”の存在は、”どうしてここまで都合よくメイソンが王宮を牛耳ることが出来たか”を説明できる唯一の材料となり、貴族たちを納得させた。

「皮肉ですがね」

「居なくなっても、影響力が凄いわ…」

「ええ。まぁ、おかげさまで光魔法を有する者が手を上げるようになって、治療院も神殿も機能するようになりましたが」

 メイソンが政を牛耳っている間、危険を感じ取っていた彼らは息を潜めていた。

 今は勇者アメリアがローダークから守ってくれるからと、積極的に魔法を使ってくれている。

「で、本題なのですが、母上もそうでしてね」

「そういえば、光魔法を使えるって…」

「ええ。父上も元に戻ったので、ようやく息をつけるようになって…光魔法を教わったのです」

 毎日会えるようになった母から、享受していなかった光魔法を習った。

 ちなみにこの魔法については国の結界は関係ない。

「まぁ、凄い!…羨ましい!」

 後半が本音だ。彼は苦笑しつつアメリアの手をとった。

「これくらいは勝たせて下さいよ。怪我をしにくいとは思いますが、万一の時は僕に任せて下さい」

 今やフローライトの加護までもらっている聖女アメリアだ。演習で魔法攻撃を受けても傷一つつかず、マーカスが呆れていた。

 その事をスッカリ忘れているアメリアは笑顔で伝える。

「ええ、もちろん!」

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