第77話 遡り─1
オズにより一行が案内されたのは応接室ではなく、会議室だった。
椅子に座っていたのは焦げ茶色の髪に鋭い瞳の、冒険者の風体をした壮年の男性だ。彼の両隣には、老齢の男性と、エルフ。
「ペルゼンの…今は指導者になっている。ロニー・カーターだ」
入室した面々を見てどこか機嫌がよい声色で自己紹介をした彼は、他の2人を紹介してくれる。
「こちらの爺さんがヒメック、エルフはマルヒだ。皆から賢者と言われている」
「賢者!」
ウィリアムは驚いたが、2人は苦笑していた。
「ただの世捨て人じゃよ…」
「そうそう、他人にない知識が無駄にあるだけです」
美麗なエルフでも顔にシワがあるから相当な年月を生きたのではないだろうか、とマーカスは考えた。
全員が席につくと、アルフレッドが場を仕切り話を進める。
「わざわざご足労いただき、ありがとうございます。カーター様」
「カーターでいい。こっちは、元は男爵位のちっぽけな商人だからな。口調もこんなんで申し訳ない」
肩をすくめたカーターにアルフレッドが微笑みながら言う。
「いいえ、素の言葉と態度は我々にとって、とても貴重なものです」
「ならありがたい。…それで、手記の事だが」
背後にいる秘書らしき女性に合図をすると、彼女はしっかりと装丁された…なおかつ、鍵がかかるようになっている複数の冊子をカバンから取り出して机の上に置く。なんの変哲もない、日記用に装丁された男性の手のひらサイズの…しかし厚みはない冊子だ。
(あれが、手記…)
アメリアはごくりとつばを飲み込む。
全員の視線が手記に注がれたので、カーターは苦笑いだ。
「大層なものじゃない、俺の私的な日記なのでな」
「説明のために前もって読ませていただきましたが、本当に日記ですよ」
オズが助け舟を出すとウィリアムが拗ねたように言う。
「俺たちより先に読んだのか?」
「はい。私的な記述もありますからね、流石に全部晒すのは申し訳ないですから」
それもそうかと全員が納得する。
「では、順を追って説明しますね。内容については我々にわかりやすいような視点にしています。…まずは悪女ルシーダについてです」
◇────────
クーデターの際に城へと集まった国民や義勇軍の前に現れたのは、バルコニーで不敵に微笑むルシーダ。
彼女が両手を広げ何事かを呟いたらば、その場に居た人たちの半数以上…千人以上が突然バタバタと倒れ、干からびて亡くなった。
カーターはもちろんその場に居て生き残った。
残った者は魔力が多い者たちばかりだったので、精神抵抗がうまくいったのでは、と考えたそうだ。
────────◇
「瀕死のやつが、影に掴まれた、と言っていたんだ」
「影…魔族か」
マーカスが渋い顔で呟くと、カーターは口をへの字にしてから言った。
「ああ。足元に赤黒い魔法陣が現れたとも聞いたから、魔族への生贄だったのだろうと…ヒメックが言っている」
隣にいる禿頭の老人は頷き口を開く。
「人の命を糧に力を…魔族からではなく、直接ローダークから受け取ったのじゃな」
「それが遡りの力なのね」
「当時は分からなかったが、そのようだな」
「話を戻しますよ。こちらはまだ遡り前…これが本当の歴史になるはずの出来事でした」
◇────────
ルシーダは影渡の力を使いトゥーリアへ戻った。
弟と共謀して、それぞれの願いを叶えようと画策し始めた。
そのことに気がついて二人の野望を阻止しようとしたのは、彼らの妹であるクララと、その夫のジョセフ。
クララの聖なる力とジョセフの魔剣で、ルシーダを密かに追い詰めた。
────────◇
「…なぜ、その事をあなたがご存知なのです?」
アルフレッドが首を傾げながらカーターへたずねた。オズが「あっ」という顔をしているので、端折ったのかもしれない。
「ジョセフが訪ねてきたらしいな。"この時"を生きる俺の元へ」
彼は「革命軍はルシーダを討ち取ったか」と訊いてきた。否、と答え、最後に見たルシーダの様子を伝えるとお礼を言いすぐにトゥーリアへ戻って行ったという。
「ということは、なにかの力を授かったルシーダの存在に気がついたのですね…」
「日記はこのあと一週間で途切れたので、そういうことになるな」
ジョセフとクララは彼らを追い詰めたが、そこで遡りの力を使われてしまった。
「その後は同じ事を繰り返さないように、ルシーダは対処したと思われます」
オズの補足にマーカスはため息をつく。
「それが地下にあった封印の間と、デュラハンか…」
ウィリアムたちも説明を受けたので、重苦しい表情だ。
「俺も最初の日記を見つけた時は、驚いた。なにせ、訪ねてきていないからな」
「日記を…見つけた?」
「ああ。ルシーダが魔族と手を組んだ事を推測していたから、重要な書類を書く時は城にある禁書庫で行っていたんだ」
王城襲撃の際も壊れないほど、防護の魔法が凄まじい部屋だった。マルヒがここなら魔族も入れないと言うので、執務室代わりに利用していたのだ。
「昔から日記をつけていて…しかし読まれるのも嫌なんでな、禁書庫内の本の山の中へ隠そうとして、"以前の俺"が隠した日記を見つけたんだ」
同じような装丁の物で、自分の筆跡。
訳が分からず、最初は誰にも言わなかった。
「不思議な書庫ね?」
「昔の賢者が結界をかけたようなんじゃが…礎材がフローライト石じゃった。おそらくそのお陰じゃな」
日記は時の遡りの際に置き去りにされ、それを再びカーターが手に取った。
「ある一点までは、全く同じことを書いているんだ。初めは誰かのイタズラかと思ったくらいだ」
分岐点は、先王の治世の最中。
「もう一冊見つけたときは、震えが来たね!」
「はいはい、では次ですよ」
◇────────
聖女候補の死に疑問を抱き、密かに調査をしていた賢者は王に助言する。
ウォルス王(主にシルファ王妃と側室のパメラが主体)は、メイソンを利用してフローライトの王印のある別荘にルシーダをおびき寄せた。
────────◇
「お二人が助言を?」
「わしらではないよ。この国にいた賢者じゃな」
「俺はヒメック経由で聞いたことを書いたらしい」
2人の言葉を聞いてアルフレッドは押し黙った。
(賢者…王族の私でも聞いたことがない。彼らはもう…)
チラリとオズを見ると、頷いた。
メイソンやルシーダが邪魔な彼らを排除したのだろう。気が付く前に、準備をする前に襲撃をされては抵抗も出来ない。
(権力と、力…)
それらが悪に染まるとこんなに恐ろしいとは。
(父上が動くしかない状況、か)
イザベルのように敏い王妃だったシルファにせっつかれて動いたのかもしれない。
「フローライトの王印は知られていなかったから、追い詰めることが出来たのですね…」
だからこそ彼らは再び時を遡った。
「はい。この遡りの後の日記では、シルファ王妃は急逝しています」
王は呪いの病魔を埋め込まれ、側室とともに静養地の別荘へ逃げるように仕組まれた。
「呪いを解きたいと密かに連絡があったが…掛けた者が死なねば解けない呪いじゃった。よほどの自信じゃな」
そのような強力な呪いは魔封じの結界が作用している国内の、人間には出来ない。
「時の遡りが可能で…魔族の力があってこその自信だな!…まったく嫌になる」
ウイリアムは吐き捨てる。
子供の自分は制御が容易だっただろう。
まんまとその罠に嵌ってしまっていたのが悔しい。
「そうですね…で、こういった感じで誰かに追い詰められては遡る、を彼らは繰り返してます」
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