第73話 美しい光景
オズがやって来たのは神々の顕現から半刻後だった。
徐々に集まってくる遺体の前に佇むマーカスへ歩み寄る。
「お疲れさまでした」
「いや、それほど疲れていない」
振り返ったマーカスの足元には、鎧が置かれている。
「そちらは?」
「メンデル家の当主のものだ」
赤く黒く変化していた鎧だったが今は黒光りを放つ普通の鎧になっている。彼が妻とともに天へ昇った後に遺されていた。
「…やっぱりそうだったんですね」
「ああ」
地下にあった魔法陣を解析した研究者は厳しい表情で…しかし少々興奮しながら「死をなかった事にする魔法陣です」と話していた。
「騎士としての実績がある方だから…デュラハンになったのかもしれない」
「デュラハンですか!」
かなり稀にしか出現しない魔物だ。生前は高潔な騎士とされ、強い未練のために死にきれず魔物へと転化したとされている。
「あの魔法陣を使ったとしても、おそらく魔物は出来ない」
「…”なる”のを補助してしまった、という感じですか…」
「だろうな」
二つ名を持つ魔女が造った魔法陣とはいえ、それで魔物が増産出来るのなら死者など操らないだろう。
地下室には骨も残っていた。それはジョセフ以外の騎士たちの成れの果て。彼らは魔物になっていない。
オズは足元にある鎧の前へしゃがみ、手を組み祈る。そしてマーカスを見上げた。
「包囲網を狭めここへ辿り着く途中で…墓から死体が出てきたって場所が多すぎましてね。都度、対処しました」
だから到着が少し遅くなってしまったのだ。
「住民は?」
「王都の騎士団を見て、安心した顔で家の中へ引っ込みましたよ」
むふん、と胸を逸らすとマーカスは苦笑する。
「…被害がないのならいい」
「それでこちらはどうするので?」
目の前に並べられた遺体。侍従やメイドが多いのは、メンデル家へ従事していた者たちだからだ。
「これで弔う」
マーカスが剣の柄にそっと手をやった。彼が所持するのは火の魔剣だ。
「”紅炎”がすねません?」
「大丈夫だ。フローライト様が居たからな」
「!…ど、どんな姿でした!?」
神殿などでは美しい女神として伝えられている。
「いや、姿はないぞ。声だけだ」
「残念…」
しょんぼりとしたオズに笑う。
「ローダークもいたぞ」
「え!?ローダークも!?」
「姿は見えないが、あの月が丸ごと口になり”二人”を食べてしまった」
「うへぇ」
オズは立ち上がりローダークの月を見上げる。いつも見える風景にしか見えないが。
「…で、消えちゃった感じです?」
「一人だけだ」
マーカスが指さした先は、月光石を並べて簡易結界を作った地面に横たえられた遺体。
「真ん中やばいんですけど…?」
損傷が酷くかろうじて上下繋がっている状態で、黒いローブを身に着けているが顔には見覚えがある。
「ローダークの槍が貫いた」
「!」
ローダークの槍は伝説の魔剣の一つであり、人の世における最強の武器であるため騎士を目指す少年が必ず憧れる物だが、扱いは要注意とされる。持てば誰でも持っている邪な心を助長させるため、それを抑え込めるほどの心がなければ殺戮者と化してしまうからだ。
「ど、どんな…」
「月の色と同じだ。形状も神殿に伝えられているものと同じ。…だが、あれは人には扱えん」
マーカスには膨大な量の魔力の塊にしか見えなかった。貫かれた体が爆散しなかったのはおそらく手加減されたから。
「適合者っていませんでしたよね?」
「ああ。ペルゼンの王宮の地下深くにあったはずだが…だからこそ、ローダークを呼び出す事ができたのかもしれない」
(もしくは、それ自体にルシーダが呼ばれたか)
「て事は、槍は本物だった…?」
「さぁな。おそらく、地下にはもう無いだろう」
マーカスは肩を竦めると、剣を柄から引き抜いた。
一定数集まった遺体へと黙礼し、剣を胸の前で持ち祈る。
刀身が赤く光ると、そこから赤い光が分離して遺体へと降り注いだ。
光が降り注いた体は瞬時に焼けて灰も残らない。
「!!」
しかしその場には光る球体が残り、ふわり、と一斉に浮き上がった。
空へと上がっていく魂たちにオズは祈る。魂たちに混じり彼らを導くように光る蝶が舞っていた。
「蝶の聖女と呼ばれていたとか…本当に聖女なんですねぇ」
「兄たちを止める役目を負っていたのだろうな」
地下室に幽閉されていたクララ。
兄と姉に利用されようとしていた彼女を氷漬けにしたのは夫であるジョセフだ。
だからルシーダはクララを利用することができず、強力な結界を張って彼女が万一復活しても出れないようにしたのだろう。
氷を溶かしたのはマーカスの持つ魔剣に反応した氷の魔剣。どうやら確実に味方が来た時にだけ氷を溶かすように、ジョセフが頼んでいたようだ。
(もっと早く気が付いていれば…)
ついそう考えてしまうが、名門フォックス家の女性が隣国の王家に嫁ぐ前まで遡り止めなくてはならない。
しかし止める理由も思いつかない。
(…いや、それこそルシーダが邪法に手を染める前に、教えた者を排除しなくては根本解決にはならんな)
今日、彼らを止めるまでに多くの命が失われているが、それらが全て”邪神の戯れ”なのだ。
アメリアが話してくれたクララの言葉だが、それが本当ならとんでもない”遊び”だ。
(もしかしたら、こういう事が今までにも繰り返されているのかもしれんな…)
マーカスは剣を下ろし鞘へ収める。
やるせないが人の力ではどうにも出来ない。
「…そういう魂でなければ、綺麗だと思うんですけどね…」
「いや、彼らの魂は汚れていない。美しい光景と言っていいだろう」
マーカスもまた上を見上げる。
夜空へと、フローライトの月へと吸い込まれていく光たちは静養地以外の土地からも見え、何かしらの不安を感じていた人々はその美しい光景に安堵し、眠りにつくのだった。
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