第74話 あるべき姿へ
数日後、全員が揃って王宮へと戻り、ウォルスは大臣と古参の侍従たちに涙ながらに出迎えられた。
先王の病が回復したという情報が真っ先に国内外へ伝えられ、その原因は魔族と成り果てた悪女ルシーダが暗躍していたことだったと発表される。
そしてアルフレッドの提案により、悪女ルシーダは"勇者アメリア"により倒されたと情報が開示され、大々的に新聞が報じた。
貴賤関係なくその事実に驚き、見えない何かに怯えていた者たちがここぞとばかりに自分に起きた恐ろしい話を流布し始めた。
王都も他の無関係でいられなかった領地も、その話で持ちきりだ。発表から三ヶ月経過しても全く衰えない。
「…被害者の方、思ったより多いのですね」
リリィは会議卓に広げられた、様々な身の上話を集めた各社の新聞を読みながら言う。
彼女はドレスではなく女性用の落ち着いた紺色の文官の服を身につけている。公務でドレスが必須の時以外はもっぱらこの姿だ。
「真偽を確かめて、補償金を渡したほうがいいだろうか」
家族が攫われた…特に家長が突然死するなどして亡くなり没落した家や立ち行かなくなった商家、または一般家庭については何かしてあげたいとウィリアムは言う。
遺体はおそらく静養地の襲撃へ使われたのだろうが、マーカスの魔剣により塵も残さず火葬済みで…生死不明となってしまっている者もいる。なお、彼らのために王都の共同墓地には祈りのための墓標が立てられていた。
ウィリアムの問いについては、アルフレッドが答えた。
「そうですね。この調査はオズに任せましょう」
「頼む。そうだ、メンデル家はどうなったんだ?」
「名誉回復を行い、こちらも真実を各方面へ伝えている途中です」
妻を攫われて数人の騎士とともに賊の討伐へ出向いたが、裏で手を引いていた悪女ルシーダに返り討ちにあい…屋敷の人々の惨殺についてはルシーダが行ったことにした。
実質、そうしろと命令したのはメイソンやルシーダだからだ。
同時に今回の出来事を史実に残すためにアメリアが主導となり、歪んだ世界と今の世界との対比を並べて…隣国ペルゼンのカーターの手記の写しも併せて禁書庫に残す事になっている。
少々事実を変えて書き記した”悪女ルシーダの、隣国ペルゼンのクーデター後の暗躍について”は、貴族や通常の書庫などにも配布・配置する予定である。
「…そういえば、アメリアは?」
いつもこの場にいるマーカスとオズもいない。
「現在別室で、数人の記者とお話し中です」
マーカスは警護、オズはアメリアが話す内容をオブラートに包む役目となっている。
本当の事を言い過ぎると、糾弾されて没落しかねない家があるからだ。
「…記者ってしつこいよな…」
今まで一度も外へ出なかったウィリアムが城外へ視察に行くと、今回の事件の真相について、次から次へと記者がやってくるのだ。
「各社へそれぞれ同じことを話すもの面倒なので、まとめて集めて話そう、ということになりました」
ムスッとしているアルフレッドに苦笑する。
「お前は出なくていいのか?」
「まだ発表前ですからね。一緒にいる話が長くなるから、と」
そうマーカスに言われて我慢した。
実際、”勇者アメリア”へは大量の婚約申込書が届いているという。クレイグ領では頻繁に出歩いていたため容姿はあっという間に知れ渡り、平民からの熱い視線もある。
「あー…ジャックが不機嫌で怖かったな…」
「ただの娘思いのお父さんじゃないですか。怖くないですって」
リリィは笑うが、ウィリアムの考えにはアルフレッドも賛同していた。
「私に対する風当たりが強くて」
「仕方がありません。ウィルもそうでしたし」
「…うん、怖かったな、あれは」
リリィの家族は保護されていたクレイグ領から王都の元の家へと戻り、イザベルとエリックの商会の庇護の元パン屋を再開した。
オークリーとその家族についても、同じように戻り庭師をやっている。詫びも含めて、王宮専属の庭師に認定していた。
その家族の元へ、数日前にウィリアムは”お詫び”と”リリィとの結婚の許し”を乞いに言ったのだが、リリィの父親はもちろん、男たち全員に怒られてしまった。
「兄上は仕方ありませんよ」
「まぁなぁ…急ぎすぎたし…今思えば自分でもどうかしていたと思うよ」
勝手に決めて家に帰さずに閉じ込めてしまった。
毒草が強くさせた想いなのかもしれないが、平謝りするしか無かった。
その日はパン屋に泊まり、潰れるまで酒を飲まされたが何を話したか覚えていない。
しかし翌朝になれば酷い頭痛のウィリアムに薬湯を差し出し…「娘を泣かすんじゃないぞ」と言われて、もちろん「絶対に泣かさない」と約束をした。
リリィが後で聞いた話では、オークリーにもドン引きされるほどのリリィに対する熱い思いをこれでもかと語り倒して、ついでに王宮の愚痴を言って寝てしまったそうだ。
彼女の父曰く「どこも人間関係が大変なのは一緒だなぁ」とのこと。
嫁ぐ相手は王だと言うのに、「あいつを助けてやれ」と送り出されてきた。
ちなみに今では毎日とはいかないが、週に一度は家族と会えている。グリーン家の養子となったものの、やはり自分の両親はパン屋の夫婦、なのだ。
ふとリリィが思い出して、おそるおそる訊いてきた。
「あの…例の話、大丈夫でしょうか」
「ん?どれだ?」
今は山程の案件を抱えているため、例の話、と言われても分からない。
「…式の…」
「その件でしたらご安心下さい。神殿では確実に見える位置へ、席をご用意しますから」
アルフレッドが伝えると、リリィはホッとする。
数ヶ月後に行われるウィリアムとリリィの結婚式で、本来なら参加できない彼女の両親や幼馴染一家の参加について「絶対見たいし見せたいはず」とアメリアがアルフレッドに提案したのだ。
言い出せなかったリリィにアメリアが伝えたら、抱きついて喜ばれた。
「席?誰の??」
「…兄上に言うのを忘れていましたが、リリィ殿のご両親方です」
「!…リリィ…そういうのは俺に…」
「兄上は陛下ですよ?言えないでしょう!ご自分で、気付かなければ」
だいたい提案元もアメリアですよ、というとウィリアムは納得したようだった。
「中々追いつけんなぁ」
ウィリアムのぼやきにアルフレッドは苦笑する。
「アメリアも言っていたでしょう?陛下は皆の上位互換ではないと」
「…そうだな」
頭をかきつつウィリアムは広げていた新聞を閉じる。
「お前たちの婚約発表は?」
「ええと、明日ですね」
国内外へ伝える事が多すぎるので、今は重大な物事から順番に発表しているのだ。
やっと、王弟アルフレッドと勇者アメリアの婚約が発表される。
(これでジャック殿の機嫌が…良くならないか…)
そもそも娘を嫁にやりたくない男である。婚約申込みの依頼は一切なくなるが、結婚が決まってしまうのだ。
自分一人に対して一層、風当たりが強くなりそうな気がした。
「なあ、アルフィ。さっさと婚姻証明書にサインをしておかないか?」
「えっ?」
「メイソンたちは居ないが、居ないのをいい事に…どうせまた裏で何か画策しようとする奴らがいるだろう」
「ああ…そうですね」
メイソンという絶対的な権力を持った悪は、宮中に他の悪を作らせなかった。作れば即、命がないからだ。
その抑止力がなくなり、一部貴族が手を結んだりと裏側の動きが激しい。
「書いたらすぐに父上の王印を押してもらおう」
フローライトの王印は結婚式後に正式にウィリアムへと継承される予定だ。
「ものすごい強制力ですね…」
「これくらいしておかないと、アメリアが攫われるぞ?」
ウィリアムは言うがアルフレッドは肩をすくめた。
「勇者という称号をよく考えずに彼女を攫う算段をする者は、大馬鹿者ですね」
ただのか弱い令嬢とは違うのだ。
ウィリアムは苦笑しつつふと疑問に思う。
「…メイソンは、その事を知らなかったのかな」
勇者ノーラの孫、という部分だ。
「あ。…ええとですね、最初から話しましょうか。…勇者ノーラがスタンピードを収めた時の年齢は、60歳手前らしいです」
「はぁ!?」
ウィリアムは驚き、当然リリィも新聞を片付けていた手が止まり目を見開いている。
「元孤児だそうで正確な年齢はわからないとか。ですが、冒険者ギルドのよき導き手だったそうです」
彼女を慕う後輩たちは多かったという。
「なるほど…それで、スタンピードが起きて、命を掛けられたのか」
「はい」
ノーラは失われていく若い命に魔剣を持つ身として「年齢を理由に逃げてはいられない」と考え、誰にも言わずに単身、オーガの住処となっていた洞窟へと向かった。
そこへ到達する前に出会ったのは、王都の騎士団。
こちらも本部隊を王都の守護に残してやってきた、珍しいメイスの魔剣を持つジョージ・クレイグ伯爵率いる精鋭…というか引退間際のベテランたちだった。
「驚くべき事なのは、ジョージ殿も70歳だったということです」
「ななじゅう!?」
「お、おじいちゃん…」
リリィが思わず言ってしまい、手で口を塞いだ。
「現役最高齢だったそうです。今でもその記録は破られていません」
結婚もせず跡取りもいない。だから彼はやって来たそうだが、「彼に万一のことがあれば、グリーン家からクレイグ家へ養子を出そうとしていたようです」とマーカスは言っていた。
「スタンピードを収めたあと、ジョージ殿はノーラ殿に求婚し家族となりました」
「それも凄いんだが…」
推定60歳と70歳の夫婦だ、よく子供が出来たと思う。
「彼らから兄弟が生まれて…クレイグ領は弟のジーノ殿を名代に立てているようですね。そのうちショーンが継ぐと思われます」
ジーノの子供は娘ばかり四人いて、全員アメリアよりも年上でとっくに嫁いでいる。
そしてアメリアの弟ショーンは見た目は騎士のようにいかついが、性格的には領地を経営する方に向いているのだ。
「では、アメリア様は…お二人との時間があまりなかったのでしょうか」
「そのようです」
ジャックが結婚するのが少々遅かったのだ。アメリアが十歳になるまでに二人共亡くなっている。
「ですから…スタンピードが発生した時はまだメイソンは少年で…社交界デビューするかしないか、という年齢です。王都は脅かされませんでしたから、あまり知らないのでしょう」
「でも、絶対に調べたよな?」
「ええ」
クレイグ家が伯爵から侯爵へと上がった功績の内容は、ジョージ・クレイグが主体となりスタンピードを収めたと書かれている。そして領地が王都から離れていたこと、スタンピードを死ぬ気で収めてしかし生き残り結婚をした高齢のノーラを慮り冒険者たちの口も固かったことが幸いして、フォックス公爵家の力を持ってしても本当の情報は入らなかったはず、とアルフレッドは言う。
「なるほどなぁ…」
ウイリアムは納得顔だが、アルフレッドは違った。少々ムッとしている。
(だからメイソンは…学園での評価と成績、イザベラ殿に並ぶ美しさを見て決めたのでしょうけど)
とは思うが蒸し返したくない思い出なので、アルフレッドは黙った。
「そういう土地だから、アメリアのような…王都にいる貴族とは違う人が育つのだな」
「そうですね」
アメリアは貴族らしくない思考がある。それは平民に混じって生活したからだろう。
「…私もクレイグ領へ行ってみたいです」
「!」
「…リリィもか」
ウィリアムは同じ気持ちで嬉しかったのか、ニコニコとしている。
「あちらで匿っていただいていたオークリーに聞いたのです。いつでもどこでも皆が挨拶を交わしていて、身分差も意識せず…職についてない者がいない、孤児は養子になるか孤児院で大切に育てられている、と」
クレイグ領の貴族は本家を見習い、また自然豊かな起伏のある地形で優雅に馬車など乗っていられないせいもあり、あまり貴族らしい服装をしていない。乗馬・乗獣は移動の基本だ。
「それは凄い事だ」
「理想ではありますが、王都では少し難しいですね」
クレイグ領は地形を生かした農産業の他にも、ダンジョンの存在も領地の益に繋がっているから余裕があるのだ。
(もちろん、それを生かす手腕があるからだが…)
「でも、見学くらいいいだろう?」
「まぁ、そうですね」
自分は実家へ挨拶をしに行くし、アメリアは領地が大好きなようなのでこれからは何度も足を運ぶことになると考えている。
目の前の二人は、これからは気軽に出かける事はできなくなるだろう。
「…うーん、お披露目を…各領地へ赴いてする、というのはどうでしょう?」
「えっ」
「それはいいな!」
リリィは少々引いたが、ウィリアムはやる気満々だ。彼女はその横顔を見る。
(そうね…今までずっとこの狭い王宮に閉じ込められていたものね…)
王妃として接待されるのは未だ気が引けるが、傍らには自分と同じように勉強途中のウィリアムがいる。
まだまだ発展途上の彼には、今のうちにたくさんの物事を経験させた方がいい。
「…その土地ごとにきっと美味しい食べ物もありますよ。特産品も見ましょうね」
「ああ!」
その様子をアルフレッドは頼もしく思う。
(彼女には向上心がある。すぐに兄上に追いついて、追い越しそうだ)
リリィさえ心を決めてくれればいいのだ。アルフレッドは安堵して地図や領地の情報が書かれた書物を取り出し、相談をし始めた彼らを暖かく見守るのだった。
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