第72話 二人の未来

「…それと、王妃の任は解かれます」

「はい!」

 アメリアは即答した。声に嬉しさが滲み出ている。

(公務をしなくて良いからなのか…?)

 ウィリアムは彼女を補佐として頼るつもりだ。少々申し訳ないと思いつつ言葉を続ける。

「白い結婚、という事は周知の事実ですので…まぁ、宰相の居ない今、父上と兄上がそう言えばそうなるでしょう」

 かつてメイソンが使っていた権力は正しい場所に戻ったのだ。

 怪しいどころではない”真っ黒な脅し”がない今、異を唱える者も居ないだろう。

「長かったような、短かったような…」

「貴女は”長かった”、でいいと思いますよ」

 自分でそう言ってからハッとする。

(そうか、彼女は20年間、王妃として歪んだ世界で苦しんでいた…)

 そのような女性を再び王妃にして公務漬けにするとはどんな鬼畜だ、と自分で自分を殴りたくなる。

(もう、苦労をさせないようにしなければ)

 聖女として必要以上に崇められないよう、仕事が増えないようにしなくてはならない。

(とてもやりがいのある、仕事だ)

 心の中をマーカスやウィリアムが見ていたら呆れたかもしれない理由をはずみに、アルフレッドは切り出す。

「王妃は、リリィ殿が務めます」

「はい。ウィリアム様のやる気に火が付きそうですね」

 公務もきっとアルフレッドの補助付きだが、こなせるようになっていくだろう。

 宮中の諸大臣たちも派閥がバラバラではなくなるから協議もしやすいはずだ。

(それにそのうちお子様も…)

「あ!」

「どうしました?」

「その…私がメイドになる事は可能でしょうか?」

「はい???」

 聖女に任命されると言ったはずなのに、メイドとはこれいかに。

「リリィさんは公務も勉強もしつつ、子育てするとなると大変でしょうし…護衛も私が居れば…」

「ちょ、ちょっと待って!待って下さい、アメリア」

 両手でアメリアの言葉を止める。

「貴女は…本当に、人の事ばかりなのですね。もう、私たちの未来を歪ませる者はいません。…いや、いたとしても、それは私たちです」

「???」

 首を傾げたアメリアに微笑みかける。

「今回の出来事は、広く…民にも伝える予定です。隣国にも証言を貰おうと考えています」

「はい。そうですね」

 彼らも、もしかしたらずっと怯えて居たのかもしれない。ルシーダの目が自分たちに向くことを。

「アメリア。貴女は…王族どころか国を救った者として、しばらくは王宮に居てもらうことになります。…警備も大変ですしね」

「なるほど。わかりました」

 王族並みの警備となってしまうのなら、王宮にいたほうがいい。

(という事は…文官のほうがいいのかしら…?)

 アメリアがそんな事を考えていると、アルフレッドは少々悲しそうな顔をする。

「ここまで伝えても想像されないという事は…まるで脈がないという事でしょうか…」

「はい??」

 キョトンとするアメリア。本当に気が付いていないようだ。

 一生独身で居るつもりなのか。

(そうか。歪んだ世界では独身のようなものだったから…)

 特定の愛情を向ける者が居なかったようだ。一体あちらの自分は何をやっていたのか。

 アルフレッドは見知らぬ自分に腹を立てつつ、アメリアに告げる。

「私は、貴女に求婚しようと考えているのですが、止めたほうがいいでしょうか?」

「………」

 言葉は耳に入っているようだが、理解するのに時間がかかっているようだ。

 たっぷり時間を取ってからアメリアは素っ頓狂な声を出した。

「はっ!……はい!!??」

 驚きつつ、その頬は赤くなっている。

「そんなに意外でしょうか?」

 自分に自信がなくなってきたアルフレッドは問う。

「その、私のどこが…。イザベルのように美しくもありませんし…」

「…ええ?」

 少し呆れた顔をするアルフレッドだ。

 メイソンでさえ、王妃にと選別した容姿だというのに。

「全てですよ。我々の…兄弟の関係を修繕してくれたこと、兄とその恋人を救ってくれたこと、元凶を排除してくれたこと、父上と母上を救ってくれたこと。…これほど勇敢な女性は他におりません」

 それに、とアルフレッドは続ける。

「私が貴女を意識したのは、例の剣舞の時からです。…ずっと、素敵な女性だと見続けていました」

「!」

 あまり褒められたことはないので、真っ赤になって俯くアメリアだ。

(可愛らしい)

 アルフレッドは立ち上がり、アメリアの居るソファへと歩み寄り傍らに跪いた。

 俯いたアメリアの目をじっと見る。

「もちろん、貴女を私に惚れさせる努力はいたします。…どうか、この手を取って頂けないでしょうか」

「……」

 その目が迷うように揺れ動いている。

 脳裏の浮かぶのは、歪んだ世界の人々。

(私が…私だけが幸せになって、いいのかしら…)

 アルフレッドはその事を見抜いたように言う。

「歪んだ世界の…少女2人と、亡くなった公爵令嬢と離れの君と私、そして貴女の分まで、幸せになりませんか?」

「それは…言い方がずるいです…」

 だが今はもう”歪んだ世界”ではない。未来は変わっている事は、アメリアも理解している。

 単に自分が納得出来ないだけだ。

「フローライト神は貴女に枷を付けたのではないと思います。…どちらかというと邪神が、対価として聖女の証を受け取らされた貴女の悩むさまを見て喜んでいるかもしれませんが」

「!!」

 確かにこの力は邪神側からの対価だという。有り得る話だ。

「幸せを遠ざけ、悩み、慎ましく生きる貴女を見て、ローダークはほくそ笑むのです」

「!」

「…それは嫌だと、なんだか癪だと思いませんか?」

 ニコリと微笑むアルフレッドからスッと差し出される手に、自分の手をえい!と乗せる。

「とても嫌ですわね!…し、幸せになってやりますわ!」

 クスクスと笑いながらアルフレッドはその手を握り、立ち上がってアメリアの体を引き寄せて抱き締める。

「!」

「実はずっと、こうしたかったんです」

(ど、ど、どうしましょう!?)

 幼い頃に一度だけマーカスに抱きついてギュッとしてもらった事があるが、こんなに慌てることも無かった事を一瞬思い出す。

「…む?誰か他の男のことを考えていますね?」

 敏いアルフレッドにギョッとするアメリアだ。

「いえ、以前に…」

 昔のことを白状すると、彼は笑う。

「そうですか。じゃあ、私に脈があるということですね!…では、一緒に恋をしましょう」

「え?」

「ずっと…私も忙しくてそんな暇などないと思っていましたからね…」

 若干遠い目をするアルフレッド。

 高位貴族の令嬢との婚約話も当然きていたが、アメリア一筋だったから全て断っていた。

 アメリアが破り捨ててしまったが、メイソンがアメリアの結婚相手の名前に自分を書いていた事だけ、現実になれば良いのにと思ってしまった。

「お互い初めてなら、出来ると思いませんか?」

「は、はい…」

 ここからは一切繰り返しのない、後戻りの出来ない、未知の世界が始まるのだ。

 歪んだ世界の記憶を持つ自分が経験したことのない物事が、これからたくさんやってくるのだろう。

(体が軽いような…?)

 不思議な感覚だ。

 今まではずっと、何かに怯えながら、目を光らせながら、変えなければいけないものを探していたのに。

「!?」

 アルフレッドが顔を近づけてきたので、びっくりして逸らすと、彼はすねた顔をする。

(こんな顔もするのね…)

 完璧な人だと思っていただけに、ついつい可哀想になってしまった。

「さ、最初ですから…」

「!」

 その頬に軽くキスをすると、驚いた顔がそのまま笑顔になり、ぎゅうっと抱き締められる。

「これからは、貴女を僕が護ります…」

「はい。…ぼく?」

「素はこちらなんですよ」

 アルフレッドは苦笑する。

「貴女と居る時だけ、戻します」

「…そうだったのですね…」

 アルフレッドも自分と同じように、ずっと気を張っていたのだろう。

 腕を伸ばしてそっと頭を撫でると照れたように微笑んだ。

「貴女は無理をしていませんか?」

「私?…歪んだ世界では、イザベルの真似をしていたかしら」

 侮られないように、取り込まれないように。

 実際は自分らしさを封印しすぎて、やり込められてしまったが。

 少し遠い目をしたアメリアの背中をポンポンと叩いた。

「挨拶に行かないといけませんね。…小さなご令嬢にも」

「!」

(そうだったわ、もう、会いにってもいいのだわ)

 正直に言うと、王宮に居てどこまで自由があるのか未だに分からない。

 自分がやりたい事をサラリと提案してくれる彼が頼もしく思えた。

「ええ、そうですね。お土産を持って行かないと」

「僕も一緒に行きましょう。まずは、親友だという彼女に僕の存在を認めてもらわねば」

 どうやらアメリアに自覚がないため、外堀から埋めるらしい。

(そんな事をしなくても、いいのに)

 歪んだ世界の時から、彼とてもは頼れる存在だった。あの時の自分は、同志だと思っていたが。

(実際は違うわ。…この人がずっと側に居てくれればいいのにって思ってた)

 今頃、その事を思い出した。

(私から言ってもいいわよね?)

 我慢しないで自分らしくしよう、と決めたのだ。

 アメリアはアルフレッドに微笑みかけた。

「…では、これからよろしくお願いいたします、旦那様」

「!!?」

 当然のごとく、驚くアルフレッドだ。恋人からと、思っていたのに。

「…陥落させようと思っていたのに、僕が先に陥落してしまいましたよ」

「ふふっ」

 アルフレッドの顔が近づいてきたが、今度は逃げなかった。

 二人は微笑みながら、柔らかな月明かりに照らされながら口づけを交わしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る