第71話 聖女?
(屋敷の中の重苦しい雰囲気が消えたな…)
そのせいかすれ違う騎士や侍従の顔は皆晴れやかだ。
アルフレッドは侍従を一人掴まえて尋ねて、アメリアに用意されていた寝室へと案内していた。
扉まで辿り着くと、アメリアはお辞儀をする。
「ありがとうございます。お疲れさまでした」
(えっ)
まるで騎士のように公私の線引がきっちりしている。
(鈍くて、手強い…)
心の中で苦笑しつつ、切り出した。
「お疲れさまでした。…少しお話をしても?」
勇気を振り絞って出した一言だが、アメリアはあっさりと許可してくれた。
「ええ。…疲れているのに、眠れなさそうです」
二人は中へ入ると、棚から酒を取り出してソファへと座る。ローテーブルには軽食が用意されていた。
窓からは見えないが、フローライトとローダークの月の色が混じり、紫色の光りがバルコニーから差し込んでいる。その光を吸収して手の甲の紋章がほのかに輝いていた。
「ふぅ…」
(これは、魔力かしら?)
紋章が手の甲に刻まれた時から、身体が「何か足りない」とずっと訴えていた。
アメリアにとって満月というのは処刑された日でもある。いつもは緊張するしかない日だったが、今日は魔力が供給され徐々に活力が上がってきているからなのか…その光が美しく見えた。
「大丈夫ですか?」
対面に座ったアルフレッドが心配そうに見ている。主に、手の甲を。
アメリアは微笑みつつその手をもう片方の手でそっと叩いた。
「いえ。これのせいか魔力の器が大きくなったようで…少し怠いのですが、徐々に貯まっているようです」
「なるほど」
(聖女か…王宮の書庫に…当然あるだろうな)
王宮には禁書庫と呼ばれる、王または許可された者しか入れない場所がある。
書庫の奥に隠されているのだが、ルシーダが使うような邪法、ならびにローダークの事について詳細に記された本もあるかもしれない。
そちらも要確認事項として頭に叩き込んでおく。
「陛下は…あ、父上のほうですが、王宮へ戻るようです」
「そうですね。あちらのほうが安全ですものね」
問題だった二人が居ない今、離れた場所で静養しているよりも王宮できちんと騎士団に護られていたほうが…息子たち二人が居たほうが心強いだろう。
「そうなると、ウィリアム様が正式に即位しますの?」
「父上が回復した後に、ですね」
周囲の認識としては、王はもうウィリアムだ。貴族たちも国民もそう思っている。あやふやなのは王妃の認識くらいだ。
クラッカーとチーズをつまみながら、アメリアは言う。
「私はもう王妃ではない、で…いいのですよね。このまま父とタウンハウスへ戻れば良いのかしら?」
「!」
(き、切り替えが早い…早すぎる)
先程ウィリアムと決めてきて良かったと思う。マーカスの入れ知恵だろうが、助かった。
「いえ。ジャック殿は隣国ペルゼンへと、元凶を排除したことを伝えに行きました」
「えっ!?父が?」
「はい。…それなりの人物が行かねば、あちらも信用出来ないでしょうから」
予め用意されていたフローライトの王印が押された書簡を持って、騎獣を駆り単体で向かっているという。
「まぁ…あの父なら、大丈夫ですわね」
「ええ。魔物も避けて通る、でしたか」
もう一つのあだ名は”魔物の天敵”だ。
「あら!よくご存知で」
「…私も昔は避けて通っていましたから」
「申し訳ありません。強面は昔からで…」
アメリアが生まれて母は当然だが、父と祖父母も喜んだという。
娘で強面だったらと全員とても心配していたのだとか。
「私が父に似たら…騎士団に入れたのかしら」
「そ、そうですね…?」
やっぱり切り口がおかしい。王妃としてペンや扇を握るよりも、剣を持っていたいようだ。
「いえ、私は今のアメリアが、とても美しいと思います」
「!…ええと、ありがとうございます」
澄ました顔はフローライトの月のような凛とした静けさがあるが、はにかんだ笑顔は夏の草原のようだ。
その顔を安心して見られる今に、感謝したい。
「それで、ですね」
「はい」
改まってアルフレッドが言うので、アメリアも姿勢を正す。
「今後貴女は、聖女として認定されます」
アメリアは右手の甲を見る。満月に呼応するかのように、淡く光っている。
円の中にひし形があるシンプルな紋章だ。
「…これがあると、逃げられそうもないですわねぇ」
「お嫌ですか?」
それなら別の役職を、と思ったがアメリアは首を傾げた。
「…嫌というか…何をするか、分かりません」
その言葉にアルフレッドも唸る。
「むぅ。確かに」
少し考えてから、アルフレッドは言った。
「ですが、先程…フローライト様が言ったように、その体には邪法を抑える力が埋め込まれています。居るだけで良いかと」
「そうなのです?なんだか、張り合いがないような」
なぜか残念そうだ。
(彼女は聖女というより、勇者と呼ばれたほうがいいのか…?)
そうして思い浮かぶのは、聖女とされ悲運の末路を辿ったクララと、クロエという少女だ。
(それに…聖女という称号は、今回のように利用されかねないな)
メイソンのように国の要職を務める者が「国の益となる聖女を探す」と言えば皆納得してしまう。
見つけたその後に、邪法の生贄になるなど誰も考えないだろう。
「うーーーーん…」
「ど、どうしました?」
「いえ、”聖女”というのはなんというか…アメリアの言う通り漠然としていると思いまして」
「そうですわね。思い浮かぶのは、神殿で微笑みをたたえている嫋やかな女性というイメージですけど」
アメリアも顎に手を添えて斜め上を見て考えている。
「そうです、そうです。誰にでも優しくて、手を差し伸べると言いますか…」
物語に出てくる聖女や、歴史上の聖女もそういうイメージで描かれている。
どうにも、魔剣を持ってアンデットおよびワイバーンを斬り捨てたアメリアと一致しない。
(いや、黙って座っていれば聖女のようなのだが)
心の中で言い訳をしながら、アルフレッドは彼女を見る。
魔剣はもうブローチに戻り左胸の上に収まっている。ずっと胸元にあったフローライトのペンダントが無く少々心配になるが、そもそも彼女自身がフローライトのような存在なのだ、と思い直した。
(だが、贈るものにはフローライトをあしらいたい)
聖女の事は直ぐには結論が出なさそうなので、一旦置いておいて、アルフレッドはもう一つのことに着手した。
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