第70話 尻込みするアルフレッド

 室内へ戻ると散乱した破片とワイバーンの死体を避けつつ、廊下へと出た。

 四人は地下から主寝室へとジャックにより移されていたウォルスを見舞いに行く。

「顔色が良くなったな…」

「ええ」

 べったりと張り付いていた死が消え、痩せてはいるが穏やかな寝顔だ。

 静養地に呼び寄せていた主治医と魔法医も安堵した表情で「もう大丈夫です」と告げた。

 パメラも隣の寝室で眠っているそうだ。数十年ぶりの静かな夜なのだろう。

 ウィリアムは離れた場所で心配そうに見ている女性二人へ目配せをして微笑み頷いた。

 ホッとしたように二人は微笑み合っている。

 その様子を確認して顔を戻すと、傍らにいるアルフレッドへ小声で話しかけた。

「…告白するんだろう?」

 メイソンにより仕組まれた王と王妃の結婚は白紙になった。自分はリリィへと改めてプロポーズするつもりだ。

 だがアルフレッドは悩んでいる。

「しかし…」

 アメリアは王妃として非常に素晴らしい実績を築いてきた。

 この国に必要なのはアメリアのような人だと…彼女こそ王妃だと思う自分がいる。

 そう兄に伝えると、苦虫を噛み潰したような表情になった。

「…お前本当に頑固だな…」

「王族として責務を全うしていると言って下さい」

「いや、逃げてるように見えるぞ」

「…兄上に言われたくありません」

 アルフレッドにしては辛辣な言葉に、ウィリアムは苦笑する。

「俺は色々諦めてこじれた。…お前は我慢し過ぎるな」

「ですが」

「俺はもう逃げない。…俺とリリィで王と王妃になる。お前たちは補佐だ」

 後日、父から正式に本物の王印を貰うと言う。

 アルフレッドは、真面目な顔をして決意を告げたウィリアムを見た。

「それが理想ですが…」

「アメリアは聖女として認定する。色はアレだが紋章もあるのだから文句もないだろう」

「…そうですね」

 どこかぼんやりした様子でアルフレッドは頷く。

 着地点を探しているのかもしれない。

「聖女と王妃の両方の責務なんて大変だ、もし俺なら片方でも倒れる自信がある。…だからアメリアは王妃を退く、という事にする。どうせ周りも白い結婚だということは知ってるからな」

「……」

 道理は通る。アメリアが王妃となったことは、貴族は知っているが国民には公に開示されていない。

 貴族たちも今のウィリアムと、先王ウォルスの言葉があれば納得するだろう。

「アメリアの相手は俺じゃ出来ない。剣も扱えんし…」

「それはそうですが」

「彼女と一緒になると、この先ずっと弟か息子に接するように俺は怒られるんだぞ?勘弁してくれ」

「それは兄上の事を想って」

「違うだろう!…彼女のアレは出来損ないの部下に対するような愛情だ」

 ずっと「ここまでしてくれても恋にならない」と思っていたのは、彼女の目線だ。

 愛おしいと言うよりも、しょうがないわね、頑張って、という心情の現れた目。

(気付いていたのか…)

 アメリアも「ただの侯爵令嬢です」と元に戻れたことを嬉しそうに話していた。

 ウィリアムのことを愛していたなら残念がるはずだが、そんな様子は爪の先程も無かった。

「な、お前も分かってるんだろ?」

「…はい」

 正直に答えたらば、ウィリアムが背中を優しく叩いた。

「俺はリリィがいい。お前は、アメリアは嫌なのか?」

「まさか!」

 つい言ってしまってから、しまったと思った。隣を見るとドヤ顔をしている兄がいる。

 その兄が、がばりと自分の頭を抱えて顔を近づけてきた。

「…聖女アメリアを王宮へ引き止めろ。これは王命だ」

「!」

 いたずらっぽい眼差しに、ぱちりと目を瞬く。

(なるほど…父上と…マーカス殿だな?まったく…)

 自分の退路を立つための最後の切り札なのだろう。

(確かに”僕”も逃げていた…)

 兄を心配に思いながらも自分の身を護る事しか出来ずに、アメリアが来るまで狭い王宮内で逃げていた。

 その弱い部分を突いてきたのはマーカスだろう。「我慢しない」と言ったはずなのに中々行動を起こせない自分のために舞台を整えてくれた。

「…承知致しました」

 そう返すと、ウィリアムはへの字口になる。

「お前もうちょっと素直にならないか」

「素直さは遠い昔に捨ててきてしまったので」

 そうなったのは教育係としてドロシーが居た頃だな、と思う。

「…まぁいい。アメリアの前では素直でいろよ」

 そう言うとウィリアムは腕を離した。

「俺とリリィはもう少し父上の側に居る。お前は戦っていたんだから、アメリアと一緒に少し休め」

 彼が背後の女性たちにも聞こえるように言うと、アルフレッドは苦笑しつつ兄の腹を小突いて離れた。

「話が終わったみたいね?」

「そのようです。…ではアメリア様、また後で」

 リリィはそう言うとウィリアムに走りより、すれ違うアルフレッドへ微笑み小さくお辞儀をした。なぜか片手をグッと握っている。「頑張ってください」という意味だろう。

(全員に応援されるとか…)

 頭をかきつつアメリアの元へ行くと、アルフレッドは伝える。

「休めという王命です」

「まぁ!面白い命令ですわね」

 だが今はありがたい。二人はゆっくりと振り返り揃ってお辞儀をすると、退室する。

「本当に息がピッタリですね」

 ウィリアムはリリィの言葉に微笑んで肩をすくめた。

「ああ。…でも、ゆったりと余裕がありそうで、ものすごく努力している所はそっくりだ」

 まるで水鳥のようだ。優雅に見えて水面下では一生懸命足を動かしている。

「…見習わないといけませんね」

「そうだな。まぁ、完全には無理だが、お手本が側に居れば心強いだろう」

「はい」

 ニコリと笑ったリリィのおでこにキスを落とす。

 彼女はくすぐったそうに微笑むと、ウォルスへと心配そうな目を向けた。

「まずは、本物の陛下の回復が優先ですわね。パン粥なら食べられるかしら?」

 ウォルスの食べ物についてはこれからも気を遣わねばならないだろう。

 メイソンの配置した手駒を綺麗さっぱり掃除するまでは。

「そうか、リリィは料理を作れるんだったな」

「はい」

 パン屋の娘だからという訳ではないが、残ったパンを家族で美味しく食べる為に、家族や近所のお得意さんから頼まれてレシピをたくさん作ってきた。

 家族や友人が風邪を引いた時に作った食べ物なら、弱ったウォルスでも食べられるだろう。

 しかも毒味もせず暖かいままで。

「よし、俺も手伝うぞ!」

 やっぱり得意になるものを見つけたい。手に職…とまでは言わないが、出来ることを増やしたいと思う。

 リリィが風邪を引いた時に、自分が食事を作れるように。

「ええ、お願いします。一緒に作りましょう!」

 二人はウォルスとパメラのために、献立を考え始めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る