第67話 迎え撃つ

「来たな」

「来ましたね」

 目をつぶりその時を待っていたジャックとマーカスは同時に言い、マーカスだけが立ち上がる。

「ジャックは陛下の守護をお願いします」

「…それは、私がアメリアの父だからか?」

 内側に居ろと言う意図を探る。

「いいえ。…そろそろ私も暴れ足りないと思っていたからです」

「……」

 ニコリと笑うマーカスを呆れたようにジャックは見た。

 見た目は柔和だが、火の魔剣に選ばれた彼の内面は想像以上に苛烈だ。

「分かった。アメリアたちへ近寄らせるな」

 娘はもちろんとして、正直に言うと王族としてはアルフレッドさえ残ればいいと思っている。

 以前ならばマーカスも同じ考えだったのだが。

(今はどちらも残したいのですよ、ジャック)

 だが言葉に出しては言えない。無言で頷いた。

「…では」

「ああ」

 大きなゴツゴツした拳と拳を合せると、部下を連れて足早に去って行った。

「さて、と」

 ジャックは相棒のメイスを持ち地下への入り口に一人で陣取る。

 なお、彼のメイスは土の精霊が宿っている。癒やしの魔法もあるが、魔力が途切れない限り誰も通れない壁を作れるのだ。

 後からやってくる予定のオズには、マーカスから「静養地を囲む敵軍を囲むように兵を配置しろ」と伝えてある。彼らがじわじわと包囲網を狭めるまで保てばいい。

「終わったら、アメリアを領地に帰そう…まったく、変なことに巻き込みおって」

 娘が大事過ぎる父親は、ブツブツと不機嫌そうに呟くのだった。


◇◇◇


 ジャックと分かれたマーカスは部下に指示を出しながら歩いて周り、屋敷の外へと出る。

「これはまた…圧巻だな」

 フローライトの月と、ローダークの月が空へと登り、その光に照らされて蠢く者たちが一定の距離を置いて屋敷を囲んでいる。

(フローライトの光は嫌なのだな)

 その柔らかな白い光を撒く月は、暗雲が付き纏おうとしている。

「天候も操るのか。面倒な…」

 魔剣を引き抜くと、刀身が彼の意思に答えるように一瞬だけ赤く光った。

「…フローライトの月が隠れたら進撃の合図だ。皆、無理はするな」

 はい!とほうぼうから返事が返ってくる。

 彼らにはパメラが祝福を与えた剣を持たせ、なおかつ魔法使いは火と光と土を選んで連れてきた。

「団長、制服のやつがいます」

「む…」

 ちらほらと、騎士団員の制服によく似た服を着ている死者がいる。

 もしかしなくてもルシーダに命じられて街で人さらいなどをする…暗躍をしている者たちなのだろう。

 中には文官の服を着た者、メイド服の者などもいる。

「反吐が出る」

 マーカスが放つ威圧に部下が引き気味に離れた。

 戦闘が始まったら、自分の周囲には居ないように伝えたからだ。

 じわじわと雲がフローライトの月を隠しにかかる。

(灯りを大量に用意しておいて良かった)

 屋敷はどこに誰が居るかバレないように、使っていない部屋にも煌々と明かりをつけ、屋敷の周囲にも暗闇がないように大きな魔石ランプを配置してある。

(さて、どれほどの時間、雲で光が遮られるのか)

 希望としては1時間程度で散って欲しいとも思う。オズの派遣した騎士団がまだ到着していないからだ。「絶対に邪魔されますからね、着くまで保ってくださいよ」とオズは言っていた。

「…待ってはくれそうもない、か」

 その事も敵は知っているのだろう。王宮から騎士団を動かせば、メイソンは直ぐに気がつく。

 王宮に居たらの話だが。

「さて、どちらに居るのか…」

 これまでにない豪華な餌を用意したのだ、食いついてくれなければ困る。

「団長!雲が隠れました!」

「では、行くか。…疲れない程度に適度にあしらえ!屋敷へ近づけるな!!」

 マーカスの合図の少し前に、死者たちはそれぞれがバラバラに突っ込んできた。

(統率は取れていない)

 そんな事を考えつつ、彼らもまた前進するのだった。


◇◇◇


「…ここで全員死ねば、辻褄が合う…」

 いずれアルフレッドとアメリアは策略に嵌めて殺すつもりだったし、ウィリアムは彼らが居なければリリィを人質にして傀儡に戻すことなど造作もないと思う。

 死者の群れが見える木立の中、隠れるようにメイソンはひっそりと佇んでいた。

 そもそも自分は剣を振るえないし、魔法も使えない。

 しかし傍らには彼の命令に忠実な下僕がいる。

 頭部のない黒い馬に乗った、全身を赤黒い甲冑に身を包んだ騎士だ。しかしこちらも頭部はない。

 デュラハンという高位の魔物だ。しかしメイソンは彼を名前で呼んだ。

「ジョセフ、周辺から調達してもいい。兵を切らすな」

『……』

 返事はないが肯定の意思が伝わってくる。

 騎士が手を振ると、周囲の土の下からボコボコと動物の死体が現れて動き出した。

「これはいい。撹乱に使え」

『……』

 ふと、デュラハンが見上げた。

 まるで頭部があるかのような動きだ。

『二階ね、近くにいる。逃げてないわよ、馬鹿ねぇ!』

「…なるほど、気配がする」

 ルシーダが言う場所を見上げると、眩しいような気配がする。

(私も…魔物に成り果てたか…)

 フローライトの月の光を浴びると体が痛くてたまらない。だから影に隠れていたのだ。

 もう自分に残された時間は限られている。

 ここで巻き返せねば、時の遡りすら出来ない。

(ローダーク…)

 メイソンはローダークの月を見上げる。隣りにあるフローライトの月は暗雲で包まれて霞んでいるのに、ローダークだけが煌々と輝いている。

(高みの見物、か)

 少し前までは自分もそうだったのに。

(次に遡ったらば…真っ先に、あの娘を殺そう)

 アメリアが来てから何もかもが変わってしまった。おそらく誰かが協力し自分たちの邪魔をしている。

 それが誰か。…予想は立っていた。

(私達が出来るのだ、他に出来ない事ではない)

 ルシーダと自分を知っていて、なおかつ止められる力を持つ者。

 だから罠にはめて地下へ封印したというのに。

(クララ…余計なことを…)

 情報が拾いにくくなっている間に離れは壊され、花は撤去、リリィはいなくなった。

 見つかる前に餌を喰っておいて正解だったと思う。

『炙り出して!』

「…そうですね」

 急かすルシーダも焦っているのだろう。メイソンは傍らに居るデュラハンに指示をした。

「二階の窓全てに、何かを突っ込ませろ」

『……』

 デュラハンは進み出て、手を振る。

 すると、死体が築かれた山から、小型のワイバーンや鳥の死体がべちゃべちゃと羽ばたき始めた。

『いいわね、いいわね!』

「さぁ、いつまで持つかな…?」

 メイソンとルシーダはニヤリと笑うのだった。

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