第66話 決意と祈り

 扉を騎士に護られたそれほど広くない室内で、ウィリアムとリリィはソファへ並んで座っていた。

 落ち着かずにウロウロするウィリアムを、リリィが引っ張って座らせたのだ。

 グラスに水を注いで出してみたが手つかずで、腕を組んで足を揺すっている。

「ウィル、落ち着いて」

「あ、ああ。そうしたいんだが」

 弟が前に出ているのに、自分が内側にいるのが悩ましい。

 正妃の息子の上に形だけの王とは言えもう既に即位しているから仕方がないが、アルフレッドのほうが文武両道なのだから彼が残ったほうが国のためになる、と思ってしまう。

「…前へ出ても、足手まといになります。私も…」

「!…すまない」

 落ち着かないのはリリィも同じだろう。足を揺するのを止めて彼女と向き合う。

「アメリア様は本当すごいですね」

「ああ。魔剣使いの侯爵令嬢なんて、他にいない」

 そのうえ美しく、他人を思いやれる心がある。

 無理やり時を遡らされたというのに、直ぐに理解してメイソンたちへ対抗してくれた。

(ということは、アメリアが女王になるべきじゃ…?)

 考えれば考えるほど、深みにはまりそうなウィリアムは話を逸らした。

「そうだ。ジャックは…君を迎えに行ったのは彼女の父上なんだ。怖くなかったか?」

 騎士団の副団長のジャックが来て、彼女をグリーン家の屋敷から連れ出したと聞いた。

 ジャックは現状を説明した上に「それでも来るか」と尋ね、リリィは迷わず「はい」と答えた。

 その事を思い出しながら彼女は答える。

「いいえ。大工の棟梁や工房長って強面の方が多いから…特に」

「そうなのか?」

 あんなのが街にたくさんいると思うと、恐ろしい。

「はい。ジャック様は優しい雰囲気を纏っていますから怖くありませんでした」

「優しい!?」

「はい。感じませんか?」

 リリィに真顔で言われるが、幼少時の鍛錬で怖くて厳しくて泣いた思い出しか無い。

「う…うーん、俺には分からない…」

「今度、お話してみて下さい。きっと分かりますから」

 笑顔で言われれば断れない。ウィリアムは渋々頷いた。

「アメリア様はジャック様にそっくりなんですね」

「えっ。…ええと、容姿は母上似だ」

「あ、雰囲気です」

「…なるほど?」

 と言いつつウィリアムには分からない。やはりリリィは自分に無いものを持っている、と思う。

「その、グリーン家での勉強はどうだった」

 手紙をやり取りしているが毎日ではないし、対面で、言葉で聞きたい。

「皆さん、根気よく教えて下さいます。食事制限と、体力づくりもしていて体重が元に戻りました」

「そう言えば、そうだ」

 痩せすぎていた体は出会った頃のように…いや、若干腰が引き締まっているかもしれない。

 さすがは騎士団長の屋敷、とウィリアムは妙な感心をした。

「離れでは…君を辛くさせていた事に気が付かなかった。本当にすまない」

「もう、それは言わないでいいって、言ったでしょう?」

 それまでは敬語が多かったが、リリィは苦笑して砕けた調子で言った。

 その気遣いがありがたい。

(ずっと…一緒にいたい)

 そのためには。

(逃げたら、駄目だ)

 アルフレッドを、アメリアを王にしたら…楽だろうが何かを捨てるような気がした。

 今までと同じような負い目ばかりの人生に、リリィを巻き込みたくない。

 ウィリアムは静かに伝えた。

「…君を、王妃にしたい」

「……」

 リリィは無言でウィリアムを見上げる。

「今まで、アルフィとアメリアに頼りすぎていた。これからも頼るだろうけど…君にも頼っていいか?平民に対する政策の意見を聞きたい。これからもずっと、共に歩んで行きたい」

 もっともなことを言いつつ、腰から手を離さないウィリアムにくすりと笑う。

(断っても、離さなさそう)

 たまにタウンハウスへ戻ってきて夕食を共にしていたマーカスも言っていた。「心の拠り所である君への執着心が凄いので平民に戻ることは諦めて下さい」と。

(もう…離れから助けていただいたあの日…アメリア様を見て、覚悟を決めたわ)

 自分も一人の女性として、自分自身の言葉で伝えたい。

「…どうだろうか?」

 流れた間に痺れを切らしたウィリアムが再度、問う。泣きそうな顔だ。

(この人は、私が居ないと駄目ね)

 それが誇らしく、しかしアメリアには申し訳ないと思っていたが…先程アルフレッドが彼女の側に自然と居るのを見て、ピンときた。

 ウィリアムが今、自分に迫る理由もそれが前提だろう。

「分かりました」

「リリィ!」

 しかし抱きつこうとしたウィリアムを片手で抑える。

「ただし!…もう一組の方たちがうまくいったら、です」

「あー…気付いたか…」

「アルフレッド様がアメリア様を見る目線、とても優しかったですから」

「だよなぁ。あんなにわかりやすいのに、アメリアは気が付かないんだ」

(なるほど、鈍い方なのね)

 近所でもそういう人はいた。毎日好きなパンを差し入れに持って行っているのに幼馴染が気付いてくれない!などなど…鈍い相手は大抵、男性だったが。

(でも、なぜか納得できるわ)

 物語でも、何かの能力が突出した人は、どこか抜けているものだ。

 だから人は惹きつけられる。

 リリィは自分に足りないものを全て持っているようなアメリアに憧れていた。

「しょうがないわ。人には苦手なものもある、そうでしょう?」

「…俺は苦手なものだらけだ」

 ウィリアムは自分に押し付けようとしていたリリィの体を離す。

 それだけで「成長したな」とリリィは感じた。以前は、有無を言わさず抱きしめたまま10分以上は離さなかったので。

「だから、ウィルが二人を助けてあげて」

「ん?うーーーーーん…」

 たっぷり時間を取って考えてから、ウィリアムは返事をする。

「分かった。俺たちのためにも、頑張る」

「良かった!…ちなみに、アメリア様のアルフレッド様に対する態度は、他と違うそうよ」

「お!本当か!?」

 弟に脈があると聞いてウィリアムは喜ぶ。リリィもそんな笑顔を見て微笑む。

(今までの笑顔と、違うわ)

「ええ、本当よ」

 マーカスに聞いたのだ。アメリアは人が背後に立つ前に振り返るが、アルフレッドだとそうならないらしい。

 それは「心を許している証拠」とも言っていた。

「よし、これはさっさと決めてもらわねば」

「…せっかちさんね」

「こういうのは勢いが大事なんだろう?」

「…そうかもしれないけど」

 このような和やかな話をしている外では、緊張が走っているのだ。

「無事に、切り抜けたらですよ?」

「もちろん。…でも、アメリアとアルフレッドなら、2人が揃ったら負ける気がしないんだ」

 アメリアは自分やイザベルのように容姿が派手でもないのだが、静かに光っているように見えるのだ。弟もそう見えている。

「私も、そう思います」

 それは願いなのかもしれないが、光魔法を微かに宿した自分も、直感がそう言っている。

(きっと、大丈夫…)

「…皆の無事を、祈ろうか」

 静かにウィリアムが提案する。

「はい」

 リリィも賛同すると、ソファから降りて扉方向に床に跪き、手を組み祈る。

「この局面を、乗り切れますように…」

「皆が無事でありますように」

 二人のささやかな祈りは、小さな光魔法の粒となって屋敷の結界に染み込み強化するのだった。

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