第64話 その時の前に
ウォルスは自嘲の笑みを浮かべる。
「このままのらりくらり躱していても、メイソンに寿命が来る前に…奴が時を遡る可能性がある」
ルシーダとメイソンの弱体化について、ウォルスもそう考えているそうだ。
なにせ、毎晩悪夢を見る囁きがウィリアムの結婚式から一切無くなったのだから。
踏ん切りがついたのは、クララの遺体が見つかりなおかつそれが光の蝶となり…アメリアの持つペンダントへ移ったと聞いた時だ。
今まで魔法で閉ざされた場所から出てこれなかったクララが…聖女が、何かをしようとしている。
複数人の命を糧にしたメイソンたちもまた、行動を起こそうとしている。その日はおそらく今日しかない。
「今日は満月だからな」
ふぅ、とウォルスは苦しそうに息を吐き出す。パメラがその背中をさすった。
「王印を持つ私だけでは餌にならない。死んだ後に王印を拾えばよいからな。…クララの力を得たというアメリア、そして王族たちを全員呼んだのだ」
王家のスペアだったメンデル家が無くなり、あとはもう三人しかいない。
…全員が生き残る道を探ると、これしか無かったと言う。
「非もない娘二人を巻き込むのは申し訳なかったが…」
リリィはウィリアムとの間に子供が居ても居なくても利用されてしまう事もあり、呼んだという。
王族全てを殺害した後リリィに子を孕ませて亡きウィリアムとの子だ、とメイソンが言えばそれで通ってしまうだろう。産んだ後は即刻、全てを知るリリィは殺されるだろう。
「すまない…」
ウィリアムが彼女の握られた手にそっと手を置いて言うと、リリィは小さく首を横に振った。
「構いません。…利用されるくらいなら、今ここで貴方と一緒に死んだほうがましです」
「リリィ…」
そうだと分かっていても、彼女が死ぬのは絶対に嫌だ。ウィリアムはマーカスを見る。
(だから…魔剣を持つジャックも呼び寄せたのか)
「奴らはこちらへ来るのか?」
「だと思われます。アメリア嬢、何か見えませんでしたか?」
そう言えば、エントランスで自分を呼んだのはマーカスだ。周辺を見ていた事に気が付いたらしい。
「…見えました。屋敷を囲む黒い靄が」
「陛下、当たりのようです」
「よし。これから月が昇る…来るか」
ウォルスは窓の外を見る。空はすっかり暗くなっていた。
「用意を始めましょう」
マーカスの合図で廊下からジャックが入室しウォルスを抱き上げてパメラとともに出て行く。
地下にフローライトの王印を保管していた小部屋があるそうだ。強固な結界と月光石で守られた場所のため、邪悪なものは近寄れない。
リリィは物々しくなってきた周囲に、不安そうにウィリアムを見上げた。
「内乱を起こす兵士が来るのですか?」
「どうだろう…今更賛同する者はいないと思うが。…傭兵か?マーカス」
ジャックを見送っていたマーカスは振り返る。
「いえ。…邪法を使う彼らに、とても相応しい者たちですよ」
それを聞いてすぐに理解したのはアメリアだ。
「ウィリアム様、リリィさん、すぐに地下へ」
「?…ああ、もちろん」
「君もだ」
アルフレッドが手を引くが、アメリアは首を振る。
「…不死者の兵士は普通の剣では止めをさせません」
「不死者!?」
ウィリアムは驚き、アルフレッドはアメリアを見る。
「まさか…本当に…?」
「はい。隣国のクーデターの際に一番厄介だったのは、その者たちだったそうです」
一般的な歴史書には掲載されていなかったが、アメリアが読み漁った危険な本がある書棚にはその事も書かれた歴史書があったのだ。
「おそらく彼らも犠牲者でしょう。死してなお、体を使われるなど…」
「……」
アメリアの腕をアルフレッドは離した。
「…おい、アルフィ。馬鹿なことは考えるなよ?」
しかし彼は良い笑顔で兄を振り返った。
「兄上はこの国に必要な方。…あなたが彼女と有りたいと言うように、私はアメリアと…共にいたい」
「!」
ウィリアムは目を見開きリリィは口元を両手で押さえた。しかし当のアメリアはキョトンとしている。
いつもは王妃や様つきで呼ばれるのに、初めて名前だけで呼ばれた。
(あ、そうね。結婚したけど、無効みたいだものね。私はまだ、侯爵令嬢なのだわ)
そう考えると若干、肩が軽くなる。
祖母である”勇者ノーラ”のように、思い切り剣を振るえばいい。
幸い騎獣に乗るため、鍛錬服を身に着けている。一度魔法によって破れたので、かなり強力な防護魔法を掛けてもらっているのだ。
アメリアがあさってのことを考えているうちに、兄弟は目線だけで話が決まったようだ。
「…分かった」
「ありがとうございます」
「それなら、俺も居る」
「駄目ですよ!!父上に何かあれば、あなたが国を継ぐのですよ!?」
しかしウィリアムは苦笑した。
「お前が居なくて…公務をこなせる気がしない」
「兄上!」
よくよく見れば、泣き笑いのような顔だ。
「…ずっと、お前がいたから…生きていたようなものだし…」
リリィと出会うまでは、宮中で唯一血の繋がりがある人間だ。
王の座を狙っているとは言われていたが、自分とは違い公務もこなしていたし、それならそれでもいい、と思っている自分も心の中にいた。
しかし申し訳なさすぎて、自分が不甲斐なく思えて…遠巻きからずっと「今日も居る」と確認していた。
今思えばそれは生存確認で、自分が安心するためだったのだろう。
「…マーカス。兄上には護衛を多くつけてほしい」
「承知致しました」
話はついたが一緒の部屋に居て共倒れはまずいため、バルコニーのある部屋から廊下を挟んだ奥にある部屋へウィリアムたちは移動する。
「アメリア様」
「?」
魔剣を元の大きさに戻して佩刀するアメリアへ声を賭けたのはリリィだ。
「あの…ご武運を…」
「任せてちょうだい!」
笑顔で言うアメリアに少しだけ安心したような顔をしたリリィを伴い、ウィリアムは扉を閉めた。
マーカスは室内に居るアルフレッドとアメリアへ告げる。
「…おそらく月が完全に登らないと奴らは来ません。少しでも休憩しておいて下さい」
「マーカス様は?」
「部下への指示と、見回りです。では」
そう言うとアルフレッドへ一瞬だけ目配せをして、マーカスは部屋から去る。
廊下やバルコニー下には護衛が立っているが、室内は二人きりだ。
(あの日のようね…)
ウィリアムが乱心をして怒鳴り込んでくる前に、二人だけで「この後はどうしようか」と困り果てながら話していた。
(随分と変わったわ…)
歪んだ世界では王妃となった後、死ぬまでに20年かかった。
今は一年足らずでその時が来ている。
(いいえ、違うわ。メイソンとルシーダをやっつけて…時の遡りが出来ないようにするのよ。そして脅かされない世界にする…)
そう考えていると、視線に気がついた。
アルフレッドが心配そうな顔でこちらを見ている。
「大丈夫です、アルフレッド様。私がお守りしますから!」
先程のセリフの意味を、そのままの意味でとらえられてしまったようだ。アルフレッドは苦笑した。
「いえ、そのことではなく…また、別の世界の事を考えていらしたかと」
「あら、バレましたの」
「はい。表情が変わられるので…」
「どう変わりますの?」
「…儚い感じ…でしょうか」
「私が???」
”儚い”など生まれてこの方言われたことがなかった。
少し照れてしまう。
「年を重ねたからですね、きっと」
「…お幾つだったのですか」
女性に年齢を訊くのはご法度だが、アメリアが苦しんだであろう年月を知りたい。
しかし彼女は頓着なく答えた。
「41歳でした。…リリィさんの子供を育てながらアルフレッド様と公務をして…あ、リリィさんの子供はルイスというのですが、亡くなったイザベルの娘のエリザと婚約をしてましたの。小さい頃のルイスの子育てと、エリザの王妃教育をしていた時が、一番休まる時でした…」
「!!!」
信じられないような言葉がポンポンとアメリアの口から出てくる。
そしてお決まりの”遠い目”をした彼女へ近寄る。しかし彼女はカッとこちらを見る。
「でも!…ルイスは学園でクロエという少女に恋をしてしまって…」
もしかしなくてもその”ルイス”の父親はウィリアムだろう。
「似てしまったのですね」
「ええ」
ムスッとして言うアメリアの腕を労うように叩く。
「もう少し、詳しくお聞きしても?」
「…暗い話にしかなりませんが」
「それでもいいです」
兄が、自分がどうしていたかを聞いておきたい。もし今後に命の危険があるのなら、カーターのように手記を残しておきたいと思う。
そしてなにより、あの姉弟とは違いアメリアは一人で時を遡ってきたのだ。彼女が一人でずっと抱え込んでいたものを共有したかった。
「では、座りましょう」
「はい。…あら?良いのです?」
棚にあった手つかずの酒をアルフレッドが小さなグラスを片手に持ってきたのだ。
「少しだけ」
二人とも酒瓶を一本開けても酔わない強さがある。
「…分かりました」
確かに緊張しているし落ち着かない。紛らわすくらいにはなるかも、とアメリアはグラスを手に取った。
対面ではなく傍らに腰掛けたアルフレッドからワインを注いでもらい、少しだけ口に含む。
さすが王族用の静養地に用意された酒だ。とても香りがよく熟成された味も申し分ない。
「こんな時に飲むようなお酒ではないですね」
「いや、最後の晩餐となるとピッタリの酒ですよ」
苦笑しつつ手酌をしようとしたアルフレッドを遮り、彼にグラスを持たせて酒を注いだ。
「ありがとうございます。…アメリア様の言う”歪んだ世界”でも、こうして…私と酒は飲んでいましたか?」
「いいえ。私はお酒を禁止されていて、アルフレッド様は忙しすぎてそんな暇はなかったと思います」
そうして…アメリアは歪んだ世界での顛末をかいつまんで話した。
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