第63話 憶測
「君は、何度目だろうか」
じっとアメリアの目を見て言う。ウォルスは確信しているようだ。
その鍵はペルゼンの指導者カーターらしいが、アメリアにはわからない。
だがウォルスの目には気遣うような色が含まれている。もしかしたら、自分の負荷を取り除いてくれようとしているのかもしれない。
(ここなら、大丈夫かしら…)
王印に、自分の持つフローライトのペンダント。かなり強力な結界があると思えばいい。
アメリアは一つ息を吐き出すと、リリィの手から手を離して膝の前で組んだ。
そして背筋を伸ばして言う。
「…一度目です。…メイソンたちはやはり、時を遡っているのでしょうか」
ウォルスはふーっと息を吐き出してから告げる。
「そうだ。それも、何度もな。失敗しては贄を差し出し遡っていた。…今は7回目の遡り。しかし、メイソンは6回目として行動をしておる」
「えっ?」
「6回目のどこかで君は誰かに時を遡らされた。メイソンたち以外で、初めてのことだ。だから、彼らには記憶がない」
”遡り”を起こした者たちでないと記憶は引き継がれない。
現在は7回目なのだがアメリアの結婚式までは6回目と全く同じ状態だった、という事をウォルスが教えてくれる。
(そうだったのね…だから、メイソンは私の”遡り”に気が付いていなかった…)
断頭台で聞いた声と、輝く光。
アメリアはそっと鎖骨にあるフローライトを触る。
「思い当たる事があるのだね。それは、誰が?」
「その…私は存じ上げないのですが、クララさんという方が…私が死ぬ直前に首にかけたのだと思います」
(死ぬ!?)
アルフレッドは真剣な表情で前を向くアメリアの横顔を見た。
リリィも反対側で彼女を見上げているし、ウィリアムも驚いている。
「そうか…クララか…」
ウォルスは非常に痛ましそうな表情で目を伏せた。
「ご存知なのですか?」
「ああ。クララ・メンデル…いや、クララ・フォックスと言ったほうがよいか。メイソンの妹だよ。蝶の聖女と呼ばれていた」
「!」
アメリアは膝に置いた手を握る。
「クララさんは…」
「病死したことになっていたが…。マーカス」
顔を伏せたままウォルスはマーカスの名を呼ぶ。全員の視線を受けて、マーカスは重い口を開いた。
「…先日、離れの地下で氷漬けとなった状態で発見されました」
「!」
「生きては…いないのですね」
「ええ」
水晶のような氷の一部に不自然な反射があり、おそらく元々そこにペンダントあり…それが無くなっている事を話した。
「ではこれは、クララさんのものだと」
「そうだと思います。そして氷の中の体が光り消えて蝶へ変化し…その石に入ったかと」
「蝶…」
アメリアはフローライトを持ち上げようとするが、やはり首から上には上げられない。
顎を引いて無理やりに石を見ると、微かに金の光りがチカッと瞬いた気がした。
(もしかして、クララさんも琥珀色の瞳なのかしら…?)
後でマーカスに詳しく聞いてみようと思う。
「それでな…この先は、誰にもわからないのだ」
ウォルスは下を向いたまま告げる。もしかしたら疲れてきたのかもしれない。パメラが背中に手を添える。
アメリアは長く話さないほうがいいと考えてキッパリと言った。
「未来は普通、誰にもわからないものです」
「!」
ウォルスが思わず、といった風に顔を上げた。少し驚いた表情でアメリアを見ている。
「今こうして…皆様とお話が出来ている事が奇跡のようですが…でも、現実です。私はそれだけで、とても嬉しいのです。陛下は、どう思われますか」
アメリアの柔らかな微笑みと真剣な目に、ウォルスは微笑む。
「…ああ、嬉しいな。また、息子たちと会えた」
くしゃりと笑う顔は皺が多すぎるが、紛れもなく生きている。
「私は少し知りすぎた。だからこうして呪いを受けた。…先ばかり考えてしまっていたな」
「陛下…」
カーターの手記はもしかしたら、繰り返している歴史の内容が全て書かれているのかもしれない。
今後息子たちがどうなるのか、自分は死ぬしかないのかなど、呪いを受けて弱っていく体でずっと回避方法を考え続けていたのだろう。
「…私は、脳筋です」
「ん?」
突然の告白にウォルスが固まり、ウィリアムは吹き出しかけた口元を抑えた。
「先を考えるのはとても難しくて…その都度、対処してきました」
知っていて良かったと思うのは、帳簿くらいだろう。それ以外は知っていた所でサッと解決出来ない事ばかりだった。
「ですから…今後は後手になるかもしれませんが、その都度、メイソンの企みをやっつければ良いと思うのです」
宮中の勢力図は随分と変わっているし、それだけでも十分だと思うのだが。
固まったウォルスの代わりにマーカスが説明をした。
「…その”やっつけ方”が困難なのですよ、アメリア嬢。なにせ、不利と知れば時を遡ってしまう」
「…それは…。でも、ダイアナ…いえ、ルシーダが”遡り”の鍵なのでは?」
結婚式当日以外、姿を全く見ていない。
「おそらく、そうです」
「あれだけしつこく王宮に姿を現していて…今は全く見ない。今は、弱体化していると思います」
「時の遡りが、不可能になっていると?」
「はい」
20年間側で自分を監視していたダイアナは影から黙って見ているような性格ではない。人が苦しんでいるのを見てなおかつ追い詰めるように言葉を刺してくる女だ。
そこへアルフレッドも口を挟んだ。
「私もそう思います。…先日の離れでの犠牲者が生贄としても、時を遡る大技にしては人数が少ないかと…」
術は神の力を借りるような禁呪の部類だ。
たった数人でそんな事が出来てしまえば、世界はさっさと滅ぶだろう。
「宮中の勢力図が変化し人質も解放されました。…メイソンはかなり執拗に国境沿いの道を軍備のために整備しようとしていましたし、もしかしたら攻め入って…ルシーダの能力を知るカーター氏や隣国の人々の命を、生贄にしようとしていたのでは?」
アルフレッドの言葉にアメリアも思い出す。
「ネルス鉱山では、事故が起きて犠牲者が多数出たと記憶しています。もしかしたら、その方々も生贄だったのかもしれません」
ネルスと聞いてウィリアムが納得する。
「そうか、慎重に調査をしろと言っていたのは…事故が起きるのを知っていたからか」
「はい。という事は、メイソンもですね」
だからこそネルスを開発することを推していた。産業の発展ではなく、自らの力とするために。
「…なるほど、ペルゼンでは圧政の元、多くの人が行方不明となり…クーデターの当日には相当数の犠牲者が出ている。そして現れた巨大な黒い影か…」
少なくとも数百人、下手をすれば千人を超える犠牲者がいたのかもしれない。
「今は結界がありますし、魔法は発現しにくい。ですから以前以上の生贄が必要なのでは?…そこまでの人数を揃えられるとも思えない」
アルフレッドが言うとマーカスは頷いた。
「…という事は、メイソンを叩くなら今、ということですね」
「方法は思いつきませんが…」
とにかく王宮から追い出したい。
(権力を無くす何かが…)
何か罪となる事がないか。
「あ、そうだわ。メイソンは指輪型の王印を持っています」
「何!?」
驚いて胸元を押さえるウィリアムにアメリアは頷く。
「歪んだ世界では…あ、私が体験した世界のことをそう呼んでいるのですが、持っていました」
お陰で知らない内に法律が作られて、税金も上がったりしていたのだ。
それを無かったことにするために、アルフレッドとどれだけ走り回ったことか。
アルフレッドは小さくため息をつくアメリアの横顔を見る。
(なるほど、遠い目をする時はその”歪んだ世界”の事を思い出していた時なのか…)
イザベルからも「以前のアメリアではないの。彼女を見守って下さい」と先日に忠告をされたが、まさか、そんな大変な時を経験してなおかつ、再度やり直しをしているとは思わなかった。
「しかし、決定的な証拠にはなりませんね」
もし見つかったとしても、作らされた魔道具職人がこの世に居ると思えない。
「うう…頭を使うのは苦手です…」
肩を落として呻いたアメリアをアルフレッドは励ます。
「いえ、相手が一枚上手なのですよ。なにせ"知っている"のですから」
裁判に掛けられる材料は山ほどあるが、その数々の証拠にメイソンが関わった事実がない。
人々が素直に証言をしたとしても、言葉の真実が分かる魔道具がない限り、決定的な証拠にならないだろう。
「いっそ、攻めてきてくれれば撃退できるのですがね」
「それより王宮を占拠したほうが早くないか?」
しかし、マーカスはウィリアムへ真剣に告げる。
「いえ、こんなに美味しそうな生贄たちを、彼らが逃すはずがないと思うのですよ」
「!?」
ウィリアムはギョッとして、アルフレッドはマーカスを見る。
「…どういう事だ?」
マーカスはウォルスへ静かに目線を移した。
「私が賭けに出たんだ」
「…父上?」
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