第62話 先王
先王の居る静養地へウィリアム、アルフレッド、アメリアは騎獣を飛ばして向かい、マーカスは静養地周辺の騎士をかき集めて臨時の隊を作り護りを固めるために動いた。オズは留守番だ。
夕方前には全員が静養地へ到着し、先触れで来訪を知った先王ウォルスは息子たちを歓迎する。
「よくきた。…大きくなったな…」
目を細めて微笑みウィリアムとアルフレッドを交互に見ている。
細くなった体を側室のパメラに支えられてエントランスへ出てきた。まだ50歳前だというのにまるで老人だ。パメラが離れると杖をついている。
「父上…お久しぶりでございます」
ウィリアムはその様子になんと言っていいか分からず、無難に声を掛けた。
「母上もお久しぶりです」
「ええ、アルフィ。見違えたわ…無事で良かった」
隣では母と久々に会えて嬉しいのか、目に涙を浮かべて抱擁をしているアルフレッドがいる。
(フォルス様の痩せ方は尋常ではないわね)
アメリアの目には彼を取り巻く”黒い靄”が微かに見える。
(なんだか…前より”視える”ようになったわ)
離れの跡地に行き、光が自分に当たった頃からだ。
(蝶に見えたような…)
昼間の陽の光に照らされてよく見えなかったが、蝶の集団だったように思う。
この一週間はあちこちで黒い靄が見えて、始めは埃かと思って手で払うとそれは消えてしまい埃ではないと分かったのだが正体は不明だ。
「……」
森と泉に囲まれた静養地は、夕日を受けて沈黙した噴水が静かに光り落ち着いた雰囲気を醸し出しているのだが、屋敷周辺に黒い靄が集まっているのが気になる。
「アメリア嬢?」
「!」
先王の前でもマーカスはいつもの呼び名で自分を呼ぶらしい。
「今行きます」
エントランスを侵食しようと滲み出てきた黒い靄を払うと、室内へと歩き出した一行へアメリアは追従した。
月光石が多く配置された部屋で、一行は腰を落ち着かせる。
ウィリアムは久しぶりに騎獣へ乗ったようで、腰が痛いのか叩いていた。
「まだまだだなぁ、俺は」
「慣れですわ」
クスクスと笑いながらアメリアが言う。自分も最初はそうだった。
(少し前に騎獣に乗る訓練をしていて良かったわ!)
過去に出来たことを一通りやってみたいとマーカスにお願いしたのだ。
やっぱり復習しておいて良かったと思う。
「おや、ウィリアム様は腰が痛いのですか。…では、こちらの方に癒やしてもらいましょう」
扉から最後に入ってきたマーカスがわざとらしく言い、廊下へ半身を出して誰かを呼び寄せる。
「お父様!?」
「リリィ!!??」
入室してきたのは渋い顔のジャックに、青い顔をしたリリィだ。
むしろ彼女のほうが治癒が必要なのでは?という顔をしている。
ウィリアムが駆け寄ると、ジャックは彼女を引き渡した。そうしてマーカスの方を睨みつけると退室して行く。その様子にくつくつと苦笑するマーカスだ。
「怖い怖い…」
「え、ええと…?」
「どういう事ですか、マーカス殿」
アメリアはキョトンとしていて、アルフレッドは少々険しい顔をしている。
ウィリアムはリリィの肩に手をかけようとして、ハッとした。
「ち、父上…あのこれは…」
狼狽えた様子にウォルスは苦笑した。
「お前は本当に私に似ているな。…一連の出来事は、マーカスから聞いておる」
「!…そ、その…」
「ふむ、恋心は本物か。…私がその娘を連れてこいと言ったのだよ」
「???」
ウィリアムはもちろん室内の誰もが…マーカス以外は分からない顔をしている。
「まぁ、座りなさい。ああ、アルフレッドはアメリア嬢の隣だ」
「…承知しました」
渋々と大きなソファに二組で座る。
ウィリアムとアルフレッドで、リリィとアメリアを挟む形だ。
(あら…?無理もないわね)
アメリアはリリィが震えていることに気が付いて、彼女の手をそっと包む。「前を見ていて」と言うと、小さな声で「ありがとうございます」と聞こえた気がした。
対面には先王と側室が、扉にはマーカスが立つ。
「さて、お主たちがここへ来た理由は?」
ゆっくりとした声で尋ねられて、ウィリアムは今日の午前中に話した内容を父へと話す。
「なるほど。…それで、王印か」
「はい。マーカスに訊けと言われました」
ウォルスはチラリとマーカスを見てから、懐から何かを取り出す。
「!!」
それは手のひらサイズの非常に大きなフローライトを加工した円柱状の物体だった。上部は丸く研磨されており下部は平らで恐らく底は陰影となっているのだろう。とても短いスタッフのようにも見える。
「なんて強い力…」
フローライトから出ている光の波動が見えたアメリアが思わず呟くと、ウォルスはニコリと笑う。
「これが本当の王印だ。…まだ渡すことは出来ぬが、事が済めばお主へ渡そう」
昔は国の有事に魔力の源として使われたが、今は国内の結界の素となっているとも彼は言う。
「??」
しかしウィリアムは父の言葉に首を傾げる。自分はもう即位しているし王印は指輪状の物が別途ある。
「本当はな、まだ私が王なのだ。これを渡さねば王にならない」
「えっ!?」
「それと、これのお陰で私はまだ生きている…呪いを受けてもな」
ウォルスは袖をまくり腕を見せた。
「!!」
棘のある蔦のような模様が、黒い入れ墨のように腕を埋め尽くしていた。
よく見れば襟から覗く首元にもその模様が少しだけ見える。
「王印はフローライトで出来ておるから、相反する術…呪いの進行を止めていてくれている」
「そんな…」
進行が進めば死ぬということだ。
王はリリィを見る。
「その娘を呼んだのは、邪気が一切これに近寄れないからだ。お主たちの心を掴むものが、邪な魔法によって起こされたものではないかと、確認したかった。…許せ」
「い、いいえ!許すなど…俺にはその資格はありません…」
ウィリアムは声をあげて王の謝罪を否定した。
実を言うと、毒草や魔法を目の当たりにして”自分たちは操られているのか”、という考えが頭をよぎったこともある。
毒草が無くなり落ち着いたのは負の感情だけだったので、変わらずリリィを愛せている、と思っていた。
それが確証されて安心したと同時に、アメリアに対して申し訳ない思いが募る。
「王の婚姻については、この王印を押さねば成立しない」
「「「!!」」」
リリィ以外の三人が驚きに目を見開く。
「…後で良いから、お主たちの意見をまとめなさい。…素直にな」
ウィリアムは戸惑い彷徨う目が行き着いたのはアルフレッドだ。
自分の明るい青い目と違い、静かな青灰色の目が戸惑った様子でこちらを見ていた。
(そうか。アルフィも…)
今度はしっかりとした目線で父を見ると返事をする。
「分かりました」
ウォルスは小さく頷くと念の為、と質問をしてくる。
「それで…ルーシーは…いや、ルシーダか。姿が見えないのだな?」
ウォルスはルシーダのことも知っているようだ。
「ルシーダ」
ウィリアムは呟く。最近になってようやく教えてもらった、隣国をクーデターへと導いた悪女だ。
この国の…フォックス家出身でメイソンの姉でもある、魔女。
ウォルスの質問にはアメリアが返事をした。
「おそらく。お二人の教育係はドロシーという名で、私の…王妃付き筆頭メイドはダイアナという名でしたが…初日に会って以来、見ておりません」
その時の様子を話すと、ウォルスはアメリアのペンダントに目を止めた。
「なるほど…随分と大きい。そして、聖なる力が別途、籠められているな」
「そうなのですか?」
首から上へ鎖をあげられないので、直接目で見えないのだ。鏡越しで見るしかない。
「ああ。とても強い力だ。その力で、ルシーダが弱体化したのだろう。だから影渡りできなくなったのだな」
「!…やはり影渡りでしたか…」
「そうだよ。私の所にもよく脅しに来ていたからね」
王宮はもうメイソンの手中にあると言い、「早く諦めてそれを弟へ渡しなさい」と散々言われてきた。
踏みとどまれたのは、マーカスによって伝えられていたアメリアの行動による変化だ。
「君には本当に感謝したい」
「いいえ!…私は、自分のしたい事を、したまでです…」
歪んだ世界のような未来は絶対に嫌だと思っただけ。
先王とアメリアの間で繰り広げられている会話に、ウィリアムとアルフレッドは聞き入る。
「君は…何かを知っているね?」
「!…はい…」
「ロニー・カーターの手記は?」
「カーター様の…手記?」
アメリアは首を傾げる。王妃としてのお披露目もしていないので、隣国の指導者とは挨拶を交わしていないし、彼の書いた手記というのも知らない。
「なるほど…別の”力”か。ようやく…」
幾分か肩の力を抜いたウォルスがソファの背もたれへ背中を預ける。
「では、”歴史の繰り返し”という言葉は…ああ、それは分かるのだね」
アメリアの目が見開かれたのだ。ウォルスは頷いて口を開いた。
「君は…何度目だろうか」
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