第61話 静養地へ
(こういう事が言えるようになって、本当に良かったわ…)
アメリアはニコニコしながら兄弟を見て、意見を言う。
「でしたら、王印を割るとか」
「割る!?」
ギョッとしたアルフレッドにウィリアムは言う。
「それはいいな。書類に押す時、皆の意見が合わないと…誰かが押さないと印が完成しない、とか」
マーカスとアルフレッドは顔を見合わせている。
「なかなか良いでしょう!」
アメリアも得意顔だ。というのも、歪んだ世界で「いちいち来るな」と言われて…王印をウィリアムから密かに委ねられたアルフレッドの元へ、書面に印を押して貰うために執務室へ何度も行ったり来たりしていたからだ。
(二人で、王印が分裂しないかなと…言ってたわねぇ)
しかし。
王印はアルフレッドが持っている筈なのに、メイソンの手元にある見覚えのない書面にも王印が押されたものがあったのだ。
だが王印を王以外が…たとえ弟でも持っていることはおかしい。追及をすればこちらもされる。下手をすれば、自分は任されたから持っている、お前たちのは偽物だと言われて様々な効力のある王印を失いかねない。だから二人はメイソンには何も言えないでいた。
(二つ作れるなら、割った状態の物も作れるわよねぇ)
「…そうですね。偽造防止にもいい」
マーカスも思うところがあるのか、賛同する。
「しかしあれは…建国時に、フローライト神から授けられた物なのでは?割ってもいいのでしょうか…」
アルフレッドが言うと「そうなのか?」と言いつつウィリアムが懐から王印を取り出した。
ミスリルで作られた、指輪のような形をしたものだ。
(懐かしい…)
アメリアはそれを久々に見た。今も公務は行っているが、ウィリアムがきちんと仕事をしているので王印が必要なほどの重要な仕事はしておらず、王妃教育の方に重点が置かれているのだ。
「神が作るのか?これを?」
一応魔法が掛かっていてインクは不要だ。王または王から委任された者が押すと、特別に配合された消せないインクが滲み出てくるようになっている。
しかし見た目は普通のミスリルの指輪だ。なんとなく、ありがたみがない。
「…そう言われてみると、そうですね…」
アルフレッドも首を傾げている。アメリアは黙ってそれを聞いていた。
(たしか、先代がお持ちなのよね。…本物を)
目の前にある王印も本物と言えば本物なのだが、”神から授かった”という物が本当に存在するのだ。
それは代々の王に受け継がれているのだが。
(誰から聞いたかしら…そうだわ、マーカス様だわ)
チラリとマーカスを伺うと、彼は自分と同じように黙ったまま王と王弟を見ている。
彼はアメリアの視線に気が付いて、少し微笑んでから頷いた。
「では、お伺いをしてみましょうか」
「誰に?」
「ウォルス様です」
「父上に…王印を割るのを訊く‥?」
ウィリアムとアルフレッドは首を傾げる。
「行って見てみれば分かります。さて、それをするには、足止めが必要か…」
マーカスが少々考え込んだ所で、ノックの音が響く。
「相変わらずタイミングが良い男だな」
苦笑しつつマーカスが扉を開けに行くと、立っていたのはやはりオズだった。
今日の顔色はすこぶるいい。
彼は室内へ入ると早速報告してきた。
「見つけましたよ!」
「何をだ」
「フォックス公爵領の穀物倉庫から、武器ですよ」
正体の分からない商会についても取り押さえたと言う。やはり資金の横流し用の名前だけの商会だった。
代表者は「フォックス家に圧力を掛けられて名前だけ貸した」と証言している。
宮中の勢力図が代わり、証言も変化してきているのだ。
「武器は、騎士団が購入したことになっていました」
「……ほぅ」
マーカスから威圧が漏れて、オズ以外の三人は少々身を引いた。
「万が一事を起こす前に見つかったら、騎士団がクーデターを起こすために用意していた、と言うつもりだったんでしょうねぇ!」
「…オズ、それくらいにしてくれ」
ますます怖い顔になってきたマーカスを見て、ウィリアムが白旗を上げる。負の感情が高ぶる人はどうにも苦手なのだ。
「申し訳ありません。…なお、アメリア様の言う通り、隣国に一番近い場所でした」
そこから真っ先に調査するとメイソンに怪しまれると実子のセルトと相談しあい、”安全な穀物倉庫”から調査をし始めて…少し時期をずらして件の場所を調査した。
もちろんセルトから、父の指示で何かが運び込まれていた、と調書を取ってある。
「武器だけかしら?」
「…どうしてですか?」
「毒とか魔法とか…最近物騒だな、と思って」
エリオット公爵家のタウンハウスにも植えられていたくらいだ。隣国に攻め入るのに過剰な物資も用意をしていそうだと思ったのだ。
「さすがアメリア様。…食用の野草にそっくりな毒草の種と、何かの魔法が籠められたスタッフも見つかっています」
「先見の明がありますね、アメリア様は」
アルフレッドは褒めたのだがアメリアは寂しく微笑む。
「…いいえ。そのような能力があったら…」
歪んだ世界など体験しなかっただろう。今の自分はただ、知っているだけ。
そもそも武器庫のことは知らなかった。
「いえ、何でもありません」
「…?」
アルフレッドは心配そうにアメリアを見ているが、オズは話を進める。
「それで今なら期間限定で、宰相様を更迭出来るかと」
「どうしてだ?」
首を傾げたウィリアムに、オズは言う。
「宰相様に関する証言が出ておりますのでね、調査しろ、とあなた様が言えば良いのです」
メイソンが関わったという物的証拠はないが、流石にここまで出てくれば調査対象になりうる。
”陰謀ですか?どうぞお調べ下さい”と言われるのが関の山だろうが、足止めは出来る。
マーカスも頷いた。
「丁度いい。ウォルス様の元へ、行きましょう」
「そこで父上が出てくるのがわからないのだが」
「先程の事をお話し…王印について訊いて下さい。そうすれば話して下さるでしょう」
王宮の勢力図が変わりつつあることを、静養地にいる先王にも定期的に連絡している。
そろそろケリをつけようとマーカスは思っていた。
「なるほど、さっき俺が言ったことと、その王印が関係あるんだな。…分かった」
ウィリアムはもう、自然に皆を信用している。了承をした。
「今から行って…夜には間に合うだろうか」
「ギリギリでしょうが、全員馬に乗れれば大丈夫かと」
オズの言葉にウィリアムは「あれ?」という顔をしてアメリアを見てから苦笑する。
「…それもそうだ」
彼女は馬はおろか騎獣にも乗れる。
(本当に万能な王妃だ…)
しかし今日は顔色が優れないようだ。アルフレッドが心配そうに見ている。
やはりアメリアには弟が似合う、とも思ってしまった。
「行けるか?二人とも」
「!…はい」
「アメリア嬢、無理はよくありませんが」
マーカスはじっと彼女を観察するように確認する。本心は当然、”来て欲しい”なのだが、先日の一件が引っかかっているのだ。
メイソンが今になって何故、人質全員を”吸い取った”のか…そして、クララがアメリアに憑依しているかもしれない、という事。
事態がどう転ぶのか、未知数なのだ。
アメリアはスッと真顔になりマーカスを見て、ウィリアムを見つめる。
「いえ、私も行きます。…陛下の初のお仕事を見届けないと」
「アメリア…」
「アメリア様…」
本物の王印は歪んだ世界では見られなかった。
どういうものか興味もあるし、王宮から逃げた先王がどこまで”知っているか”も確認したい。
マーカスは彼女の表情に覚悟を見て、ひっそりと微笑んだ。
「ま、そう言うと思いましたが。…無理はなさいませんように」
「もちろんよ」
そうしてすぐさま勅命が出されて宰相メイソンは更迭された。
本人は不敵に微笑み「部屋に居ればよいのですね」と宰相の執務室の奥にある私室へと引きこもった。
部屋の前には騎士や魔法使いを配備したが、無意味かもしれないとマーカスは思うのだった。
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