第52話 後始末

『まったく…あの子ったら余計なことをしてくれたわね』

「金に目がくらんだのでしょう」

『そんな人間を選んだ私のせいってこと!?』

「そうは言っておりません、姉上」

 薄暗い螺旋の階段をコツコツと歩きながら、メイソンは壁に浮き出た自分の影の中にいる女性の顔にため息を落とす。

(どうも、怒りやすくなったな…)

 小さな事でカッと怒る。まるで子供のようだ。

(魔族は生まれながらに成熟しており、しかし無邪気、なのだったか…)

 善悪の区別にとらわれず、自分のしたいようにする。

 以前のルシーダならもう少し考えてから発言したような言葉が少なくなっている。

『影渡りも出来ないし、最悪』

「出れる方法を探りましょう」

『その言葉は何度も聞いたわ。早く探してよね!』

「ええ、もちろんです」

 反論せずに肯定をしてやり過ごす。

 ここの所このような状態が日課となっており、会議にも身が入らない。

 自分の影からブチブチと、メイソンだけに聞こえる声で愚痴を言われるためだ。

(…やはり、寿命を吸われている気がしてならない)

 階段を降りるだけで足腰に響く。

 以前は体の中にある高い魔力も相まって、70歳前の年齢でも疲れ知らずだったというのに。

 魔法使い用の牢屋の一角へとメイソンは辿り着くと、歩み寄ってきた見張りの騎士へ、ルシーダが魔法を掛けた。

 認識が曖昧になる魔法だ。

『これも一時的よ、さっさと歩く!』

「わかっております」

 魔族となったせいか結界があっても魔法はそこそこの強さが出るが、影からは出られないためメイソンが伴う必要があるのが非常に面倒だ。

 メイソンは牢屋の一つ一つを除いて件のメイドを探すと、一番奥に入れられていた彼女を見つけて石の壁をノックする。

(呑気に寝ているとはな…)

 流石、姉が探してきた人物である。

 音に気がついたエーファは起き上がり、フードを目深に被った者を怪しむ事もせずに格子を両手で握った。

「助けに来て下さったんですね!ダイアナ様!」

『アンタ煩いわよ』

 怒られてエーファはハッと口を片手で塞ぐ。

「すみません」

『さ、手を出して』

「はい!」

 ダイアナよりも背が高い人物へ疑うこともせず、エーファは手を格子の隙間から差し出した。

 その手をメイソンが握る。

 繋がった影がぞわり、と動いた。

「…っ!?」

 魔法使いの端くれであるエーファはすぐに”それ”に気が付いたが、握られた手が大きく強く、引っ込められない。

(ダイアナ様じゃない!)

「だ、誰よアンタ…」

 次第に意識が朦朧としてくる。

 目の前が霞がかったようになってきた。

『大丈夫よ、アンタの命は有効に使ってあげるから!』

「だ、ダイアナ…さま…?」

 声はダイアナだ。

 体から力が抜けてへたり込むが、手は取られたまま。

 徐々に意識は無くなり、エーファは無言となる。

 そのまま最期まで、彼女は”吸われ”続けた。

『…ふぅ、ちょっとは足しになったわ』

「そのようですね」

 メイソンは手を広げると、パサリ、と何かが床へ落ちる。

(少しは魔力の吸い上げが止まったか)

 今後もこのような事を続けないと、自分の命が危うい。

 ストックはまだあるが、それが無くなる前に事を起こさないと…そろそろ危険かと思うほどに自分の元から人が離れていっている。

『さ、戻るわよ。さっさと歩く!』

「……」

 魔族となり非常に扱いが面倒になったルシーダを影に潜ませ、メイソンは来た道を戻る。

(もう…おそらく時の遡りは出来ない。アレに掛けるしかないか)

 前日にウィリアムの心臓であるリリィを失ったが、まだ自分には隠し玉がある。

 しかし魔力の消費が激しいから、おそらく今の状態では一度きりしか使えない。

(王族全てを闇に葬れば…)

 当然、宮中の者たちは自分へ跪いて来ることだろう。

 マーカスとジャックを宰相の権限で更迭し、その隙に騎士団員を操って隣国に攻め入る。

 そのための武器も用意してあるし、鉱山の開発も調査中だがもうすぐだ。鉄の産出量が多い場所は分かっている。数年後には落盤事故があるが、その事故で死ぬ鉱夫たちの命も頂ける。

(そうか、先に…領地から人を差し出させれば…)

 長男のセルトはルシーダを知っているし、逆らった者の末路も知っている。

 もし反抗してきても、もう一人息子がいる。次男のアルトを跡継ぎにすればいい。

 隣国へ行く前に十分に力を付けたい所だ。

(戦争を起こし贄を差し出せば…再び力を取り戻せる)

 メイソンは老いた頭で、少し前の宮中を牛耳っていた自分を元に、未来を考えるのだった。


◇◇◇


 翌日、報告を受けたマーカスは厳しい顔で牢へ向かっていた。

 王妃を害そうとしたメイドが収容された牢屋には、囚人服を身につけた人間の皮が落ちていたという。

 オズはそれを見ながら報告をした。

「魔力の残滓はありましたが…闇魔法という事しか分かりません」

「見れば分かる」

 人間の皮だけを残して全てを吸い取る邪法なぞ、闇魔法にしかない。

「その時間の見張りは、記憶が曖昧です」

「だろうな」

 そうでなければ侵入者をひっ捕らえているだろう。

(…アルフレッド様の…いや、アメリア嬢か。言った通りとなったな)

 メイソンと手を組んでいるのは恐らく魔族。もしくは魔族の力を借りた者。

 そしてそれは…。

(悪女、ルシーダか)

 隣国で圧政の元となった、この国出身の女性だ。

(詳しく調べる必要があるな)

 アルフレッドが言うには、自分たちを偏った知識で固めた教師の名は”ドロシー”という名だと聞かされた。

 そして先王王妃の側仕えに居たのは、”ルーシー”という人物。アメリアに仕えようとしていた王妃付き筆頭メイドの名はダイアナ。それ以外にも、数人の記録があり…皆似たような名前、もしくは意味で、黒髪金目という事実。

(ルシーダは亡くなったとばかり思っていた…)

 隣国ペルゼンはクーデターにより王政から民主政へ変わり、随分と復興してきている。

(かれこれ…二十年…三十年近くは経ったか。まさか生きて姿を変えているとは…)

 まだ自分が騎士の見習いだった頃だ。平和な国々の国境に緊張が走ったのをよく覚えている。

 その後何事もなく…賠償金を払わせられる事もなく済んだのは、クーデターを起こした”ロニー・カーター”なる人物のお陰だ。

 元凶は”ルシーダという女ただ一人”とし、復興のために国同士で手を結ぶことを先決した。

 その人物にルシーダの行方を聞こうと、アルフレッドがエリオット家へ依頼をする手はずとなっている。

「…行方不明のメイドたちは」

 オズは首を横に振る。

 何せ城を出た記録がないのだ。空き部屋や地下室、倉庫武器庫などあらゆる場所を調べているのだが見つからない。オズは肩をすくめて言う。

「どこかに隠し地下室はありませんか、団長」

「…あるにはあるが、部屋はないはずだ」

「ああ、例の…」

 王族用に、地下に逃走用通路がある。しかしそこは水路と道しかない。

 騎士団で定期的に掃除と点検をしているし、その際に妙な部屋が作られていないかも確認するのだが、特にそんな部屋が見つかった事もない。

「うーん、魔法で隠されているとか…」

「そこまで大掛かりなら、魔石の補充が必要だろう」

「そうですよねぇ」

 頻繁に魔石を変えていたら、流石に誰かが気がつく。

 魔石の数も急に必要数が増えたりしていないか確認しているが、あまり変わった様子もない。

 なお、魔法の発動体が保管されている部屋は、扉だけでなく部屋全体と発動体が収まっている棚にも結界が掛けられ、触れた者の記録が取られることになった。

(対策方法が分かったのは良いが…結局、犯人はわからない)

 いや、分かっているのだが、証拠はない上に該当の人物は行方不明だ。

「王宮全体も…人外の対策をしたほうがいいのかもしれないですね」

「そうだな。どうやるかが、問題だが」

 今の所はフローライトおよび月光石を設置する事くらいしか出来ていない。

「邪神が出たっていう、ペルゼンに訊いてみましょうか」

「それも予定に入っている」

 指導者のカーターとは先王も何度か会っているし背後に自分も居たが、冒険者の風体をした商人の男、という感じだった。人道的な采配と損得のさじ加減が絶妙だとも思う。

 おそらく情報の出し惜しみはしないだろう。この国が魔の手に落ちれば、次はペルゼンなのだから。

「魔剣使いが3人も居るって…そういう事なんでしょうかね」

「かもしれないな」

 今、王宮には自分と副団長のジャック、そしてアメリアの3人が魔剣を所持している。

 魔剣使い自体が珍しいというのに、一箇所に集まるのは非常に稀だ。

「団長、出てきたらバッサリやって下さいね」

「…おいおい、邪神に立ち向かわせようとするなよ」

 善き神と並ぶ神なのだ。魔剣如きでは退けられないだろう。

「必要なのは、聖女または勇者か…」

「今の処はそれらしき人はいませんね。…どこかに居るのかもしれませんが」

 街を警備している部隊からは特に魔力の強い者はいないと報告が上がっている。

 地方にいるのかもしれないし、そもそも邪神が現れていない今だから出現していないのか、など、ハッキリとわからない。

「持っている手札で、なんとかするしかないな」

「ええ。…今までよりは、ずっと楽ですよ」

 ずっとずっと、宮中の空気は良くない方へと流れ続けていたが、アメリアによってそれは逆転された。

 メイソンはたまに見たと思えば、体調が思わしくないようで話しかけようとしても逃げていく。

 それは常に自信で溢れていた彼を見てきたマーカスにとって、信じられない事だった。

(いざとなれば…汚名を着てでも、切り捨てよう)

 騎士団長はジャックに任せればいい。宮中を牛耳っていた老獪がいなくなれば、騎士団の腹黒さはオズくらいで足りるだろう。

「さて、次はなんだろうか」

 ウィリアムは踏み外しかけていた道を後戻りしてくれ、なおかつアルフレッドとともに新たな道を切り開いてくれている。

 ”離れの君”も非常に良い形で救出することが出来た。少し撒いた噂でアメリアの株も非常に上がっていて、ウィリアムにはもったいないとまで囁かれている。

「そうですねぇ。アメリア様が女王になるとか」

「…それは、さすがに不敬だぞ。オズ」

「ですが、皆は勝手に噂していますよ」

 自分で撒いたくせに、素知らぬ顔をしているオズの脇を小突く。

「出るぞ」

「これは?」

 彼は床を指差す。

「…小神殿のルギー殿に伝えてアンデットにならないよう弔った後に、共同墓地へ埋葬しろ」

 実家とて厄介払いをした娘が非常に重い罪を犯した上に、惨殺という末路を辿った遺体を戻されても恐怖しかないだろう。

「承知致しました」

 そして"次"を待つ彼らに、数ヶ月後…驚くべき情報がもたらされたのだった。

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