第53話 聡い友
アメリアが王妃に即位してから、10ヶ月が経過していた。
今日は出産前の最後の登城、ということでイザベルと応接間で話している。
「何か、必要なものがあったら言ってね」
「ないわ。もう100回くらい聞いてよ、その台詞」
「だって…」
(歪んだ世界ではないことは分かっているけども!)
初産なのだし、何があるのかわからない。
やっぱり不安なのだ。
同じく、不安仲間であるイザベルの夫エリックは「側に居させて下さい」と言い、今は室内の端に椅子を置いて座って妻を見ている。
イザベルは追い出そうとしたのだが、アメリアが許可したのだ。
「王妃教育はもう十分ね」
公務も分散されているし、度胸は元々あるし、あとアメリアに必要なのは経験だと思われたが、それすらもなぜかある。
「そう?…まだ不十分のような…」
「出産後も来いというの?…子供はちゃんと見せてあげるわ。…そろそろ私から巣立たないと」
「だって…寂しいもの…」
自分を王妃としてではなく、友人として見てくれるのはイザベル一人しかいない。
「アルフレッド様が居るでしょう」
アメリアを特別な目で見る男が。
「?…そうね、公務で数字が多いのは全部やってくれるわ」
イザベルは「そうじゃない」と小さく呟いた。
彼の恋心を昔から知っているイザベルはだいぶ苛ついている。行動が遅いから狐爺に横から掻っ攫われたのだ。
(まったく…少しは動けば良いのに)
アメリアはそういう感情に疎い事を教えてあげたのだから、外堀から埋めればよいのにと思っている。
(マーカス様の腹黒さを少しは見習ってほしいものだわ)
親友がそんな事を考えているとは露知らず、アメリアがニコニコしながら訊いてくる。
「名前はもう決めたの?」
「まだ考え中よ」
エリックが毎日たくさん紙に書いて見せに来るが、正直に言うと辟易している。
まだ性別もわからないというのに。
「私のことより貴女よ。…お披露目はまだなの?」
「ええ。今の所は…1年経った頃にいつやるか決めましょうか、という感じで…まだ議題にも上がっていないわ」
「遅いわね」
「仕方ないわ。貴女のように完璧ではないし」
「完璧な人間なんてこの世に居ないわよ」
「そ、そうだけど…私はお飾りだし…」
アメリアは謙遜しているが、コニー夫人を迎えて所作なども洗練されてきているし、王宮ではあまり必要ないはずの行動的な部分も良いように噂されている。
(この子なら当たり前ね!…陛下も随分変わられたし…あの爺が弱っているのは愉快だわ)
いつも会うと周囲が恐れ遠のくほどの威圧をぶつけ合い、綺麗な言葉を使って嫌味の応酬をしていた。
あれほど威張り散らしていた人物が鳴りを潜めるのは怪しく思えたが、イザベルは気が付いている。
(シルファ様がこれを私に託したのは…そういう事だったの)
アメリアが身につけている物ほど大きくないが、自分にも金の鎖で支えられたフローライトのペンダントがある。
(大きさで退ける者のランクが上がるのなら…相当危険な者が、王宮に居たのね)
親友が自分の身の回りを異様に気にするのも、それを警戒しているからだろう。
「…アメリア」
「なあに?」
「貴女は、黒幕を知っているの?」
「!」
呼びかけた時とは打って変わって突然厳しい顔でイザベルに言われ、目を見開くアメリアだ。
(本当に嘘が付けないわねぇ)
王妃に向かない性格なのは分かっているのだ。だからこそ、お披露目がされる前にアルフレッドに攫ってもらいたい。
そのためには今の王宮にまだ残る問題を解決しなければならない。
「く、黒幕ってどういう…」
「王宮がこうもわかりやすく宰相派になった原因よ」
ハッキリ言うと彼女はわかりやすく狼狽した。が、背筋を伸ばして真剣な顔を向けてくる。
「…そのうちに」
「そう、分かっているのなら、いいわ」
イザベルが伝えると、拍子抜けしたらしいアメリアが「え」と言っている。
(私はそれが誰かを知らないし、正体も分からない)
だが王宮に居る親友がその危険な者の正体を掴んでいるのなら、それでいい。
「貴女は魔剣持ちでしょう?いざとなったら倒してしまいなさい。…私は、この子を産む事に集中するわ」
随分と大きくなったお腹を愛おしそうに撫でるイザベル。
「もちろんよ!こちらのことは心配しないで」
「そうね。”離れの方”がもうここに居ないのなら、勝ったも同然だわ」
「…えっ、ええ」
イザベルはリリィがウィリアムを操る為の鍵になっていた事を当然のように知っていた。
「どこにでも目や耳はあるものよ。というか、陛下の想像力と対人能力がないだけ」
エリオット公爵家という権力も十分に使っているが、王宮内が新しい派閥である王&王弟派へ傾き情報が得やすくなった。
イザベルもアメリアの無事を把握する事が出来ているので、安心して過ごせるのだ。
「私は…人を使うより、自分が動いたほうが早いと思ってしまうわ」
ブリジットが離れへ潜入する時も、自分が行きたいと思っていたくらいだ。
「やり方は人それぞれよ。貴女はそれが長所だからそのままでいいわ」
あまり裏表ない人柄だからか、皆がアメリアに好意的で探らなくても話してくれるのだ。
「そう?…ありがとう」
中々褒められる事が少なくなってきた年齢だけあり、イザベルがそう言ってくれるのは非常に嬉しい。
「そうそう、陛下が手紙をくださったわよ」
「えっ!?」
以前、謝罪の言葉をお願いされて伝えた事があるが、自ら手紙を出したなど驚きだ。
「謝罪と、お祝いの言葉と、妙な花のことが書かれていたわね」
「あー…」
離れに植えられた、危険な草が思い浮かぶ。
「絵が同封されていて、それ以外にも普通の草花ではないものがエリオット公爵家の庭に植えられていないか確認して欲しい、とも書いてあったわ」
「まぁ…」
(他人を、しかも苦手だったイザベルを思いやるなんて。随分と成長したのね…)
まだ24歳なのだし、今からでも頑張って取り返してもらいたい。
「手紙にも驚いたけれど、庭に変な草が植わっていて」
「!!」
「…ええと、その後はどうしたのかしら?」
イザベルがエリックへと顔を向けると、彼はすぐに答える。
「薬草の研究者を呼んで、除去してもらったよ。貴重な毒草らしくてね…鉢植えになっていた」
見た目は美しい紫色の花を咲かせる植物で、しかし強力な虫下しの効能があるとか。
あまりに強すぎて摂取しすぎると、内蔵すらも排出してしまうと言われている。
もちろん、王都のタウンハウスに咲く花ではない。もっと南の暖かい地方に自生している植物だとエリックは説明してくれる。
「依頼料はいらないからこれが欲しい!と言われたのです」
「そ、そうなの…じゃない、渡して大丈夫なの!?」
「大丈夫ですよ。公爵家お抱えの薬師でもありますから。下剤が大量に出来ると喜んでました」
エリックは肩をすくめて苦笑している。
「お産が終わると便秘になりやすいみたいだから、少しもらおうかしらね」
「もう、イザベル…」
意図的に植えられた毒草だと言うのに、逆に利用するとはイザベルらしい。
(アメリアは気が付かないわね。…南と言えば、フォックス公爵領なのだけど)
王都から離れた豊かな穀倉地帯で、各領地に隣接している横長の地形だ。
エリオット家のタウンハウスや公爵領の屋敷に勤めていた使用人は全員精査して、日頃の業務態度や人柄が良くても少しでも経歴が怪しい者やフォックス家の縁のある者はクビにしたから、その中の誰かが植えた物だったのだろう。
世話もされずに放置され、その花は若干しなびていたという。
「そうだわ、王宮に居る使用人は調査したのかしら?」
いずれ王妃となった暁には、自分がやろうと思っていたことだ。
王妃になった直後のアメリアに言わなかったのは、味方のいない場所で彼女に敵を作らせないため。
だが宮中はもう歩いていても雰囲気が違う。不要な者はあらかた去ったと思われた。
「ええ。騎士団から始めて…もう、ほとんど終わったかしら」
フォックス家と縁のある者は特に厳しく精査され、今までの仕事の良し悪しで解雇もしている。
中にはやはり脅されている者もいて、そういった者たちは密かに問題を解決し…大抵は家へ戻りたいというので、騎士団が護衛して領地まで送ったりしていた。
そうして勤める者がだいぶ減ったが、仕事は回っている。いかにメイソンが自分だけの手駒をばら撒いていたかが分かった一件だった。
「本当に独裁ねぇ。恐怖政治がいつまでも続けられると思ったのかしら」
「…そうねぇ」
歪んだ世界では、当然のように続けられてしまっていた。破綻しなかったのはルシーダの存在だろう。
神出鬼没の魔物のような人物に皆、逃げられないと思ったのかもしれない。
(事実、私も逃げられなかったし…)
考えに没入したアメリアをイザベルは興味深げに見ていた。
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