第51話 導き出される答え
その後、部屋へやって来たマーカスとアルフレッドと相談し直し、やはりグリーン家がいいだろう、という事になりマーカスも快く了承をしてくれた。
騎士であるマーカスの長女のナディアが呼ばれ、リリィはグリーン家のタウンハウスへと送られて行く。
彼女と離れるウィリアムの不安顔に反して、馬車に乗るリリィはとても嬉しそうだった。
窓から顔を出して「行ってきます」という彼女にウィリアムは泣きそうになりながら「必ず戻ってきてくれ」と伝えていた。
馬車が見えなくなるまで見送ったウィリアムは、マーカスに背中を押されて書類を整えに王宮への道を歩き始めた。
その後ろを歩きながら、アメリアは傍らに居たアルフレッドへ質問をする。
「エーファはどうなりました?」
「魔法使い専用の牢屋の中です」
発動体が取り上げられた事を知り、絶望の顔をしているとか。
「…魔法で、採用されたのかしら」
「どうでしょうね」
それにしては質が悪すぎるのだ。アルフレッドは首を傾げた。
だがアメリアはなんとなくわかった。
(ダイアナとは気が合いそうだから、性格かもしれないわね)
もしくはフォックス家の遠縁かもしれない。
「私が怪我をしたから、罪が重くなってしまうかしら」
「いえ、他人の持ち物を強奪しようと魔法を使った時点で、もう刑は決まっていますよ。悪くて極刑、良くて一生修道院でしょう」
「あらまぁ…自業自得とはいえ、大変ね」
「同情の余地はありません」
王宮の建物を破壊し、正規に貸与されていない魔法の発動体を所持している事も刑を重くした。
王妃を襲った事で更に逃げ道を塞いだ形だ。
(メイド、か。…まだおかしな点がある)
実を言うと辞職したメイドの複数人が行方不明なのだ。
彼女たちの実家から「娘が帰ってこない」と連絡があった事実をメイソンに命令されて”聞かなかった”事にしていた人事大臣が、最近になって「そう言えば…」と兄と自分へ報告してきた。
調査したところ全員が"離れ"に勤めていた者で、どこへ行ったかまるで足取が掴めない。
「アルフレッド様?」
「!…はい」
考えに沈んでいたアルフレッドは顔をアメリアへと向ける。
まだ不確定要素のため、王妃である彼女には言えない。行動的な彼女は探し回ってしまいそうだ。
「何でしょうか?」
「お花の出処はわかりましたの?」
「ええ。薬草を取り扱う商会は分かりましたが…購入した者も命令されて知らずに、と申しておりますね」
「命令はどなたが?」
「どうも本人の記憶があやふやなのですが…特徴からしてダイアナというメイドだろうと、マーカス殿は仰っていました」
黒髪に金の目、という組み合わせは他にいないのだ。
「そう…魔法かしら…?」
「ええ。おそらくは…最初に魔法の発動体を持っていたのは、その者ではないかと」
魔法の発動体は管理されているが、確認をしたところ一つだけ良く似た腕輪が…ただの装飾品が収められていることが分かった。
しかしその部屋へ入れるのは限られた者のみで、全員、共連れをした記録がない。
部屋には離れと同じ結界があり、入退室記録が取られているのだ。
棚卸しも一つ一つ区切った戸棚に入れられた品物を、ガラス戸越しに確認する。魔法で強化されたガラス戸も開いたり壊したりすれば記録が取られるが、そんな形跡もない。
「…件のメイドに訊こうにも行方不明ですし、真相がわからないのです」
できれば持ち出し方法だけでも解明したいとマーカスは言っている。
そうでないと、今後起こりうる盗難を防ぎようがないからだ。
「本当に、どうやっているのかしら…」
歪んだ世界でも、神出鬼没なダイアナにしょっちゅう驚かされていた。
そういえば、自分の最期…断頭台の近くから声が聞こえたが姿は見えなかった。
あの時はよく考えていなかったが、目の前から声が聞こえたような気がしていた。
(目の前って…床よねぇ)
断頭台の支えである石かレンガで出来た土台だろう。
そんな場所に這いつくばったダイアナが居たとは思えないが、何か引っかかる。
(そうだわ、蝶が床へ舞い降りて…)
その後に苦しむような叫び声が聞こえた。
「地面の中でも泳いでいるのかしら…」
「地面ですか?…なるほど、魔族なら可能ですね」
肯定されてアメリアは驚く。
「えっ!そうなの?」
「はい。正確には、影から影へ移動するのだそうですよ。マーカス殿に正体不明の賊に追われた時は、なるべく影を踏まないように、と言われて…なぜか?と質問しましたから」
「影…」
影から影へ移動出来るなど、本当に人外だ。
(入退室記録が残る部屋に入っても、結界に反応しないのかしら?)
そこまで考えた所で、ふと気がつく。
「入退室記録の結界はどこに張られているのでしょう?」
結界は際限なく張れるものではない。広範囲で常時展開となると動力源の魔力が大量に必要となるが、場内の設備は魔石で賄っているはずだ。
アメリアの言葉に一瞬黙ったアルフレッドは、次の瞬間には険しい顔になる。
「…扉とその枠です。対人を考えていますから…。なるほど、そういう事ですね」
「かもしれない、ですけれど」
「いえ、もう確定でしょう。記録がない、しかし品物は消えている」
扉も開いていない。魔法が使われた形跡もない。
そもそも発動体を盗む前だから、魔法の効果は結界によりほぼ打ち消される。
「…プライドの高い魔族が、人と手を結ぶか?という部分に疑問が残りますがね」
アルフレッドのその言葉に、アメリアは思い当たる事があった。
(そのキッカケが…隣国の騒動だとしたら…)
数十年前にクーデターの終盤に現れた、黒い巨大な影。
もしそれが、人々を生贄に捧げられて現れた魔族だとしたら。
(呼び出したルシーダへ魔族が力を貸したなら)
「直近で魔族を呼び出したという話は聞きませんが、ありえる話です」
アルフレッドは真っ直ぐに前を向きつつ、考えているようだ。
「呼び出すと、すぐに分かるものです?」
「ええ。…国内は魔力を抑える結界に包まれています。魔族を呼び出せば、それが必ず…揺らぎますから」
(そうなのね)
歪んだ世界ではそのような重要なことも教えてもらえていなかった。
「…隣国も、同じ仕様なのよね」
悪女ルシーダがそうさせたから、二つの国は同じ結界を使っているはずだ。だが、その結界は、クーデターが起きた後に張られている。
(やっぱり何か呼び出したのね、ルシーダは)
そうして秘術を授かったのかも知れない。
「…アルフレッド様?」
突然立ち止まった彼は目を見開いてアメリアを見ている。ややあって、歩きだして隣へ並んだ。
「そうです、ありえる事です。…アメリア様は、そうお考えなのですね?」
(!…気がついてくれたわ。さすがアルフレッド様)
脳筋な自分よりも数倍賢いのだ。自分の質問内容だけでわかってくれた。
「…ええ。危険な魔法が使えるのならと、行き着くのはそこかしらと思っていて…」
人の世界に必要のないはずの魔法を研究していたという記録が、そこそこ残っている。
その魔法を顕現したいのなら、頼る相手は魔族しかいない。
「クーデター後の、巨大な黒い影、ですね」
「はい。そこで何者かの協力を得たのかと」
「なるほど、確かに”討ち取った”という事実はありませんね…」
ルシーダが”周囲の人は全員敵”という状態の隣国から、どうやって抜け出したかも疑問だった。
もし影を渡り歩ける魔族の力を借りたなら、国境を超えるなど造作もないだろう。
年老いても魔法で若作りすれば、本人とは思われない。
「そして、ダイアナが、そうだと?」
「!」
アルフレッドが、アメリアが考えていた仮の答えに行き着いてくれた。
「…はい。名前の意味も、似ていますし」
「それなら、大問題だ」
アルフレッドは考え込むように顎に手をやる。
その凛々しい横顔を眺めつつ思う。
(分かっているだけでも、3人いるものね…)
ドロシーにルーシー、そしてダイアナ。王宮の人事の記録なら彼ならば調べられるだろう。
他にも黒髪金目の女性が居ればより、仮の答えが現実味を帯びてくる。
自分が教えるより調べてもらったほうがいい。
「…この事は、兄上やマーカス殿には?」
「まだです」
「賢明です。兄上は突っ走りやすいですからね、先に私からマーカス殿に話しましょう」
「はい」
真剣な顔にアメリアも素直に返事をすると、アルフレッドが心配そうな表情に変化した。
「…アメリア様」
「はい?」
立ち止まり名を呼ぶ彼の前に立つ。
アルフレッドは、まだ破れたままのアメリアの鍛錬服を見ている。
傷は流石に「そのままの状態で歩き回るのは駄目です」とマーカスに言われて治癒師が呼ばれ治してもらっている。
「…身の回りにはご注意下さい。きっと、見えない何かは、貴女を狙うはず」
「フローライトの石がありますから」
ダイアナが恐れて近寄らなくなった石だ。きっとこれからも自分を護ってくれる。
「…しかし物理的には、防げない。今回のように」
「あ…。そうですわね。でも魔剣が」
「過信は禁物です。貴女に何かがあったら、私が耐えられない」
「!?」
泣きそうな顔で言われ、どう返そうか迷っているとアルフレッドはふっと弱く笑った。
「…今の言葉は、忘れて下さい。…そのうちに」
「は、はい…?」
歪んだ世界でも自分の味方はアルフレッドだけだった。
今回もそうなっているから、彼も自分を味方だと思ってくれているのだろうか。
(…あの世界での私のように、味方が居なくなると困るものね…)
非常に鈍いアメリアはそう考えて、歩き出したアルフレッドの後を追うのだった。
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