第50話 成長

 アメリアが扉に近づき、内側からノックをすると少しして扉が開いた。

「リリィ!!!」

 さっと脇に避けると、ウィリアムはリリィへと一直線に走って行く。

 しかし。

「お待ち下さい陛下!」

 自分を抱きしめようとしたウィリアムをリリィは強い声で制した。

 驚いて両手を拡げたままの状態で固まるウィリアムへ、コニーの冷たい声が背中から刺さる。

「リリィさん、合格です。…陛下、どなたが扉を開けたかも確認せずに、相手を突き飛ばす勢いで中に入るとはいかがなものかと思いますよ。普通の方では倒れています」

「うっ。す、すまない……」

 しぶしぶと振り返ると、コニーが閉めた扉の横にアメリアが立っているのが目に入った。

 別にいいのに、というような顔をしてコニーの横顔を見ている。

「!…そ、その姿は…!」

 アメリアの破れた鍛錬服を見てようやく思い出したようだ。

 きちんと体の向きを彼女へ向けて頭を下げる。

「すまなかった。…君がリリィを助け出してくれたのだったな。…ありがとう」

「ええまぁ。これは…少々突っ走り過ぎました」

 髪を触ればハラリ、と銀髪が床に落ちた。

 それをギョッと見ているウィリアムだ。

「魔法…そうだ、魔法を使われたと」

「はい。発動体を持っていたようですね。あそこに居たメイドは風魔法使いだったようです」

「!…よく、平気だったな?」

「魔剣を持っていますので」

 むふん、と少々自慢げに胸を反らして言うので、ウィリアムは吹き出した。

「君は本当に、何でも出来るな…」

「とんでもございません。精一杯やって、この結果ですよ」

 出来ることなら魔法を使われることなく、二人の女性を恐ろしい目に遭わせる事なく、助けたかった。

 鍛錬服も破れてしまうし、自分は怪我をしてブリジットに心配をかけている。

 やはり、メイソンとルシーダの用意した駒は手強いというか、厄介だ。

(でも。陛下が聞く耳を持ってくれたわ。彼女のおかげね)

 アメリアはウィリアムの背後のリリィへ目配せをして頷いた。視線を元に戻すと話し出す。

「…それで、リリィさんとお話をしまして」

「む?話とはなんだ?」

 若干身構えたウィリアムにアメリアは苦笑する。

「彼女を取って喰らう算段ではありませんよ。…リリィさんを、養子に出します。クレイグ家か、グリーン家のどちらかです」

 すると横からコニーが口を挟む。

「グリーン家がよろしいかと」

「理由は?」

「マーカス様のご子息方は、領地を継いだ長男のマイル様以外、皆様王宮へ勤めていらしてタウンハウスも王宮に近く大きいお屋敷ですから」

「なるほど、それはいいわね」

 クレイグ家は父親のジャックが主に使うタウンハウスしかない。それほど大きくないしあまり戻らないから使用人も少ないのだ。護衛の観点からも、グリーン家のほうが良いかもしれない。

「おい、勝手に話を進め…」

「私もそのお話を希望しています」

「!」

 リリィが発言したので、ウィリアムは驚いて振り返り彼女を見る。

 アメリアはおろおろしだした背中に向けて静かに言った。

「もう、大事に大事にしまい込むのは止めましょう。彼女は宝石ではないわ。人間で、生きているのよ?」

 リリィが続けて言う。

「…陛下はアメリア様のおかげで成長したように思えます。…私も、成長したいのです」

 真横とまではいかないが、後ろでもいいから、少し遠くてもいいから背中を見ながら一緒に歩いて行きたい。

「リリィ…」

 今までの彼女とは違う視線に、ウィリアムは戸惑ってしまう。

「貴族へ養子に上がり、色々と勉強してもらうのよ。そうでなければ、王宮内で歩きづらいわ。…それとも、またどこかの部屋に閉じ込めるおつもり?」

 アメリアが最後の一文を低い声で強めに言うと、ウィリアムは慌てる。

「い、いや、違う。…さっき、離れへリリィを迎えに行ってたのだ」

「迎えに行って、どちらの部屋に彼女を入れようと?」

「…それは…」

 まるで考えていなかったが、おそらく連れてきたらそのまま一緒に安全な自分の部屋へ…”王の部屋”へ入っただろう。

(あ…危なかったのか!?)

 どっと汗が出てくる。

 リリィを離れへ囲い立場が悪くなったというのに、改善してきた周囲との関係をまた自分の手で断ち切る所だった。

「軽率だった。…すまない」

「分かっていただければ結構です。…さぁ、陛下は退室なさいませ。また妙な噂を立てられます。…ここは対外的にはイザベルの部屋ですから」

「うっ。分かった…」

 しょんぼりした様子に少々可哀想になるが、心を鬼にして追い出す。

 リリィが自分をじっと見るので、アメリアは頷いた。

「あの、陛下」

「…なんだ?」

 リリィは立ち上がり、胸に両手をあてて一歩進み出て言う。

「私も、変わりますから…待っていて、下さい」

「!」

 ふわりと笑った笑顔は、出会った頃のような前向きな笑顔で…ここ3年間は見たことがなかった表情だった。

(相当、無理をさせていたんだな俺は…)

 ウィリアムは振り返り、微笑む。

「ああ、楽しみに待っている」

 そう告げると、コニーが開けた扉から背後を振り返らずに出て行った。

「…少しは、成長しましたか?」

「まだまだですね」

 アメリアがコニーに質問をすると、手厳しい答えが返ってきた。

 確かに王として足りないものが多すぎる。これからが、正念場だろう。

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