第49話 危険な花

 アメリアが離れへ飛び込む前、ウィリアムの元にはアルフレッドが来訪していた。

「花?離れの?」

「ええ。気になることがありまして…どちらから購入されたのかと」

「……」

 考え始めたウィリアムの顔色と表情がみるみるうちに悪くなっていった。

(やっぱり)

 アルフレッドはその様子で確信した。

「…その、小さい白い花を植えるよう頼んだ」

「宰相殿に?」

「…ああ。…もしかして、花の色が…変だという話か?」

 ガックリと、ウィリアムは項垂れつつ言った。

「!…ご存知でしたか」

「ああ。神官長に言われたんだ。結婚式の時に、控えの部屋で」

 小さく可憐な花なのに、リリィのために植えた花なのに「なんてことを言うんだ!」と怒った記憶しかない。

 神官長のルギーは、今思えば非常に残念な顔をしていた。

(あれは、俺に対しての顔だったのか…)

 王宮の小神殿へ務める神官長が言う言葉を、よく考えないで拒絶してしまった。

「それで、他にも見えた者がいるんだな?」

「はい。アメリア様です」

「なるほど…」

 フローライトの原石が見せたのかもしれない、と言うとウィリアムは頷いた。

 更にアルフレッドはダメ押しで用意しておいた証拠も話す。

「一応、裏帳簿も確認したのですが、非常に高価な花でして」

「えっ。そうなのか?」

「はい。見た目は山野に咲くような小さな花ですが、考えられないような値段でした」

 リリィの帳簿に付けられていたが、たった数株で貴族が身につける宝飾品のような値段だった。

「…まさか」

「はい。調べさせた所、薬草のようです。それもかなり希少な…」

 騎士に花を一株こっそり持ってこさせて研究棟へ持ち込み調べさせたが、光魔法を強く身に宿した者以外には普通の白い花に見える、と薬草辞典に書いてあったと報告があった。

 そして、媚薬に使われる薬草、とも。

「媚薬?」

「はい。…本人が強く思う感情を強化させるような役割を持つ、心に作用する薬草のようです」

 媚薬の材料のメインとなる薬草だという。

「!」

 心当たりがあるのか、ウィリアムは頭を抱えた。そして呟く。

「…浮かれた時はリリィが眩しく見えていた」

「はい」

「つまらない事があった時は…よく考えずに、誰かを憎んでいた気がする」

 最近は同じような事があったとしても「どうしてだろう」と考える余裕が出てきた。

 何が変わったか?と考えたらば、フローライトのピアスをつけた事と、離れへ通う頻度が減った事くらいだ。

 そこまで考えてから、ウィリアムはハッとする。

「…こうしてはおれん!リリィをあそこから出さねば!!」

(やっとか)

 ウィリアムはマイペースな兄に心の中で苦笑する。

「そうしましょう」

 努めて冷静に言うと飛び出すように執務室を出て行く兄に続いたが、途中ですれ違った騎士に目配せをされた。

(…もう、何かが起きた?)

 アメリアが絡むとこうも早く結果が出るのか、と思いつつ離れへ行くと花はまだ静かにそよいでいる。

「考えみたら…一年中咲いているんだ、これは」

 いつ来ても白い花を咲かせていた。

「それは妙ですね。普通、このような花は冬を越せないように思うのですが」

「ああ。…ん?」

 離れの扉を開けようとしたところ、内側から開いてマーカスが現れた。

「お待ちしておりました」

「!?」

「何があった?」

 驚いているウィリアムの代わりにアルフレッドが尋ねると、マーカスはひょうひょうと言った。

「こちらにいた専属のメイドがアメリア様へ攻撃魔法を行使したので、捕らえました」

「「攻撃魔法!?」」

 二人は驚く。それほど国内では…特に王宮では魔法について厳しく制限されているのだ。

「はい。魔法の発動体を持っておりました」

 アルフレッドの顔は険しくなり、ウィリアムは叫ぶ。

「リリィは!」

「”離れの君”は無事ですよ。アメリア様が護り、王宮へ運びました」

 そう聞くやいなやウィリアムは駆け出す。

「…居場所をたずねるくらい、しませんかね」

 時間を稼ごうとしていたマーカスは渋い顔だ。

「すまない。来るのが早すぎたか」

「いえ、自分で閉じ込めた娘をここから出そうとなさったのでしょう?なら、良いことです」

「はは…。表と周囲に植えられた花は、研究者に片付けさせる事にするよ」

 薬草と魔法に詳しい者が、防護魔法の腕輪を付けて行う。それほどまでに危険な薬草のようで、アルフレッドは側を歩く時に非常に緊張をしてしまった。

「離れは?」

「そうだな…一旦、更地にしようか」

「ええ。存在するとまた使われかねません」

 せっかくアメリアが彼女を救出したのだ。さっさと潰しておきたい。

「ところで、アメリア様と言ったか?彼女は魔法を使えないだろう?」

 身体強化くらい、と悲しそうに言っていたのを思い出す。

 護ったのはブリジットではないのだろうか、と思っているとマーカスはテラスへ案内をしてくれる。

「!!」

 室内の家具は切り刻まれたようになり、テラスの大きなガラス戸に至っては枠がぶら下がっているのみ。

 天井と床も何かがぶつかったような跡がある。シャンデリアはボロボロだ。

「なんだ、これは…」

「発動体を持っていましたからね、正規の威力が出たようです。そこへアメリア嬢は単身で突っ込み、風を剣で切りましたが」

「は?!」

 色々とおかしい。

「…剣で、切る?」

「幼い頃から、魔剣をお持ちですから」

「え???」

 怪訝な顔をするアルフレッドに、マーカスは楽しげに言う。

「いや、さすがは勇者ノーラの孫ですね」

「ゆ…勇者ノーラ!?」

 数十年前に国内で発生した大規模なスタンピードを収めたという、冒険者の女性だ。女性で”勇者”と呼ばれるのは珍しい。だから当時の古新聞を書庫で読んだアルフレッドは覚えていた。

 そう言えば、アメリアの祖父と祖母はスタンピードで出会ったと言っていなかったか。

「アメリア嬢はおろか、ほとんどの人が彼女のその後を知らないと思いますよ。ノーラ殿は表舞台に出ることを厭い、さっさと隠居してしまいましたから」

 そもそも、スタンピードを収めた時点で高齢だったのだ。彼女は若者に後を任せて死にゆく覚悟で先頭に立っていたという。

 マーカスは祖父や父から聞いて知っていた。

「勇者の…孫…」

「少々お転婆でも、申し分ないでしょう?だからこそ、あなたの妃にと推していたのですが」

 ジロリとマーカスはアルフレッドを睨む。

「うっ…すまない。行動が遅かった…」

 勇者の孫と聞かなくても妃にと望んだ相手だったが、忙しくしている間にメイソンに先手を打たれてしまった。

「アルフレッド様も、ウィリアム様も、我慢しすぎたようですね」

「本当にそうだな…」

 もぬけの殻になった離れから二人は出る。

 先代の王妃が亡くなり、父王が王宮から去り…ここへリリィが押し込まれてから、更に状況が悪化したように思えた。

「…兄上の心臓は、取り返したな」

「ええ。これで…宰相派も派手に盛り返すことはないでしょう」

 ”私の後ろには宰相様が”とエーファは言っていた。彼はメイドの戯言というだろうが、騎士団には大義名分ができる。

「いい加減に権力も、兄上の手に取り返さないとな」

 二人は振り返り、小さな屋敷を一瞥すると王宮へと歩き出す。

 ある部屋でひと悶着があることは分かっているが、ウィリアムが非常に苦手にしているコニーがいるから大丈夫だろうとは思う。

「アメリア様へ、手を上げないといいのだが…」

 速歩きで廊下を歩きながらアルフレッドは言うが、マーカスはしれっと返した。

「逆だと思いますよ」

「マーカス!」

「本当のことです。ウィリアム様は、それほどの事をしていらしたのだから」

 正直に言えば自分が殴りたいところだが、当事者の方がより効果があるだろうし、ウィリアムも反省するだろう。

「それはそうだと思うが…」

「なんでしょう?」

「アメリア様の手が汚れる」

「!……もうそろそろ、後戻り出来る内に、取り返しては?」

 真剣な目を前に向ける若者に告げると、彼は頷いた。

「そうだな。”僕”も我慢はやめよう」

(やはり、無理をしておられたのだな)

 マーカスは兄のウィリアムに比べて頼もしくなった背中をポンと一つ叩いたのだった。

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