第47話 救う
その少し前。
騎士団の鍛錬場の外周を、アメリアとマーカスがぐるぐると走っていた。
「アメリア嬢、乗り込んだら駄目ですよ」
「時と場合によります」
鍛錬用の服に身を包み、腰には元の大きさに戻したサーベルをさしている。
万が一に備えて、長い銀髪はスーザンに編み込みにしてもらった。
今日はイザベルのつわりが酷いと言うのでコニーから王妃教育を受けていたのだが、ブリジットが乗り込んだ時間からはソワソワして落ち着かず、事情を知っているコニーから「今日はやめましょう」と言ってもらえて今ここに居る。
アルフレッドはウィリアムのところへ行った。”花”の出どころが気になるから訊いてくる、と言伝があった。確かに、ウィリアムが自分で花を買ってきて植えたとは到底思えない。
リリィが危ないと物理で乗り込もうとした自分とは大違いだ。
「…エーファ・レギンスは、魔法を使うのでしょう?」
ブリジットが心配で昨晩に人事大臣をせっついて調べてもらったのだが、学園の履歴に”風魔法の適合者”とあったのだ。しかも、学園の成績が非常に低く”性格に難あり”とまで評価されていた。
「ですが、王宮内ではよほど力が強くなければ」
「マーカス様はどうしているの?」
いざという時に、騎士の魔法が弱ければどうしようもない。
「…そういう物を持っているのですよ」
機密なので見せられないのです、と伝えたがアメリアはきっちり彼の腕に付けられている腕輪を見ていた。
「目ざといですね…」
「こういう勘は鋭いのよ」
「本当に」
「言った自分が落ち込むから止めて」
”鈍い”とはイザベルに昔から言われている。何に鈍いのかは細かく教えてくれないが。
「まぁ…渡されていたら、危険ですね」
国内でも王宮内でも、本当の魔法の威力が出てしまう代物だ。
「もう渡されているのが確定の言い方よ、それ…」
「ですが持っていたら”違法”で検挙できます」
「…そうね。トカゲの尻尾切り、ですけれど」
エーファは処罰して追い出せるが、彼女がいくら「メイソンに貰った」と言っても宰相は「知らん」の一言で一蹴できる身分差がある。出どころはわからないままになるだろう。
(いえ、メイドならダイアナの名前を出しそうだわ。…でももう、あの人もいない)
相変わらず確定的な罪にならない所は、さすが宰相、と言うべきなのかもしれない。
しかし尻尾は有限だ。いつか本体に辿り着くと思っている。
「それで、いつまで回っているおつもりです?」
「…ずっと嫌な感じがあって。…それが無くなるまで」
ブリジットのメイド業はペンダントが渡せるまで無期限だ。
「彼女の任務が終わるまで?」
「そうですね」
アメリアの即答にマーカスは肩をすくめたが、そういう予感は無視しないほうが良いのを知っている。
黙って傍らについて走っていると、何かが割れる音がして鳥が飛び立った。
その方向は”離れ”だ。
「!!」
アメリアは瞬時に離れへと走り出し、マーカスも部下に目配せをしてそれに続く。
別の方向へ走って行ったオズはおそらく、王と王弟に連絡をしに行ったのだろう。
(さて、また"変わり"ますかね…)
大きくなったアメリアの背中を見ながら走って行くと、東側で魔法が使われている気配がした。
「アメリア嬢、玄関とは反対のほうです」
「分かったわ!」
直ぐに進路を変えていくと、池に面したテラスの睡蓮が無惨な状態になっており、テラスのガラス戸は粉々に砕けていた。マーカスは憎々しげに呟く。
「…確定ですね」
国で厳重に管理されているはずの魔法の発動体が、こうもアッサリ人の手に渡るとは。
「ブリジット!!」
アメリアが叫ぶと池の水が割れる。
水底に現れた泥の地面を走り、部屋へ飛び込むと見知らぬメイドがポーチを手にして笑っていた。
(あれが、エーファ・レギンス)
しかし当の本人はアメリアの顔を知らなかった。
「今更騎士を呼んでも遅いわよ!」
切り刻むような風がアメリアへと向かうが、構わずに突っ込んでいく。
編み込みにしている髪が切られて、風に舞った。
「こんな平民助けて何になるの?私の後ろには宰相様が…ちょっ…止まりなさいよ!!」
更に暴風を発動させてアメリアを押し戻そうとするが、彼女はそれをサーベルで十字に切る。
「ええっ!?」
風は4つに割れて天井と床へぶつかった。
「と、止まれ!!」
エーファの台詞を一切無視してサーベルをしまいつつ肉薄すると、逃げようとした彼女の腕を掴みそのまま背負って投げた。
「セイッ!」
手からポーチが外れ飛ぶが、アメリアは直ぐにキャッチする。
「ああ…またアメリア嬢か」
令嬢をぶん投げた姿に苦笑をしてしまう。やはり彼女が突破口なのだ。
マーカスが「確保!」と号令をかけると、目を回しているエーファを騎士が捕らえてその腕から結界の影響なく魔法を使える腕輪を剥ぎ取った。
「無事で良かったわ…」
振り返ると、ブリジットが震えているリリィを抱えて床にへたり込んでいる。
「アメリア様!…すぐに手当を」
鍛錬服は若干の防護魔法が掛けられているが、あちこち切れてしまっている。髪も、両側面がざんばらになってしまっていた。
「大丈夫よ、これくらい」
ニコリと笑って言うと、ポーチからペンダントを取り出して無事を確認しリリィの前へ膝をつく。
「はじめまして、リリィさん。これは、オークリーからの贈り物よ。貴女を護るもの」
「!」
驚いた様子でアメリアの事を見上げていた彼女だが、幼馴染の名前を聞いてハッとなる。
「つけさせてね?」
「…はい」
うつむき加減にすると、ふわりとミルクティーブロンドが滑り落ち白く細い首が見える。
(まったくこんなに痩せさせて…もう、我慢出来ないわ)
オークリーのペンダントを掛け終えると、彼女はそれに触れて寂しそうに笑う。
「貴女のご家族も、オークリー本人も彼のご家族も無事だから安心して」
「!!!」
リリィはこれ以上ないくらいに目を見開く。
その様子にアメリアもブリジットも心の中で想像のウィリアムに往復ビンタをくらわせていた。
「はい…はい…ありがとうございます…」
ずっと抑え込んでいたのだろう、涙が溢れてきてリリィは体を折って泣いている。
その背中をブリジットが撫でてアメリアに向かって頷いた。
アメリアは「ちょっと待っていてね」と言って立ち上がると、マーカスに告げる。
「護衛をお願いします」
「…承知致しました」
一人の女性騎士が近づいてきて、泣きじゃくるリリィを痛ましそうに見て抱き上げる。
それでもまだリリィは泣いていた。
もう一人の女性騎士に付き添われてそのまま騎士団の鍛錬場経由で王宮内へと移動をすると、人目を避けてある部屋へと連れて行った。
前から”特定の人”に悟られないように、”王妃教育を施す者で身重のイザベル用”として表向き整えておいた部屋だ。
そこへ入るとさっそく大きなソファへリリィを下ろして横にしてもらった。
「ブリジット、お茶を淹れてきてくれる?」
しばらく席を外してくれ、ということだ。
「…ですが…」
ブリジットはアメリアの傷を見る。
「大丈夫よ。かすり傷だし。…それよりも、あの人が気がつく前に話をしたいの」
ウィリアムが来たら、また彼女は連れ去られかねない。
ここに居れたとしても、ウィリアムは自分以外誰も入れさせないだろう。
「…分かりました。30分以内でお願い致します」
何が何でも引き止めてみせる、とブリジットは考えた。
「分かったわ。ありがとう」
ニコリと笑うと、ブリジットは女性騎士を伴って出て行く。
アメリアはリリィの傍らに座った。
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