第45話 潜入1

 悩む二人に首を傾げたブリジットへアメリアは簡単に説明をする。

「鍛錬場から気になる方向があってそちらへ行ったら、”離れの君”の居る離れがあったの。結界を越えてしまった私を連れ戻しに来てくださったアルフレッド様もいて、そこを陛下に見られたの。で、怒ってしまったのよ」

 そこまで言えばもう分かったようだ。ブリジットは微妙な顔になる。

「…怒るくらいなら、隠さなければよいですのに」

「君の言うことはよく分かるよ」

 アルフレッドも賛同している。

 メイソンにいいように使われてきたせいもあるが、この状態の元となったのはウィリアムの行動なのだ。

「私が様子を見に行きましょうか?」

「!」

 ブリジットの提案にアルフレッドはなるほど、という顔をするがアメリアは厳しい表情だ。

「駄目よ、貴女は武器を使えないし…」

「いえ、私は水魔法を使えます」

「そうなの!?」

 とたんにキラキラした表情を向けるアメリア。

 彼女は大量の魔力こそあれど、その力は筋力や体力に回されてしまい外部に顕現しないのだ。

「しかし、王宮には強い防護結界があるのだが…」

 魔法は非常に顕現しにくい状態となる。

「水でしたら少量で大丈夫です」

「ああ、なるほどね」

 しれっと言ったブリジットに、素早く返すアメリアだ。

 冒険者でもそういう戦法を取る魔法使いはもちろんいた。

「少しで、大丈夫というのは?」

 アルフレッドが質問をしてくるので、ブリジットがどうしようかとチラリとアメリアを見ると、彼女は苦笑しながら頷いて説明する。

「少しの水で鼻と口を塞げばいいのよ」

「!!」

 思わずギョッとなり腰を浮かすアルフレッドだ。

「…周囲には池もあるし、ちょうどいいわね」

「でしたら、無から水を作るより簡単です」

 そんな事を普通に話す二人の女性を見ながらアルフレッドは思う。

(私も…箱庭で育ってきたのだなぁ…)

 騎士たちは当然知っている事なのだろうが、訊いて教えてくれるものだろうか。

 やっぱり王宮が落ち着いたら冒険者の経験をしようか、とも思う。冒険者が駄目でも、あちこちを見て回り勉強をしたい。

「彼女は…この石のように、身を護るものがあるのか?」

「ええ。フローライトの石をイザベルに探してもらって、ペンダントにしてあるの」

「もちろん、今もつけております」

 それは胸元のリボンの下にある。これをつけてから、以前あった妙な幻聴も消えた。暗闇も怖くない。

「あと2つ、石はあるから…」

(でもそれはエリザと、ルイスに渡さなければならないし)

「あっ」

 思い出したように目を見開き、アメリアは「少々失礼します」と言って隣にある自分の執務室へ下がるとすぐに戻ってきた。

「これを…」

 ブリジットをソファへといざない、優しい金色をしたペンダントを見せる。

「それは?」

「リリィさんのペンダントよ」

「え??」

 アルフレッドとブリジットが、よくわからないという顔をしている。

「この中にフローライトが入っているわ」

 ペンダントヘッドは小さなアップルパイのように編みこまれ、中に小さなフローライトの原石が入っている。

「これはね、リリィさんの…幼馴染から託されたものなの」

 彼女の幼馴染のオークリーと対面した際に、渡されたペンダントだ。

 彼はずっとそれを隠し持っていた。


「俺たちが自我を失わなかったのは、コレのお陰かもしれない」


 そう彼は言っていた。

 攫われて薄暗い一室へリリィの家族と自分の家族とともに詰め込まれ、黒いローブを身につけた人物が入室してきたが「魔法がかからない!」と女の声で喚いて怒って出て行った。

 それからでっち上げの罪状で裁判が行われて、死刑が決まってしまったと言う。


「魔法…」

「彼らにある、リリィさんの記憶をどうにかしようとしたのかな、と思ったの」

「それは、光魔法の対極にあたる魔法ですね」

 ブリジットは厳しい顔で言いアメリアは頷いた。


 オークリーは庭師の仕事の一環で、雇い主の要望を聞き山にある植物を採りに行ったりもする。

 小さな小川で休んでいた時に光る石を見つけて持ち帰り、知り合いのドワーフの加工職人に見せたら「フローライトだな。邪悪なものを寄せ付けない貴重な石だ」と教えてもらった。

「初めは指輪にするつもりだった」とオークリーは自嘲気味に笑っていた。

 研磨すると「もっと小さくなってしまうから勿体ない」と言われて、ペンダントにしたそうだ。

「俺が作れたのが…ペンダントって事は、そういう事なんだろうな…」と非常に淋しげに言うものだから、アメリアは「あなたが彼女を大切に想っている気持ちは必ず伝わるわ」と同情した。


「ずっと渡したかったのだけど、渡せていなくて…」

「仕方ありません」

「陛下に任せても、そのような事情なら捨てられてしまいますね」

 三人はなんとも言えない表情で、ペンダントを見つめる。

 リリィがウィリアムと会わなかったら、彼女は全く別の人生を歩んでいたかもしれない。

(それはもちろん、結果論だけど…)

 アメリアが黙っていると、ふと、アルフレッドが気が付いたように言う。

「そう言えば…彼らが助かったと、兄上は説明したのだろうか」

「…流石に、話すと思うのだけど」

「陛下は離れへ女性以外近寄らせないという徹底ぶりと聞きます。そのような方が幼馴染の話を…するのでしょうか?」

 ブリジットがメイド仲間から訊いた情報を話すと、アルフレッドも同意した。

「なるほど。家族の話をして望郷の念に駆られるのを嫌がりそうだ」

「…玩具を取られたくない子供のようね…」

 呆れるアメリアに、アルフレッドは苦笑する。

「それだけ…彼女を手放したくないのでしょう。以前は唯一の味方だったでしょうから」

「囲って逃げないようにして、味方って言うのかしら?」

「私は陛下自身の”逃げ場所”、だと思います」

 手厳しい二人の女性にアルフレッドは「はは」と短く笑うしかないが、こういう部分もウィリアムの周囲にいる自分たちに必要だった物なのかな、と思う。

「では、お話ができるようになるまで…このペンダントに護ってもらう、ということにしましょう」

「ええ。ブリジット、お願いするわね」

「!…頭を上げて下さい!私がコニー様に怒られます!」

 ブリジットは慌てて言うが、更に驚く事があった。

 アメリアが自分を抱きしめたのだ。それはとても優しい包容で、遠い昔の母を思い出させた。

(え、え…どうして今、お母様を思い出すの…?)

 混乱して固まっていると、アメリアは体を離して言った。

「…危ないと思ったら、すぐに…窓でもなんでも壊してもいいから、すぐに離れから出なさい」

 水の魔法を使う者は水の精霊に好かれている。

 池に飛び込めば精霊が護ってくれるだろう。

 ブリジットは神妙な顔をして頷いた。

「はい、承知いたしました」


◇◇◇


「…欠員に補充する?」

「はい。…あの、例の場所に」

 人事大臣のバレー侯爵は偶然廊下で会う事ができた人物へ報告をしていた。

(良かった、あの部屋へ行かなくて済んだ)

「あの場所か。誰だ?」

「いつもどおりで、男爵家の女性です」

「名は」

「ブリトニー・ヒューという28歳の…」

 ヒュー家はフォックス家の遠縁の家名だ。

「いい。勝手に配備しろ」

 話を遮り顔色の悪いメイソンは去って行く。

「承知いたしました」

 お辞儀をするとメイソンの遠ざかる足と影だけが見える。

(…っ!?)

 その影が動いた気がした。

 バレー侯爵は足早にその場を立ち去る。

(くわばら、くわばら…)

 ある日突然、仲が良くなっていた王と王弟から、宰相がもしかしたら”人外の者”と手を組んでいるかもしれないと言われ、大きな月光石のお守りを渡されて以来、メイソンが怖くて仕方がない。

 会うと手足が氷のように冷たくなるのだ。反面、月光石は懐で暖かくなる。

 以前は普通に入れた執務室も、オーク材のはずの扉が真っ黒いように思えて怖くて入れなくなっていた。

(セルト様がまともで良かった…)

 セルトはメイソンの長男だ。今はフォックス公爵領を治めている。

 王、または王弟に言われたのか先日にセルトとその妻…自分の娘であるセリーヌの手紙を騎士団の副団長であるクレイグ侯爵から受け取ることが出来た。

 その内容には、やはり宰相が危険な者と手を組んでいる事が確定的に書かれており、ギリギリの線で従うように見せているという事が書かれていた。娘のセリーヌからは、自身も子供も無事だから心配せずに自分の身の心配をして下さい、と気遣う言葉が届けられた。

(今まで逆らわずにいて、よかったのかもしれない…)

 なお、それまで張りつめていた緊張がぷつんと解けてしまい、そのまま倒れてクレイグ侯爵に運ばれてしまったのだが仕方のないことだろう。

 手紙は「読まれるとセルトたちが危険」とのことで、泣く泣く焼却をした。

 それからは、周囲も何かに気が付いたのか徐々に皆が離脱しつつある宰相派から、若干の距離を取るようにしている。

 気づかれるだろうか、と思ったが定期的に報告をしているお陰で特に疑われていない。

(そのことよりも…宰相殿は一段とお年を召されたような…)

 以前は67歳とは思えない快活さだったはずだが、数ヶ月前から一気に年齢を重ねた…それこそ、彼の領地にいるご両親の年齢に近くなっているようにも思える。

(だが…宰相の地位を、セルト様に譲るようにも見えない)

 よほどのことがない限り、自分に息子が居れば英才教育を施して自分の後継とする。

 宰相の権力を存分に振るっていた彼が、他家に地位を明け渡すようにも見えないのに、不思議でならない。

 もしかしたら息子にも譲る気がないのかもしれないが。

 ふと、思う。

(宰相殿も…人ではないのか…?)

 いやいやいや、なんでもないです、と彼は首を振る。つい、周囲を確認してしまったが、魔石灯が輝き廊下を明るくしているだけだ。

(…陛下に言われたように、静観していよう…)

 王と王弟、王妃も騎士団も動き出している。

 しばらくはスパイのような活動をしなければならないが、勢力図はすぐにひっくり返るだろう。

(普通に、普通に…仕事が出来るように、なりますように…)

 若干情けない目で、窓越しの青空を見るバレー侯爵なのだった。

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