第44話 反省と問題
アメリアはアルフレッドに連れられて、王宮の自分の隣の部屋にある応接間へ戻っていた。
ブリジットが落ち込んだ様子のアメリアを見て、慌てて紅茶とお茶菓子を用意してくれる。
そのまま退室をしようとしたが、アルフレッドに引き止められて部屋の片隅に控えていた。
(王弟殿下だけど、いいのかしら…)
そう思いつつ、王妃付き筆頭メイドのコニーからは「王妃と、王以外の男性は二人きりにしてはなりません」と言われていたので、彼女はおとなしく従い静かに佇む。
先に口を開いたのはアルフレッドだ。
「…ありがとうございます」
「どうしてお礼を?」
「兄上を、いつも叱ってくださる」
「なりゆきです」
あの歪んだ世界をもう一度体験したくないし、誰も死なせたくない。
もう少し冷静になりたいのだが、またしても自分とアルフレッドを悪者にしようとしたので、悲しみと同時に怒りが湧いてしまった。
「…兄を一人の人間として叱ってくれるので、とても効果があるようでした」
「そうですか?」
分かってくれてたと思ったのに、分かっていなかったと思ったのだが。
「ええ。いつも兄上には…”王”という言葉が必ずついて回る。あなたはそれを使わなかった」
アメリアは顔を上げて対面に座るアルフレッドを見る。
「ウィリアム様は王の自覚がありません。王と呼ぶと、他の人を叱っているように思えるでしょう?」
国を背負う自覚が無い。理解していないのか、目を逸らしているのかはわからない。
「…それを皆、不敬と考え実行しません」
「その空気が駄目だわ。王に期待をしないくせに変えようともしない。貴族としての責務を放棄しているわ」
王宮の仕事は、なんでもかんでも王がやる訳でもない。
例えるなら船の舵取りでもなく、航海士でもなく…目的地を決めるだけの人だ。
目的地が見えなかったり場所がおかしいのなら、きちんと言わなければならない。
「よろしくない空気を作り出したのは、宰相様ですの?」
王宮に上がる前の、宮中の事は知らない。
「…そうですね。今思えば…私たちは、貴族とも一線を引かされていたように思います」
王族は特別なのだと、理由を言わずにただ言われてきた。
自分は疑問を持ち彼の庇護から逃げ出し、様々なことを外で教えてもらった。
しかしそれが出来たのも、王弟という身分があったから。メイソンをよく思わない一派の駒にされている事はよくわかっている。
「駒に甘んじて、兄上をあそこから救わなかったのですが…」
「アルフレッド様のせいではないでしょう。子供は環境が育てるものですから」
歪んだ世界で、頑張ってルイスを育てたつもりが、自分の見ていない隙に彼はすっかり別の人達に教育されていた。
遠い目をしたアメリアの、悲しみをたたえた澄んだ青い目を見ながらアルフレッドは言う。
「まるで、育てたように言うのですね」
「…私も、子供でしたから」
冒険者の多い自由な風土のある領地で、アメリアは伸びやかに育った。
「なるほど。子供の時から、お転婆だったのですか?」
「…もう、マーカス様のせいでお転婆が固定化されてしまったわ」
むすっとした顔で言うアメリアにアルフレッドは笑う。
「騎士団の鍛錬場で剣舞を舞う王妃様はそうそうおりませんよ」
「…見ていらしたの?」
「ええ。見惚れていました」
「!」
素直に感想を告げるアルフレッドにどういう顔をして良いか分からず、アメリアは紅茶を飲む。
「訊けば…私の15の成人のお祝いに、剣舞を舞ったのは貴女だとか」
「そうなんですの?…王宮で踊ったことは、一度だけありますが」
当時は11、12歳くらいの時だったか。結婚していると知り初恋は散ったがやっぱり大好きなマーカスにお願いされて、喜んで引き受けたのを覚えている。
あまり背景は考えておらず、剣舞を終えて戻るとイザベルがとても楽しそうな表情で出迎えてくれた。
父は非常にむっつりとしていて、母はニコニコしていたな、という思い出があるくらいだ。
「その後、非常に噂になったのですよ?あの美しい少女は誰か、と」
「まさか」
「本当ですよ。マーカスが言いふらしましたから、おそらく婚約の申込みが殺到したはずです」
「!…それで、父が不機嫌に…」
翌日は楽しみにしていたイザベルとの買い物の予定だったが、急に「領地へ帰るぞ!」と言われて馬車に詰め込まれたので一ヶ月は口をきかなかった。
「まぁ、そうなるでしょうね」
今、苦笑しているアルフレッドもその一人だった。
手紙を送った者たちは騎士団の副団長でもあるジャックが怒気を振りまいたせいか、彼が義理の父となることに気が付きその事を恐れて求婚をしなくなった。
(時候の挨拶を送ったこともあるが…お父上に握りつぶされていたな、これは)
心の中で苦笑するアルフレッドだ。
「…もう少し、違う形で出会いたかったです」
意味を含めた目線を送ったが、アメリアは気が付かない。
「そうですわねぇ。騎士団に入っていたら、内側から切り崩せたのかしら…」
「ん?…そ、そうですね。それも一つの道かもしれません」
侯爵令嬢として就職先が若干おかしいが、そうなれば毎日会いに行っていたかもしれない。
たとえジャックに邪魔されようとも。
(だが…彼女は、全く気が付いてくれないな)
エリオット公爵令嬢は、自分がアメリアを見ていただけで「凄まじく鈍いですわよ」と教えてくれた。
どう迎えようかと策を練る前に、公務で忙しくしていたら…いつの間にか、策略に巻き込まれていた。
しかし彼女が来たことで兄は代わり、宮中の勢力図も日に日に変わっている。
(だとしても、兄上は彼女を…いや、彼女と子を設けないだろう)
アメリアは”王妃”という役職を全うしているというのに。
(…兄上にはもったいない)
つい、そう考えてしまう自分が嫌になるアルフレッドだ。
「やはり、きちんとお話しないと駄目ですわね」
「!…兄上とですか?」
「いえ、”離れの君”と」
宮中の勢力図が反メイソン派へ傾くくらいウィリアムが変化してきているから、そろそろ命が危ういかもしれない。
メイソンたちが贄を使い”時の遡り”を実行しているかはまだ仮定だが、ウィリアムの心臓を握られっぱなしなのも良くないだろう。
「ですが、先程の状態ですと…」
離れにまた近づいただけで激怒するかもしれない。
「そこなの。…陛下以外はなんともない気がするの」
「何がでしょう?」
「リリィさんが絡むと、陛下は普通では居られなくなる」
アルフレッドは王妃であるアメリアに非常に言い辛いと思ったが、素直に伝える。
「…愛する人だから、ではないのでしょうか」
「だとしたら、余計に…守ろうと、冷静になりませんか。あのように八つ当たりをして…」
歪んだ世界で、ウィリアムはリリィを何者かに殺され我を失っていた。
勝手に犯人を決めつけ、尋常ではない力でアルフレッドを剣で刺し、我に返った。
「そうですね、先程の兄上は子供のようです。一時の癇癪のような感じでした」
「子供…そう言えば、そうだわ」
アメリアが怒ったらすぐに我に返り、こちらをなだめようと両手のひらを前に出してきた。
その落差。
(何かに操られていたのかしら…)
ルシーダならできそうだが、今はその気配を感じない。
遠隔で操る方法などあるのかと考えて、離れで見た物を思い出す。
「あ」
「…なんでしょう?」
「あの花」
「花…ああ、あの白い花ですね」
「……白い?」
「ええ。小さな白い花です。葉は柊のように少し尖っていて…」
そこまで言ってアルフレッドは険のある表情のアメリアを見る。
「…アメリア様には、何色に見えるのでしょうか?」
「赤黒い花、葉や茎は紫色だわ」
「!…それは、本当でしょうか」
ゴクリと唾を飲み込んだアルフレッドに、部屋の隅からブリジットが「失礼ですが」と声をかけた。
ブリジットが学者を多く輩出しているフォーミュラ家の出身だということをアルフレッドは知っていたため、訊いてみる。
「なんでしょうか、ブリジット」
「「!」」
アルフレッドが彼女の名前を覚えていることに二人の女性は驚きつつ、ブリジットは口を開く。
「…王宮内にある小神殿へお勤めの神官長様は、私の祖父の兄にあたるのですが…」
「あら!そうなの」
結婚式の際にいた、人の良さそうな神官だ。
「はい。ルギー・フォーミュラ様です。その方が、アメリア様と同じことを話されておりました」
「「!!!」」
アルフレッドとアメリアは顔を見合わせる。
「ですので、離れには間違っても近寄らないように、と言われていました。私には、白い花に見えます」
「私は、きっとこれがあるから…」
フローライトの大きな石を手のひらに乗せる。
「ルギー殿は、光魔法をその身に宿しておられる。…聖なる力を持つ者だけが、花の色が白く見えないという事か」
「あの花は、心を操るのかしら?」
「…と言うよりは…」
二人の背後にいたウィリアムを振り返って見た時の彼の表情は、交流のなかった兄の顔そのものだった。
いつも不機嫌で、疑心暗鬼に駆られて、焦っている。
(花が”気持ち”を増幅するのなら…)
離れへ頻繁に通うウィリアムが、最も影響を受けやすいのかもしれない。
それが少しで済んでいたのは、フローライトのピアスのお陰か。もしくは公務に戻ったことにより通いが減ったためか。
兄が常に持っているのは、”疑心”、”嫉妬”、”恐怖”、”怒り”、”固執”…などなど、負の感情が多い。
「…花は、負の感情を増幅させているのかもしれません」
「リリィさんが危険だわ!」
アメリアは立ち上がるが、アルフレッドが制止する。
「まだ、大丈夫です。彼女は3年ほど前から離れに居られますが、気が触れた様子や、病にかかった様子はありません」
それに、と目を伏せるアルフレッド。
「…先程の今で、離れには近寄りがたい」
「うう、どうしたら…」
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