第42話 疑い

 その後は鍛錬着に着替えて鍛錬場へと向かう。

 鍛錬場へ続く扉の前でブリジットと分かれて、後は騎士が遠目で見守るのみ、だ。

 マーカスが気を利かせて人が近寄らないようにしてくれている。

 この時間は貴重な”振り返り”の時間である。

 アメリアは準備運動をしながら考えた。

(…問題は、メイソンたちが未来を知っているか…よね…)

 歪んだ世界でも"今"でも、ウィリアムの性格は…素地は既に確定していた。

 結婚後、アメリアが我慢せず動くことにより段々と変わってきたてくれたが…以前は、もっと監視の目がきつくて自分以外の人と話す時間が非常に短かったように思う。

(ダイアナが、鍵だったのね)

 騎士団長や人事大臣には、王と王弟から「黒髪金目の者は雇わないこと」と直接命令してある。

 その際、人事大臣は「えっ」という顔をしたそうだ。

 問い詰めた所、宰相に「必ず雇え。職場は自分が決める」と言われている容姿だからだそうだ。

 なお、人事大臣の憂いはまだ晴れていないが「必ずなんとかする」とウィリアムとアルフレッドが伝え、宰相に従っている風を装ってもらい、何か命令をされたら連絡をしてもらう手はずになっていた。

 少しずつ、宮中の勢力図が塗り替えられているが、不安はまだ拭えていない。

 特に、消えたダイアナ…ルシーダの行方が半年たった今でもわからないのは、気味が悪かった。

 指名手配もされているが見つからない。ある日ひょっこり現れそうだ。

(ルシーダは…名前と姿を変えて王宮へ常に入り込んでいたようだし…)

 王と王弟を見ていた怖い教育係の名前はドロシーという名前だったとウィリアムに聞いた。

 王妃付き筆頭メイドになったコニーに、先の王妃シルファ様に仕えていた人で黒髪金目が居なかったかと聞いたらば、ルーシーという者が居ましたね、と言っていた。

 その際に彼女の気配がわずかながらピリッとしたため、”大嫌い”の部類だったのね、とアメリアは感じた。

(似た名前ばかり…)

 メイソンの姉ルシーダは70歳くらいのはずだが、王宮に定期的に現れる人物については3、40代くらいの女性だった、と皆は言う。

 そして大抵は、”尊大で他者を見下す”ような人物像のようだ。

(きっと全員同じ。危険な魔法と毒を使う人)

「…人なのかしら?」

 正直、姿を変えている時点でもう人外のような気がしてならない。人のような姿に変化する魔物もいるのだ。

 その時、胸元のフローライトが肯定するかのようにほわりと光った。

「!!」

(ほ、本当に…人では、ないのね…?)

 そんな者が気軽に王宮へ出入りしていたかと思うとゾッとしてしまう。

(月光石を宮中に配置し終わったから中へ入り込めない、が希望なのだけど)

 人ではない邪悪な者ならば、もし入り込んだとしても自由に動けないだろう。

 どちらも希望的観測だがそう信じたい。

(…あら?)

 準備運動が終わり鍛錬場の外周を走っていると、ふと気になる方向がある。

 騎士団の鍛錬場は王族の住まう場所の近く…王宮の北西の部分にあるが、ぐるぐると回っていると鍛錬場の北東近くになると肌がチリッとする。

(あちらは…)

 走りながらそちらの方向を見るが、針葉樹がたくさん植えられていてその先があまり見えない。

 しかし、なんとなく分かる気がした。

(リリィさんが居る、離れがあるのかしら)

 未だに会っていない。今のウィリアムになら願えば会えたのかもしれないが、王妃教育や公務などで忙しい日々を送り最近ようやく、今のように自分の時間を持てるようになったのだ。

(手札だから殺さないでしょう、と言っても限度があるわよね…)

 少々怖いことがあるのだ。

 万が一、メイソンとルシーダが時を遡っているとしたら、それに見合った対価が必要なはず、という事だ。

 隙間時間に書庫へ通い読み込んだ、闇魔法を取り扱う本にはそう書かれていた。

 書庫のどこに何があるかわからないので、最初だけ一緒に来てもらったイザベルには「あまり長い時間ここに居ないように」と釘を刺されるほど、危険な内容の書物ばかりだった。

(リリィさんは、少しだけ光魔法の適性があるというし、邪神の贄にするには最適よね…)

 自分でそう考えたくせに、ブルリと震えがきて腕をさするアメリアだ。

「…行ってみようかしら」

 木立から少し覗くくらいなら、怒られないだろう。

 走りながら北側の木立へ入ると、空気が変わる。

(何かしら…)

 防護魔法のような、膜を通り抜けた感覚だ。

 鍛錬場を見失わないように真っ直ぐ北側へ走っていくと、間もなく林が切れた。

「…!!!」

 その先にあったのは、湖に浮かぶ小さな一階建ての白い屋敷。

 エントランスへ通じる太い一本道がありその前には騎士が立っていそうなものだが、誰も居ない。

(いえ、その事はどうでもいい)

 その道に、湖の周囲に奇妙な花が植えられている。

(気持ち悪い…)

 茎と葉が紫色で、赤黒い小さな花弁を持つ花だ。

 それがびっしりと植えられている。

(等間隔に植えられているから…人の手で、植えられたものだわ)

 針葉樹の太い幹に隠れて見ていると、先程のピリッとした感じが強くなったように感じた。

(でも…この感覚は花ではないような)

 花は湖の外周にも植えられているが、気持ち悪いと感じるだけでピリッとした感覚はない。

(どちらかというと、屋敷のほうに…)

 ポン。

「!!!」

 肩に手を置かれてアメリアが驚いて振り返ると、口に人指をあてたのはアルフレッドだった。

「驚かせてしまい、申し訳ありません」

 アメリアはどくどくと脈打つ心臓に手をあてて、ほっと息を吐いた。

「騎士が、アメリア様が木立へ入っていくのを見ましてね、私に相談をしてきたのです」

 彼はちょうどマーカスに用事があり、鍛錬場の近くにいたそうだ。

「その方角が少々微妙な場所でしたので、私が参りました」

「そうでしたの…お手数おかけして申し訳ないです」

「いいえ。…王妃様なら、この場所が気になるのは当たり前ですから」

 そう言ってアルフレッドは屋敷をじっと見ている。

(…おかしいわね。花にはまるで目がいってない)

 アメリアは彼に質問をしてみることにした。

「こちらは、例の?」

「ええそうです。まだ、兄上は通われているようですが…申し訳ありません」

「あ、それはいいのよ」

「え」

 公務と勉強さえ…やる事をやってくれれば、ここへ来ようと別に構わない。

 今更自分の方へ来られても、受け入れられない。

「それより、ずいぶんお花がたくさんあるのね?」

「それより…?」

 アメリアの言葉を反芻していたアルフレッドは我に返り、適当に相槌を打つ。

「ええ。”離れの君”が好きだという花だそうで」

(…どういうこと?)

 静かで嫋やかなイメージのある女性なだけに、赤黒い花と結びつかない。

 かすみ草やスミレ、すずらんなどが似合うと思うのだが。

「お気に召しましたか?でしたら、兄上に花の名前を聞いて…」

「いいえ、違うの。その、あの花の色は…」

 そこまで話したところで、ザッと足音がした。

 二人で同時に振り返ると、非常に怖い顔をしたウィリアムと困ったような微笑みを浮かべたマーカスが立っている。

「兄上、あの花は」

「おい、なぜここにいる」

「!」

(まずいわ。話を聞かないモードに入っているわ)

 案の定、アルフレッドが理由を話そうと口を開きかけたところでウィリアムが被せてくる。

「私は」

「やはり、お前たちは結託しているのか」

 その言葉に、嘲るような表情に、アメリアはカチンとくる。

「やはりとはなんです、やはり、とは!」

 怒気を纏い一歩進み出ると、人の怒気が非常に苦手なウィリアムがハッと我に返る。

「い、いやその」

「私は鍛錬中に妙な気配を感じたのでそれを辿りこちらまで来たまで!…それを見た騎士が近くにいたアルフレッド様へ相談して、呼び戻しに来ただけです。防護結界があるのでしょう?」

 その問いにはマーカスが頷いた。

 宮中のあちこちに掛けられているが、基本、王族はスルーできる。

 だから騎士は自分が通れない場所だと悟り、アルフレッドを呼んだのだ。

「だいたい、結託したからなんだと言うのです。陛下を蹴落とすくらい、アルフレッド様のお力を借りなくてもできますわよ!」

「アメリア嬢」

 ゴホン、とマーカスが咳をするが彼女は止まらない。

「…公務を投げ出して、その投げ出した公務をずっと拾い上げてやっていたのは誰だと思ってますの!」

 歪んだ世界では特にそうだった。

 二人で必死に公務をこなしていたというのに…最後は策略により、ウィリアムが手を下してしまった。

(あの時とは、違うのだけれど)

 やるせなさが次から次へと溢れれくる。

「後からやってきた私はまだいいのです。ですが、血を分けた兄弟を…そんなに信じられませんか!?アルフレッド様は、あなたの中に流れる血と半分は一緒ですのよ!?」

 ウィリアムの目を見ながら一気に伝えると、彼は両手を前に出して困ったように言った。

「ま、待ってくれ。大きな声を出すと、リリィが…怖がる」

「怖がる?もう、とっくの昔から…ずっと彼女は怖がっているわよ!…こんな場所に一人きりで閉じ込めて、あなたが王ではなかったら…いいえ、王でもただの拉致監禁者よ!?」

「!!」

 ウィリアムはアメリアの気迫に押されたように半歩、下がった。

 マーカスは「言ってしまったなぁ」という顔をして、アルフレッドは驚いてその光景を見ている。

「し、使用人はいるぞ」

「だから何!?…王宮へ上がる使用人は皆貴族。その中に平民を置いてきちんと敬われるとか…思います?」

「!…い、いや、リリィはいじめられているなど言ってな」

「言うわけないでしょう!…愛する人の、しかも一国の王の、手を煩わせてはいけないって思うはずよ。イジメられるのも自分が平民で、学もないしマナーも何も出来ないからって落ち込むのが普通よ!」

「……っ」

 ウィリアムは愛を与えるばかりで、彼女の事をきちんと理解していないのかもしれない。

「だいたいなんです!あんな気味の悪い色の花で屋敷を囲んで…」

「え?」

「あなたの愛は重すぎます!いえ、重たいくらいじゃ足りないわ、どろどろのネバネバよ!」

「はい!そこまでです」

 マーカスは二人の間に入った。アルフレッドは少し迷った後、アメリアにつく。

「言い過ぎですよ、アメリア嬢」

 マーカスに背中越しに言われたが、彼女は「だからなんですか」という目を向けてきた。

「言わなければ、気が付かないわ。その方は、特に」

 裏を読むのが苦手な男だ。勝手に誤解をして、勝手に距離を置いて、悲観して、怒っている。

(…そして、寂しがっている)

「言わないのなら言うほどの事ではない、ではないのです。言えないこともある。…自分から訊くべきなんです。ウィリアム様は」

 歪んだ世界ではウィリアムの心は全く分からなかったが、今の世界ではまだ少しだけ分かる。

 不器用もいいとこだが、そろそろ自分で自分の殻を脱いで欲しい。

 本当に小さい声で傍らに立ったアルフレッドが「わかります」と伝えると、そっと手を差し出してエスコートする。

「アメリア嬢、戻りましょう」

「…はい」

 言いたいことを言ったアメリアは少しだけ頭が冷えて、アルフレッドに連れられておとなしくその場を去った。


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