第41話 信頼
王へ嫁いでから半年。
恒例の午後3時のティータイムで、アメリアはウィリアムから今日の出来事を聞いていた。
王妃付き筆頭メイドも決まって彼女の周囲は引き締まり、王妃教育も始まりますます忙しい日々を送っているのだが、これだけは外せない。
”離れの君”に公務の話をしても難しいだろうし、内容を聞き出すなどで脅されても可哀想なので「絶対に話したら駄目ですよ!」とウィリアムへ念押ししたせいもある。
「今日は、国内の事業を見直してきたんだ」
「どのように?」
「金属は隣国の輸入に頼る部分が多いからな。鉱山を探してみよう、という事になった」
(なるほど、それなら戦争を始めようとしているメイソンも許可しそうだわ)
事実、事前にアルフレッドと考えた意見はすんなりと通り、以前から目を付けていた山で試験的な採掘が行われると言う。
(歪んだ世界では…ネルス鉱山で大規模な事故が起きたという事しか、鉱山関係は聞いてないわねぇ)
鉱山は数値が絡みやすいので、アルフレッドに丸投げしていた。
「ドーラ、ネルス、トルスという山が有力候補だな」
「!」
どうやらまだネルス鉱山は採掘までには至ってなかったようだ。
(ヒントを出そうにも…喋りすぎかしら…)
「宰相はどうしてか、ネルスがいいと言うんだ」
(なんだ、もう言ってるのね…って!!)
なぜ知っているのだろう。
やはり彼らは歪んだ世界で…未来を何らかの形で知っていたのか。
「どうした?」
「いいえ…その、宰相様はどうしてその場所を推していますの?」
「いつの間にやったのか下調べしたとかで…しっかりとした鉱脈がある、と言うんだ」
その通りだ。
ネルス鉱山が事故の後一時閉山して、国内の鉄需給の状態が混乱したことがある。
隣国に鉱山を持っていたイザベルが生きていればすぐさまそちらから調達してくれたのに、と考えたのを覚えている。
(ううーん)
しかし採掘を止めるにも理由がいる。鉱脈の発見が早くなれば国内の産業も上向きになるのは確かだ。
(でも、釘は刺しましょう)
知っているのに何も言わずにいて事故が起きたら、歪んだ世界と同じように死者が出てしまう。
「ではゆっくり、全てを調査して下さいね。鉱脈が見つかっても、焦らず」
「どうしてだ?」
「だって、今まで手つかずだった山を掘るんでしょう?なんだか、怖いわ」
事故の原因を知らないのが痛い。
しかしウィリアムにその不安が伝わったのか、彼は頷いた。
「…そうだな。他の山もちゃんとした候補だ。鉱脈が無いというのが決まった訳ではないし…。それこそ、魔獣なんぞ居たら、鉱夫ではひとたまりもないか」
ホッとしつつアメリアは賛同した。
「ええ。手つかずの自然ですもの。それに、山には神様がいると聞いたことがあります。もしそれが本当で怒らせてしまうのは避けたいですし。…地元の方には話を聞いて、きちんと協力体制を築かないといけませんわ」
良い鉱脈が見つかったからと言って強引に事を進めると、足元をすくわれかねない。
(あの20年で随分臆病になったけど…ううん、これは慎重なのよ!)
と自分に言い聞かせることにした。
「なるほど。地元住民なんかの話は聞いていない。無視するのは良くないな」
さすが平民に恋をした男である。だいぶ平民びいきだ。
「そうですよ。山なら狩りなど、彼らも生活があるでしょうし」
狩り場を追い出される者についても、何も協議していないという。
「ふむ…アルフレッドと相談して、全ての山できちんと調査をする事にしよう」
「ええ、お願いしますわ!」
このような感じでティータイムは終わり、ウィリアムはアルフレッドと相談に入る。
宰相とは一線を引いた様子に、また、自分できちんと考えて発言しているウィリアムを見て、貴族たちは彼を見直してきていた。
そしてどちらにつこうか、揺れ始めてきた、と。
(そう、アルフレッド様は言っていたわね)
とても嬉しそうな様子だった。兄弟の仲が良いのでアメリアも嬉しくなる。
王と王弟、王妃が笑顔なので自然と宮中の空気が和らぎ、以前のような静まり返った状態から活気のある状態へと変化していた。
ブリジットも「前は物音を立てると怒られていた」と言い、その変化を喜んでいた。
ちなみに怒るのはやっぱり、ダイアナとその配下の者、だったそうだ。
そのダイアナは、宮中を歩き回っても気配がしない。
月光石が効果を発揮しているのか不明だが、前ほど暗がりが怖いとは思わなくなっていた。
「今日はあの感じだと、お酒はなさそうね」
宰相のメイソンがたまにウィリアムの意見を否定してくるのだ。
そういう時は不機嫌な顔をしてティータイムにやって来るので、反撃の準備をしたあと「夜にお酒を飲みましょうね」と誘っている。
最近ではその飲み会に、アルフレッドも参加するようになっていた。
(でも、全然酔わないのよねぇ。パメラ様がお酒強いのね、きっと)
パメラはアルフレッドの母で先王の側室だ。今は先王ウォルスの静養に付き添っている。
(そのうち挨拶に行きたいわね…)
歪んだ世界では叶わなかったことなので、ぜひ実現したい。
ティータイムが終わるとスーザンまたはブリジットが部下を従えてやって来て、片付けをしてくれる。
今日はブリジットだ。
「このあとは鍛錬でしょうか?」
「ええ、そうね。後で着替えるわ」
「承知いたしました」
いつもの会話をしていると、ブリジットが嬉しそうに報告してきた。
「アメリア様、陛下は離れ通いが減ったそうですよ」
「あらそうなの?」
すっとぼけて言うが、心の中では「まぁそうでしょうね」と思っている。
以前は会議や少しの公務以外、ずっと離れへ引きこもっていたはずだ。
「騎士たちが言っていましたよ。いちいち護衛をしなくて助かるって」
「ああ、陛下って王様だものねぇ」
当たり前の事だが、以前はその片鱗すらなかった。
公務から逃げるために、現実逃避するために通っていたのだろうな、と思う。
「そろそろアメリア様にも目を向けてもらいたいですね!」
(あらら、そうなるのね)
アメリアは苦笑しながら言う。
「いいのよ、私は」
(陛下は好みではないもの)
とは言えない。
「そんな…。とてもお綺麗なのに、本当に陛下はどうかしておられます…」
「見た目ではなく、内面なのでしょうね」
ウィリアムのタイプは母親のように無償の愛をくれる人、だ。自分もイザベルも外れてしまう。
(そういうのは王妃じゃなくて、聖女の役目ではないかしら?)
「アメリア様は内面も素晴らしいです!…そしてコニー様にも褒められる所作なのに、一体何が不満なのでしょう…」
アメリアは話を反らそうと、所作の部分を取り上げる。
「…ブリジット、ひょっとして怒られたの?」
「はい…」
コニーから王妃付きの筆頭メイドのため、他のメイドを教育しますから、と報告を受けて許可をした。
「あの方は教えるのは上手だし、身に付くまできちんと良くない部分を教えてくれるのはいいけれど、完璧になるまでずーっとお小言を言われているように思えてしまうから…少し、辛いわよね」
「そうなんですぅ…」
彼女に教わるともれなくついてくる、果てしなく続く道があるような感覚だ。
最近はたまにウィリアムを捕まえて再教育しているようで「呼ぶんじゃなかった…」と薄笑いで冗談を言い、へこたれていた。
自分のためになるのは分かっていても、そう思ってしまう気持ちはアメリアにもよくわかる。
「でも、愛があるからこそ、よ」
「はい…」
内側に41歳の自分がいるからかもしれない、以前ほどコニーのことは苦手ではなくなっていた。
それに”淑女の鏡”がいつも目の前にいるのだ。試行錯誤で真似をしてきた時と違い、簡単に所作を直す事が出来た。
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