第40話 剣舞と初恋

 その日の夕方、アメリアは鍛錬場にいた。

 なんとか顔の腫れは引いて、木剣を使って素振りをしていると父ジャックが近寄ってきた。

「…何かあったか?」

(お父様なのに、鋭いわ…)

 アメリアは正直に伝える。

「ええと、イザベルと会いました」

「…そうか」

 何かを察したのか、ポンポンと背中を優しく叩かれた。

「それはそうと、何か御用でした?」

「ああ。陛下と騎士団長の許可が降りたので、これを持ってきた」

 そう言って懐から出したのは、ブローチほどの大きさのサーベルだ。いや、ブローチピンに小さなサーベルが嵌められている。

 持ち手は紺碧色の魔獣の革が巻かれ、ガードはくすんだ銀色をしていて石突には緑がかった水色の宝石が嵌っている。

「…お祖母様のサーベルに似ていますね?」

 首を傾げて言うと、ジャックは呆れた顔をした。

「お前…もしや、知らなかったのか?」

「何を?」

 キョトンとしている娘に、本当に知らないのか、と言いつつジャックはその小さなサーベルをブローチピンから外して手渡した。

「落とさないようにな。持ち手部分をつまんで”使いたい”と願え」

「??…はい」

 小さな持ち手部分を利き手である右手の人差し指と親指でつまみ、落とさないように下には左手を添えた。

 スッと目を閉じて願った。

(…ええと…今から、使います)

 魔物と相対した時のように、冴えた瞳を正面へ向けるとサーベルがほわりと光り、瞬く間に大きくなった。

「えっえっ!!??」

 祖母の形見と寸分たがわないサーベルを、アメリアは持っていた。重さもしっくりくる。

「お父様…これは…?」

「お前、小さい頃から…自分のサイズに合っているな、おかしいなと少しでも思ったりしなかったのか?」

「え」

 記憶の中の小さな自分はこのサーベルを振り回しているが…その時のサイズは幼児が持てる大きさだった。

 しかも刃が何かに当たっても切れた覚えがないから、あれは玩具だったのかなと大きくなってから考えていたのだが。

「模造品かと…」

「そんな訳なかろう。ずっと同じものだよ。こういうのを魔剣というんだ」

「ま、魔剣!?」

 小さい頃から憧れに憧れた剣を、自分がずっと手にしていたとは。

「お祖母様、魔剣持ちでしたの?」

「そうだよ。…その様子だと、私が持っていることにも気が付いていないな?」

「!!!…見せて下さい!!!」

 食い気味に迫った娘にジャックは笑いながら、いつも腰にあるメイスを持ち上げて見せてくれた。

 素材はわからないが青緑色をしたオーソドックスな形のものだ。持ち手には黒い魔獣の革が巻かれている。古びているので年代物かなとは思っていた。

「メイスにそういうものがあるって知りませんでした」

「よく言われるな。こいつは攻撃特化ではなく、持っていると怪我を治してくれる。…マーカスのは、見た目も剣だから魔剣だな」

 マーカスはいつも同じ剣を腰に下げていた。割とシンプルな作りの剣だったので騎士団の配給品だと思っていた。

「知りませんでした…」

 だから二人は良くないものを寄せ付けないのだろう。

 魔剣は英霊や精霊や神獣…稀に気まぐれな魔族などが宿り、持つ者を選ぶが、適合すると持ち主を護る結界を張るという。

 魔剣が気難しいのか、魔剣を持てるような人物がそうそういないせいなのか、魔剣は持ち主を過保護に護る、と本には書いてあった。

「で、では、私はこのサーベルに適合していたと…?」

「そうだよ。名前は”流星”という」

「素敵!」

「それを、ずっと持っていたのだがね」

「お父様!ありがとうございます!!!」

 アメリアは鍛錬場をいいことに大きな声でお礼を伝えると、溢れる心のまま剣舞を舞い始めた。

 くるくると回ると、結っていなかった銀の長い髪が放射線を描いて夕日に煌めく。

「やれやれ…」

 ジャックは苦笑するが、安堵もしている。これで魔剣がアメリアを護れるからだ。

 ”危険なものを持ってこられても困るから身一つで来い”と使者から、恐らくメイソンの指示だろう、そう言われた時は若干頭に血がのぼりかけた。

(奴らは魔剣を恐れている)

 魔剣を”最も恐れている者”を、早々に引きずり出したいところだが中々うまく行かない。

 …と、背後に気配が立った。騎士団長のマーカスだ。

「おや、アメリア嬢の剣舞ですか。久しぶりですね」

「お転婆は直らんな」

「いえいえ。とても美しく…夜会で披露した際は、騎士たちがざわめいたでしょう?」

 その時の事を、様々な方面から婚約願いが届いた事を思い出してジャックは一気に不機嫌になった。

「ほら、今も一人見惚れていますよ」

「!」

 鍛錬場の入り口に居るのは、驚いた顔のアルフレッドだ。

「そう言えば、あれは王弟殿下の誕生日でしたか」

「…そうだな」

 ムスッとしているとアルフレッドがアメリアの邪魔をしないようにか、気配を消して二人の元へ来た。

 とても何かを言いたそうな顔をしている。

「…殿下の15歳くらいの誕生日でしたか?その際に踊ったのはアメリア嬢ですよ」

「そう、だったのか…」

 今も目を離さずに彼女を見ている。

 あの日は美しい姫のような衣装を身に纏った踊り子が演じる予定だったのだが、来る途中に何者かに襲われて酷い怪我をしてしまったという。

 余興が中止になる前にマーカスが手を回し騎士の演舞を行い…ちょうどイザベルにくっついて来ていたアメリアを誘って組み入れたのだ。

 無骨な騎士の真ん中で、ドレス姿でくるくると剣を片手に踊る楽しげで愛らしい少女にアルフレッドは驚き夢中で魅入り…そしてずっと覚えていた。

 マーカスはその横顔を見て残念に思う。

(本当は、アルフレッド殿下にアピールしたのですけれど…)

 あまりに注目を浴びすぎて、ジャックがアメリアを領地へ連れ帰りしばらく王都に来なかったため、その後のお茶会などにもアメリアは出ることが出来なかったからアルフレッドとも会えなかったのだ。

 ちなみにジャックの妻マリアは、お婿さんを選べるチャンスを逃したと、だいぶジャックに怒っていたという。

(アメリア嬢は自分の性格や経歴で行き遅れたと思っているが、本当はこいつのせいなんですよ…)

 ジロリとジャックを睨むと、アルフレッドの様子を伺っていた彼はその視線に気が付きそっぽを向いた。

 自分に似たいかつい息子のショーンはともかく、妻マリアに似た娘は非常に大切なのだ。

(ま、白い結婚というのは皆が知っている。…宮中が落ち着いたら、ひっくり返せばいい)

 若干黒い笑みを浮かべつつ、マーカスはアルフレッドとアメリアを見ている。

 そんな様子に、一人、不安になるジャックなのだった…。

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