第39話 恋バナ

「ラスター伯爵家の次男と結婚したわ」

「…!!??」

 アメリアは驚きすぎて手で摘んでいたクッキーをパァンと割った。

「…貴女、やっぱり鍛錬はやめたほうが…」

 陛下の命を心配するというよりも、陛下が馬鹿をやってアメリアが手を上げるのも構わないが、そのせいで彼女が罪に問われる事が心配だ。

「きゅ、急に言うから…ラスター伯爵家って…同級生だった彼?」

 思い浮かぶのは背の高い柔和な顔をした青年だ。胡桃色の髪に黒い目で、そつのない態度と豊富な話題を持っており…とてもよい声をしていて学園でもかなりモテていた。

「そうよ。他にいないでしょう」

 学園で同学年だった、ラスター伯爵家の次男のエリックだ。イザベルといつも成績1、2位を争っており隣国と接地している領地のせいか外交も商売も得意だ。

(彼のおかげでエリザを逃せたのよね…)

 少々感慨深く思いながら尋ねる。

「いつ恋愛していたの?どちらがプロポーズしたの?イザベルは伯爵家に??」

 矢継ぎ早に質問をしたためイザベルを苦笑させてしまったが、一つずつ答えてくれた。

「学生の頃に告白はされていたのよ。”好きでした”って過去形でね。私もまぁ…話していて退屈はしない相手だったわね」

 彼女は5歳の時くらいからもう既にウィリアム王太子の婚約者だったから、仕方ないだろう。

「婚約破棄をどこから聞きつけたのか…エリックが領地へ来て」

「うんうん」

 思わず、前のめりになる。

「アメリア、がっつかないで。…屋敷のエントランスに山程の花と少しの荷物が届いて…彼が居たのよ」

「ロマンチック…!」

 祖父と祖母の出会いも捨てがたいが、物語のような舞台なのも良い。

「身一つで来ました。どうか、私を受け取って下さい。ですって」

「きゃあ…ぁぁぁぁぁぁ〜!!!!」

 悲鳴を上げかけてすぐに音量を絞る器用なアメリアだ。

「ラスター家の侍従が追いついて来て平謝りだったのだけど、仕方がないから手を取ってあげたのよ。だから、婿養子よ。父もそれなら良いと言ってくれたわ」

 ツン、としたイザベルだが、アメリアには分かる。

(ものすごく照れてるのを、隠している時の顔だわ)

 もしかしたらウィリアムと婚約状態でなければ、学園で恋愛が出来たのかもしれない。

(うう、それを見たかったわ…)

 どこか遠くを見ているアメリアにイザベルは尋ねた。

「貴女は、やっぱり意中の相手は居ないのね?」

「…やっぱりって言うのが引っかかるけど、そうね…」

 アメリアは更に遠くを見てしまう。

 生まれてこの方ときめいたのは、マーカス騎士団長くらいだ。しかもそれは7歳の時。

 一時期はその事で父と騎士団長の間に緊張が走っていたというのを、笑い話として母から聞かされた。

「マーカス様くらいよねぇ」

「覚えているの?」

「ええ。一緒に登城して珍しくモジモジしているから、何かと思ったわ」

 庭園で行われたお茶会だっただろうか。すぐに駆け出して行方不明になるアメリアが一点を見つめて動かない。

 アメリアの母は、夫であるジャックの隣にいる人物を彼女が見つめていると気が付き「あらあら」と苦笑していて「やっぱり強そうな男の人がいいのね」とイザベルは思っていた。

「アプローチしてきた方は…と言ってもわからないかしら。貴女、意外とモテるのに鈍感だから…」

「そうねぇ。こんな変な令嬢に、そもそも近寄らないわよ」

 アメリアは本心から言っているようだが、イザベルはため息をつく。

(本当に気が付かないのねぇ。…アルフレッド様なんて、釘付けだったと思うのだけど)

 夜会ですぐに逃げるアメリアをいつも目で追っていた。

 気配を消して逃げているのに、気になる相手は見えるのだな、とも思っていたのだ。

「それが今や、王妃よ?皆、悔しがっているのではないかしら」

「お飾りだから」

「王妃なんて、輝いてなんぼよ!」

「ベルっ!素が出てるわ!」

 慌てて止めると幼い頃のようにあははっと笑い出すので、アメリアもつい笑ってしまった。

「ベルって…久々に聞いたわ」

 ベルは幼少期の彼女のあだ名だ。アメリアが舌足らずで中々”イザベル”と言えないので、ベルと呼ばせて貰っていた。

「旦那様は?」

 するとイザベルはちょっと嫌そうな顔になった。

「…ハニーとか、ダーリンとか言うのよ…屋敷でも…街でも…」

「…それは…ちょっと大変ね…」

 チョコが掛けられた上に花の砂糖漬けがまぶしてあるドーナツのようだ。

(愛ってふわふわしたものもあれば、甘〜いのも、ドロドロして重たいのも、色々あるのね)

 できれば自分も味わってみたかったが、もう書類上は人妻だから仕方がない。

 なんだか口の中が甘くなってきたように思えてアメリアは紅茶に手を伸ばした。

「それで、お腹に赤ちゃんがいるの」

「!!」

 少しだけ飲んだ紅茶を喉に詰まらせかけたアメリアは、咳をこらえる。

 その様子をイザベルは楽しげに見ていた。

「もう…!タイミングよく言わないで!」

「狙っていたのよ」

 悪びれもなく言うイザベルだ。

「少し前につわりが来て、気が付いたのよ」

「そ、そんな状態でここへ来なくても…ごほっ」

「あのねぇ、私の身代わりになった貴女を放って置けないでしょう。でも、貴女が反撃していて…流石ノーラ様の孫!って思ったのよ。あの狐爺、アメリアが脳筋だと思ったら大間違いよ!」

「はは…」

(…そうでもないのよねぇ)

 一度は失敗している。

「と、とにかく…身代わりとは思ってないわ。むしろ、イザベルがここに来なくて良かったと思っているくらいよ」

 彼女ならすぐにウィリアムやメイソンをやり込めたかもしれないが、それはそれで命が危険だ。

「エリックさんは?」

「タウンハウスに居るわよ。心配と言って領地からついてきてしまったわ」

「当たり前よ!」

 相変わらずマイペースだ。自分もそうだと思っているが、イザベルには敵わない。

「体調が悪い時は登城しないから安心してちょうだい」

 イザベルはアメリアの今の状態を見て、そこまで短期間で厳しくやらなくていい、と考えていた。

「本当にそうしてちょうだいね。来る時は馬車の整備や馬の様子をしっかりみてから来てね」

「過保護ねぇ」

「だって、大切な親友で、お腹に赤ちゃんがいるのよ!?」

「ふふっ。分かっているわよ」

 そちらと同じように月光石を使いまくっているから、とも言う。

「王妃教育、私がそちらにお伺い…」

「駄目よ。エリオット公爵家の立場が悪くなるわ」

「うっ。…そうよね…」

 王妃が頻繁に訪れては癒着だと難癖を付けられるかもしれない。

 王と宰相はどうなんだ、と言い返しても公務があるのだから当たり前、と言われるだろう。

「さて、と。そろそろお暇するわね。今日は顔見せだけの予定だから」

「そうなの?…そうね、お腹を冷やしてはいけないし…」

 残念そうに、しかし我慢しているアメリアにイザベルは呆れた目を向けた。

「子供を授かると、本人以外が右往左往して過保護になるってシルファ様に聞いたけど本当よねぇ」

 シルファは先代の王妃だ。

「だって…」

「心配は嬉しいけれど、本人が大丈夫と言っている間は、大丈夫よ」

 夫であるエリックはもちろん、イザベルの両親も、使用人も皆過保護なのだとか。

「少しは運動もしたほうがいいのよ。これからカリキュラムを組むから、登城する際は連絡をするわね」

「ええ。不定期でいいわ。何日か空いてもいいのよ」

「…それが過保護だというのよ」

 くすくすと笑いながらイザベルは立ち上がると、アメリアはすぐに寄り添った。

「なぁに?」

「ぎゅうってしようと思って」

「まぁ、甘えん坊のメリーはまだ健在ね?」

「…そうかもしれないわ」

 幼い時はやんちゃな反面、放置されると泣き出して人を探すという天邪鬼な子だったと聞かされた。

 久々にイザベルに会い…寂しかった気持ちが、蓋をしていた心から溢れてしまったのかもしれない。

「はいどうぞ」

 両手を拡げた親友をぎゅうっと抱きしめる。

(お腹に…赤ちゃんがいるのね…)

 名前はエリザかもしれないが、生まれて名前が付けられるまで黙っていよう、と思う。

 アメリアは体を離すと少しだけ、と断ってまだ全く出ていないお腹を撫でさせてもらった。

「無事に、健康に、お母様そっくりに美しく生まれてくるのよ〜」

「ちょっと!前半はともかく、勝手に決めないの」

「だって、イザベルは綺麗なんだもの」

「貴女もよ。…少し見違えたわ。貴女なりに頑張ったのね」

 頭を撫でられて、じわり、と涙が浮かんでしまう。

「あらあら。…心細かった?」

「…うんっ…」

(もう、無理)

 20年間、押さえてきた気持ちが次から次へと溢れてくる。

 イザベルは声を殺して泣くアメリアを抱きしめて、背中をずっと撫でていてくれた。

「…ありがとう」

 体を離してアメリアはお礼を言う。

「いいえ、それはこちらの台詞。貴女がここにいるおかげで、私はエリックと結婚して子供も授かったのよ」

(…本当は、エリザかクロエのおかげだけども…)

 アメリアはニコリと笑った。

「赤ちゃん、早く見たいわね」

「気が早いわ。あと9ヶ月くらいあるのよ」

「絶対に、見せてね」

「当たり前よ。…私は出ていくけど、貴女は顔を冷やしなさいね」

 時に母親のように面倒を見てくれるイザベルは、学生時代と何も変わっていない。

「ええ。なるべく陛下たちに見せないようにするわ」

「そうしなさい。きっと狼狽えて…面倒だから」

「もうっ!」

 一言多いイザベルに笑ってしまう。

「もう大丈夫ね、また来るわ」

 アメリアの頬に手を添えて伝えてからイザベルは退室して行った。

 なお、扉の外にはエリックが居て身重の妻を過剰なエスコートで連れて行ったので、こっそりその様子を見たアメリアは親友のその姿が微笑ましくて、つい笑ってしまったのだった。


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