第36話 初の会合

「それなら、俺は異論ない」

「私もですね」

「では調査を開始しましょう」

 後日、王族用の会議室で王と王弟、騎士団長は顔を見合わせていた。

(やっと、やっと…この光景を見れたわ…)

 アメリアももちろんいるが、今日は会議卓にはつかずに近くのソファから見守っている。

「騎士団員についても調査をしながら、人員を投入ですか」

 アルフレッドが厳しい顔で言い、マーカスも同じような表情で頷く。

「ええ」

 他にも弱みを握られた者がきっといるだろう。

「危険があるだろうが…頼む」

 ウィリアムが人を慮ることを言うので、マーカスについてきた先日の騎士…オズは目を見開いている。

「しかし…人事について口を出しすぎだな」

「ええ。宰相とはいえ、権力を使いすぎです」

 宰相は王を補佐する役割の者だが、メイソンは裏で勝手に物事を決めて各大臣や領主へと命令している。

 彼が口利きをしたと思われる宮中で働く者の一部の報告書が上がっているが、傾向が見えてきていた。

「”命令されたこと以外は一切やらない”者、ですね」

 アルフレッドの言葉にウィリアムは腕を組み唸る。

「それは…仕事になるのか?常に誰かが側にいて命令するわけでもないだろうに」

 城で働く下男下女は平民から採用される。基本的に自分から動くような事はしないし、そう教育されるが、任された範囲のことはきちんと行う。

 宰相のメイソンが連れてきているのは貴族のみ。彼らは侍従やメイド、学歴が良い者は文官にも採用されているが、配属先の仕事に対しての熱意がなく厄介者扱いされている者が多々いるようだ。

「人事担当に直接…書面をもって言うか」

 言葉のアヤに辟易した様子のウィリアムが言うと、苦笑しつつアルフレッドも頷いた。

「そうですね。それなら断れないでしょう」

「私からは、体調を気にするふりをして近づいて、悩みを聞き出しましょう」

 人事担当の大臣の長女はメイソンの長男へ嫁いでいる。

 柔和な顔のマーカスからそのような言葉が出てくるので、案外腹黒いのね、とアメリアはつい思ってしまった。騎士団のトップにいる人なのだから、そういう要素もないと務まらないのだろう。

「フォックス家の長男次男は、領地から出てきてないのだな?」

 ウィリアムの質問に対してマーカスが背後を見やると、オズが発言する。

「はい。小麦などの農耕地が多い土地ですが、最近、妙な動きがあります」

「妙な動き?」

「はい。小麦の備蓄倉庫という名目で、領内のあちこちに大きな倉庫が建てられております」

「むぅ」

 かなりどうとでもとれる代物だ。

 アルフレッドは顎に手をやりながら言う。

「何かに備えて小麦を備蓄しているのか、人を用意しているのか、武器防具を用意しているのか、難しいところですね。それは、点在しているのです?」

「はい。ですので、一斉検挙が難しいな、と自分は思いました」

「どれほどの大きさだ?」

「王宮の庭師が使う倉庫くらいです」

「…民間が使うには大きいです。という事は、領主命令で作らせているのか…」

「そうですね。ほぼ同じような外観です」

「検挙くらい想定してるだろう!地下に何か隠しているんじゃ?」

 ウィリアムにしては柔軟な考え方だ。

「どれが本命で、どれが囮か…もう少し調査が必要ですね」

 四人は議論を重ねて悩んでいる。アメリアはその様子すら、愛しく感じてしまった。

(って思ってる場合じゃないわ。私も考えないと…)

 フォックス領は王国の南にあり、横に平たく伸びていて多くの領地と接地している。

(一番端は、隣国と少しだけくっついているけど…)

 メイソンは姉を追い出した隣国を嫌っているが、まさかそんなわかりやすい場所に、武器防具を置かせないだろう。

(でも…メイソンの子供だとしても、彼らはある意味、他人だわ)

 国内に流通する小麦のほとんどを生産していて、歪んだ世界でも特に…自分が生きている間は、その流通が途絶えることもなく出し渋りなどで価格操作される事もなかった。

(表立って反抗はしていないけれど)

 父の言うこと全てに従順に従うことはせず、見えないように細工してくれていないだろうか。

 だいたい、そんなにたくさんの倉庫を建てるとなるとお金の工面が大変だろう。つい同情しかけてアメリアは気がつく。

「…お金!!!」

「!!??」

 四人が一斉にソファへ座るアメリアを見る。

「あ…失礼!…ええと、倉庫はたくさんあるのよね?オズ」

「はい。確認できただけでも、10はあります」

 ウィリアムの言う”地下室”も用意しているとなると、けっこうな額になるはずだ。

「その建設費がどこから出ているか、確認できるのかしら。…というか、例の裏帳簿を確認してもらえない?」

「!!」

 マーカスが真顔になり、オズに目配せをすると彼はすぐに退室して行く。

 アルフレッドはその様子に少し驚き、兄へ尋ねる。

「裏帳簿?」

「王妃付きの筆頭メイドが…その、リリィに掛かる代金を、アメリアに上乗せしてた帳簿だ」

「え……」

 弟に疑惑の目で見られてウィリアムは慌てた。

「そんな目で見るな!俺が命令した訳じゃない!」

 原因は俺かもしれないけど、とウィリアムはしょんぼりする。

「…まぁ、裏には”あの方”が居るんでしょう。まったく…」

 とは言ったもののアルフレッドは仏頂面だ。

(あらあら)

 少し悪くなってしまった空気に、アメリアが口をはさむ。

「そう言えば、お二方は…それはお揃いのピアスですか?」

 先程からずっと気になっていたのだ。ウィリアムは左、アルフレッドは右側につけている。

 ウィリアムとアルフレッドは顔を見合わせてから言う。

「これは…なんと言ったらいいかな」

「重たい空気よけ、です」

「重たい空気???」

 キョトンとするアメリアに、とある場所に行った時に非常に重苦しく怖かったのでお守りとしてフローライトを取り寄せた、と伝える。マーカスはこっそり笑っていた。

「なるほど、そうだったのですね」

「君のそのペンダントはとても大きいな。国内では中々その大きさの石はないぞ」

「そうですね…いただき物なのですが…」

 これだけで王都にある非常に豪華なタウンハウスがポンと買える金額になる。それを考えたのか、アルフレッドがおそるおそる聞いてきた。

「その…もしや、男性からの贈り物でしょうか?」

「え!?…いいえ、違います!」

 アメリアは慌てた。生まれてこの方、親族やマーカス以外の男性から贈り物を貰ったことがないし、マーカスがくれたものも凝った装飾の懐刀だ。

「ええと…これは、クララさんという女性から貰いまして!!」

「そうか、それなら良かった」

 ウィリアムもなぜかホッとしている。

(あ、あー…私が無理やり恋人と引き離されてここへ来たと誤解したのかしら?)

「私には特定の…想いを寄せる男性なんて、生まれてこの方ずっとおりませんでしたので、ご安心下さい!」

 言い切ったアメリアに、マーカスが苦笑する。

「アメリア嬢、それは暴露しなくてもよい所ですよ…」

 21歳になるまで恋人も居ない、恋愛もしたことがない令嬢というのは、かなり稀だ。

 ウィリアムもアルフレッドも、どうフォローしたものかと悩んでいる。

「ええと…本当に私のことは大丈夫ですので…」

 幼い頃から奇異の目で見られる事は慣れているし、平民は20歳越えても独身の者も多い。

 貴族の場合は確実に”行き遅れ”と言われてしまうが。

「こ、この話題は止めましょう」

「そうだな!…オズはまだか」

 矛先がオズを急がせる方へ向かったが、彼はすぐに戻ってきて、妙な空気になっている部屋に首を傾げるのだった。


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