第35話 行方不明

「あら?どなたかしら」

「人払いをしたというのに…」

 マーカスが許可を渋ると、騎士が急ぎの用件です、と伝えてくる。

「私は耳を塞いでいましょうか?」

「今更ですよ」

 マーカスは部下の入室を許可すると、お茶を淹れてくれた騎士が厳しい顔をして紙束を持っていた。

「どうした?」

 若干身構えつつマーカスが尋ねると、彼は報告をする。

「先日の…王妃様付き筆頭メイドの件ですが」

 その言葉にアメリアも居住まいを正して聞き入る。

「…居ないのです」

「居ない?」

「はい。どこにも」

 王妃への傷害罪や名誉毀損その他の罪状を持って連行するために身元問い合わせ先へ連絡したところ、「こちらには来ていない」と返事があった。

 実際に行って確認をしてみれば本当におらず、タウンハウスで二人暮らしだという老いた貴族の夫婦の部屋以外は、女性が使うような部屋もない。

 屋敷の持ち主はフォックス家の遠縁の者だが、王妃付き筆頭メイドの住所とされていた事に逆に困惑していた。

「そして…何か言いたげだったが、"分からない" 以外の証言はなかった、との事です」

 締めくくるように言われた報告にマーカスは苦笑する。

「…と、”あの方”へ伝えても色々な理由を付けて、逃げられるのだろうなぁ」

「むしろ、そのご夫婦の身の危険がありますわ」

 三人は揃ってため息をついた。

「今度こそ尻尾をつかめると思ったんだが…」

「申し訳ありません」

「いや、謝るな。いつものことだ」

「…いつもの?」

 アメリアが首を傾げると、マーカスは微笑んだ。

「先王の、ウォルス様からの依頼です。どうにかして尻尾を掴んでくれ、と」

「そうでしたの…」

「逃げられっぱなしです。全く掴めない」

 肩をすくめるマーカスだったが、アメリアを見る。

「ですが最近は…蛇の周りにある草くらいなら刈れていると考えています」

「刈る?」

 アメリアが質問をすると、騎士も口を開く。

「このメイドも…今日の裁判の事もそうです」

 今では草がぼうぼうと生えていて、どこから何が出てくるか、まるで見当がつかなかったと彼は言う。

「ああ…なるほど、確かにそうですわね」

 歪んだ世界では自分も出来なかった事だ。騎士はニコリと微笑む。

「王妃様がキッカケですよ」

「…そうかしら?」

 ”知っている”からこそ、出来たことだ。魔物を仕留めた時のような達成感はまるでない。

 ダイアナの件は傷害罪でも立件できたので、自滅だと思うが。

「石をあちこちに配置してから、なんとなくですが…事が変な方に行かないのですよ。以前は正そうとしても、微妙に変わるものの結果は同じでしたから」

(なるほど、効果があったのね)

 マーカス騎士団長以下、このように裏で動いているとは思っていなかった。

(歪んだ世界でもそうだったのかしら…?)

 だが自分は出歩けない上に、騎士団と接触を極端に減らされていた。

 もしかしたら一定の権力を持つ王妃との結託を阻止するためかもしれない。

(そういう意味で、癒着を防ぐ、なのね。物は言いようだわ…)

 改めて、メイソンたちの言葉のアヤに振り回されていたな、と思う。

「以前から目をつけていた、あの怪しいメイドもその部下と思われる女性も退けられ、”離れの君”の家族も救えた。随分と短い期間で進展しましたよ」

「そうですね…」

 歪んだ世界が”歪む”道を辿ることになった鍵のような人たち。

 あの世界では、ずっと感じていた違和感があった。目の前のマーカスたちと同じように対処していても、いつも裏をかかれるのだ。まるで何かに導かれているように。

(…メイソンたちも、”知っている”のかもしれない)

 その線が濃厚になってきた。そうなると、自分と同じように時を”遡って”いるのか。

「…お役に立てたようで、良かったわ」

 すると騎士はやっぱり微笑んだ。

「他にも心配事はございませんか?王妃様」

「こら!」

 マーカスはたしなめるが、アメリアは笑いつつ言う。

「そうね、人事担当の大臣かしら」

「ああ…やっぱりそうですよね…」

 騎士は疲れたような顔をする。

「手強いの?」

「いえ。…まぁ、侯爵家ですが、彼の娘はとある方の長男へ嫁いでいましてね」

「あらまぁ。言いなりじゃない」

「そうなのですよ。…団長、一通りの調査は必要ですよ」

「分かっている。先程アメリア嬢からも言われた所だ」

「そうですか!それなら大手振って調査できますね!!」

 今まではだいぶコソコソしながら調査してきたらしい。

「駄目だ。あまり”王妃の権限”を出すと危険な上に…ジャックに殺される」

(お父様ったら…)

 上司に睨みを利かせている場合ではないというのに。

「では、陛下にお願いしましょう!」

「陛下に?」

 アメリアの提案に騎士は微妙な顔をしたが、マーカスは頷いた。

「そうですね。今の陛下なら大丈夫かもしれません。それに、アルフレッド様も…隣にいる」

「?…団長がそういうのでしたら…」

「私からも、太鼓判を押すわよ」

「王妃様まで!?」

 驚いた騎士に、マーカスとアメリアは目を見合わせて笑うのだった。

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