第34話 当然の結果

 ウィリアムとアルフレッドがいない間に再び開かれた裁判では、証言者の証言が変化した。


「お腹を壊した程度です。パンと一緒に、ちょっと古いハムを食べたかも…」

「1、2日で治るような症状でした。激痛なんてなかったと思いますよ」

「薬草を摘んでいたのは、薬師の人だと思います。ね、あなた」

「うん。遠くてよく見えなかったから…パン屋の主人じゃないと思います。彼はいつも忙しいしあんな時間に出歩かないかな」

「庭園で毒を撒いたのは庭師でなく、下男でした」


 そして騎士団と魔法・薬草の研究所の職員から、庭園に撒かれた毒は複数の特別な薬草を調合したもので、王都のすぐ外にある森では採れず薬草辞典にも載っていない事、仕上げには魔法も使われている、という事も伝えられた。

 証言者の中で唯一、毒入りパンを食べて死にかけたと喚く女性は、新たに証言者として連れてこられた下女を見て、鬼のような表情をした。

 下女は怯えつつ、女性を指差し「この方に瓶に入った魔物避けを庭園に撒けと、彼は命令されたそうです。まさかあんな酷くなるなんて…」と友人が命令されていた事を証言した。

 その下男が庭園へ行く仕事はないが、指示された場所へ行くと見知らぬ誰かが通してくれたと言っていた。

 そして彼は毒をまいた部分がどのような経緯を経て最終的にどうなったかを知っていたのだ。

 「どうしよう、大変なことになったと」と彼は言い、次の日から職場に来なくなった。

 女性は最近その下男に親しく声を掛けていた、という証言も複数の下男下女、侍従からも上がっていた。

 王妃付きのメイドは制服が異なる。それなのに下男に声を掛けていたので目立っていたようだ。

「茶番よ!!王の陰謀だわ!!!」

 女性は騒いだが黙殺され、証言者たちの「この人に見張られていた」という言葉が決め手となり、一連の事件の首謀者として連行されて行った。

 騒がしい者が去ったすぐ後に、裁判長はリリィの家族と幼馴染とその一家へ無罪を言い渡し…彼らは涙して抱き合っていた。

(良かった…)

 ホッとしつつ、"当たり前"の結果に安堵したアメリアは隣を見る。

「マーカス様、射殺すような目で裁判官を見るから怯えています」

「いやいや、アメリア嬢。人のこと言えますか?」

 最後尾に座っているが、アメリアは途中でフードを外して裁判官を見たのだ。

 もちろん、裁判官はギョッとして…途中まではシナリオなのか手元ばかりを見ていたが、それ以降は前を向いてきちんと証言者たちの言葉を聞いていた。

(最近はあちこち出歩いていたから、顔が売れていてよかったわ)

 歪んだ世界では行動範囲が狭く、また、限られていた。

 ここ数日、宰相のメイソンは執務室へ引きこもっていると聞いて、文官が仕事をするエリアにも足を伸ばしていたのだ。

(でも、首謀者を捕らえる事は出来ない)

 あのメイドはトカゲの尻尾のように切り捨てられるだろう。

 おそらく毒を撒くよう指示された下男は、もうこの世にいない。

(まったく…尻尾がいくつあるのかしら?)

 だが今は餌にされようとしていた者たちを救わねばならない。

「証言者たちに加えて…被害者たちも、保護しないと…」

「そうですね」

「どちらで保護するかは、陛下は決めておられましたの?」

「いえ。安全と言える場所が限られていまして…」

「でしたらクレイグ領で!ウチは冒険者も多いし、変な人がいると目立つもの」

 侯爵家と冒険者は良い意味で協力し情報交換をしあっている。

 クレイグ家は冒険者に手を出そうとする貴族を退け、冒険者ギルドは領内に来た新参者や少しでも”変”だと違和感を感じた場合は報告を上げているのだ。

「なるほど。かなり良い場所ですね」

「はい」

 事業を起こしているイザベルの所も考えたが、人の流れも多い。

 それに、もしかしたら彼女のお腹に子供が居るかもしれない。申し訳ないが、不穏分子を呼び寄せる者たちをイザベルの近くに置きたくなかった。

「では、騎士団が責任を持ってお送り致しましょう」

「お願いします」

 その後は証言者たちと、リリィの家族、そして幼馴染一家の護送がすぐに行われた。

 彼らは「リリィに会いたい」と申し出たが「王宮が落ち着いたら必ず会わせるので、今は我慢してほしい」とアメリアから直にお願いをした。

 今回の事で王宮の危険さがよくわかったのか、断腸の思いで頷いてくれたのが幸いだったが、本当は両親だけでも遠目でもいいからリリィへ会わせたかった。

(本当に…メイソンは罪深い…)

 やり過ぎるにもほどがある。

 これはいよいよ、リリィもさっさと保護をしたほうが良さそうだ。

(あとは…王宮へ勤める方たちの縁の者ね。リリィさんは重要な駒だわ。彼女はまだ命を取られないはず。そちらのほうが先だわ)

 裁判所のエリアから戻りつつ考えていると、黙った彼女を心配してマーカスが声をかける。

「…アメリア嬢?」

「!…なんでしょう?」

「どうされました?珍しく、考え込んでいるようですが」

「珍しくは余計です!」

 アメリアは苦笑しつつ、どこか話せる場所がないかと尋ねる。

「それでしたら、ここの近くに騎士団の詰め所があります」

「そちらにもマーカス様の執務室がありますの?」

「ええ。…もちろん、例の物は配置済みですよ」

 魔除けの月光石のことだ。

「では、そちらへ参ります」

 二人は騎士団の詰め所へ行くと、マーカスの執務室へ入る。王宮にあるものより広いようだが、装飾はほぼなくかわりに大きなボードや地図などがある。

 騎士団員のうち文官のような仕事をしている男性がお茶を淹れてくれ、新鮮な思いをしつつソファへ座るとアメリアは早速切り出した。

「フォックス家から縁をもらい王宮へと勤めている方と、フォックス家と関わり合いがある家の人達が無事か…全て調査して下さい」

「…これまた、単刀直入ですね」

「当たり前です。…先程の騎士も、利用されていました」

「そうですね。まさか、人質とは…」

 信頼と実績を重んじる王宮だというのに、真逆のことが行われている。

 よくある事のように思えがちだが、他にも多数の者が同じような状況に陥っていると思われた。限度を超えているのだから、なりふり構っていられない。

「人質の方は?」

「救出済みです。彼は地方の平民出身ですが、田舎に姉を残していましてね。攫われて…とある盗賊団が根城にしていた家におりました」

 だから従うしかなかったのだ。貴族なら自力でなんとか出来たかもしれない。

「悪者は貴族ではないのね…」

 いつでも切り捨てられるようにか。

「どちらにしろ、繋がりはあるでしょう。ちなみに盗賊団は潰しました」

「よく場所が分かりましたね?」

「子供が教えてくれたそうです。田舎でも有名な姉弟で、姉は孤児院に勤めていたようですから」

「!…子供も、無事よね?」

 歪んだ世界での、数少ない外での公務である孤児院の慰問をしていたアメリアは非常に気になった。

「もちろんです。見回りを強化しております。姉は王都へ連れてきました」

 慣れない王都で申し訳ないが、また利用されても困る、という。

(いつ安全になるのか、わからないわ…)

 ふぅ、と息を吐いてアメリアはソファへ寄りかかった。

「アメリア嬢の言う通り、こちらも体裁を保っている場合ではない、という事ですね」

「ええ…」

(できれば、ダイアナが…いえ、ルシーダが姿と名を変えて復活する前に色々とやらないと)

 見たら見たで嫌だが見えてない分、暗躍していないかと余計に不安になる。

「そう言えば、お父様は?」

「ジャックでしたら、先程の者たちを領地へ護送する任務を頼みました」

「そうでしたの!それなら安心だわ」

 父はとても強い騎士だった祖父と冒険者の祖母から誕生しただけあり、純粋な力で敵う者は騎士団にいないだろう、というくらいに強いし、見た目もかなりいかつい。 

 例え襲撃者が脅されていたとしても、手を出しにくい相手だ。

 なお、領地は父の弟が見てくれているが歳を重ねた今でも兄弟仲が良い。そしてもちろん強い。

(ああ…安全で穏やかな領地に戻りたい…)

 ついそんなことを考えてしまうが、このまま王宮を放置するわけにはいかないのだ。

 メイソンらが彼らの進む道を辿って行けば、いずれ領地も脅かされるだろう。

「ショーンはどうするつもりです?」

「あの子は…どうなのかしら。お母様に似て書類仕事のほうが得意だから」

「そうですか…」

 残念と言い肩を落とすマーカスに苦笑する。

 アメリアの弟ショーンは文武両道でどちらもこなすのだが、父に似た体格を持つのに争い事を嫌う。

 そのギャップがいいのかいつもモテモテで領地には恋人もいるのだ。そのまま領地を継ぐのでは?とアメリアは思っている。

 そこへ、コンコンとノックの音がした。

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