第29話 気が合う二人
その日の夕方、アメリアはドキドキする胸を押さえて王と王妃の部屋の間にある応接間でウィリアムを待っていた。
鍛錬用の服や木剣を用意しなければならないので鍛錬はお預けになったが、鍛錬場を確認できたのは大きい。
以前は用事で出掛けた先の、遠い窓からその場所を眺めていただけだったので、自分がその場に立てたことに感動していた。
(アメリア、落ち着くのよ…)
少しだけうまくいったからといって、油断はしてはならない。
まだ王妃付きの筆頭メイドや、王妃教育者も決まっていないのだ。
付け入られる部分はたくさんある。
(マーカス様に…騎士団員のご家族の事は、話せなかったし…)
何も確証がないのにフォックス家や縁のある家に嫁いだ、もしくは婿を迎えたような家の調査を、と言ってもさすがにマーカスは首を縦に振らないだろう。たとえメイソンを嫌っていても。
調査をしたらばすぐにメイソンに知れて、苦言を言われるのも…また行動範囲を狭められるのも嫌だ。
「王妃様には立派な教育者を!とか言って変な人を連れてくるに決まってるわ」
ダイアナの冷たい目を思い出して寒気がし、ああ嫌だ、と唸っていると続きの間の…ウィリアムの部屋へ通じる扉が開いた。
「どうした?」
「あ!…いえ、なんでも…」
「王妃教育の者が…あの黒髪のメイドがクビになったらしいな」
「!」
どうやら続きの間の扉はそんなに分厚くないらしい。そして、午前中のことをマーカスに聞いたのだろうか。
「はい。初見から何か怪しい感じがしまして…」
「メイソンが連れてきた者だったか…こういう事もあるのだな」
ウィリアムは首を傾げている。
「いえ、だからこそですよ陛下!」
「ん?」
「あ…」
心の中で言おうとして、つい口に出してしまっていた。慌てて繕うように言う。
「か、完璧な人は居ませんから」
「完璧…か。ずっとそう、メイソンは凄いやつなのだと、思っていたが…」
ウィリアムはそう洗脳されてきた。しかしリリィの件で、メイソンに対する認識を改めつつある。
「そもそも、完璧って何を持ってして言うんでしょうね?…その役割ごとにこう…枠があるのかもしれませんが、見た人によって大きさが変わると思うのですよ」
手で枠を作りながら言う。ウィリアムは手の動きをじっと見ていた。
「街にとても素晴らしい剣を作る鍛冶職人がいて」
「宝飾品じゃないのか」
ウイリアムは呆れている。
「わかりやすいでしょう?…周囲が職人の方に賛辞を贈っても鍛冶職人の方に聞いてみると、実は満足していないんですよ」
「ああ…なるほど。庭師も当てはまるな。綺麗になったと思ったのに、また手を入れるんだ」
「ええ、そうですね。彼らは枠を、自分で決めている。逆に、我々は…王や王妃の枠って自分たちが思うより大きいと思いませんか?…思っていたのと違う、なんて言われて」
「!」
ウィリアムは目を見開いた。そんな経験が沢山あるのだろう。
アメリアにもある。冒険者と一緒に行動をしていると「こんなのが侯爵令嬢?」という奇異の目を幾度となく向けられた。
「でしょう?…職人は自ら徐々に大きくしている枠なのに、私たちの枠は最初から見る人によって大きさが違うのですよ」
アメリアは止められずに続ける。
「私たちはまだ二十代前半だというのに…最初から完璧に出来る訳もないし、自分で勉強したり、教えられて成長しなければ枠に近づく事すら出来ないと…思いません?」
「思う」
ウィリアムはいつになく真剣な表情で…真っ直ぐな目を向けて即答した。
「この人は名君だったとか、歴史の授業で習いますよね。それって、歴代の王様と比較してそう言われるというか、後付だと思うのです」
その人だって生まれてすぐに名君だったわけではない。
王族は…人は周囲が育てるものだと、歪んだ世界を体験したアメリアは強く思っていた。
ウィリアムは感心したように彼女を見て言う。
「…昨日、脳筋と言っていたが、全然違うな。その通りだと思う」
「いえ…説明の仕方が、綺麗ではないです…」
「いや俺にはわかりやすい。同じ脳筋だからか?…ずっとこう、心にあったものが…言葉になった感じだ」
「ふふ、私もです」
歪んだ世界でずっと思いつつ、しかし言葉には出せなかった。そもそも聞いてくれる相手がいない。
高位貴族には避けられない道だろうし、王族ならなおさらだ。
ウィリアムはふと気が付いたように言う。
「アルフレッドも…そうなのだろうか」
「訊いてみてはいかがでしょう?」
おそらくアルフレッドは分かっていて自分が出来ることを、目の前にある事をやっているだけだろうが、彼も同じ悩みはもちろん持っているはずだ。
しかし兄に対して、大き過ぎる枠を期待しているのも確かだ。父王と同じか、それ以上を求めている。
「…そうだな。そうしよう」
(陛下と会話出来た時は…できるだけ、対アルフレッド様用の会話の種を持っていけるようにしましょう)
そう思うアメリアだ。
「…それで話を戻しますが…例のメイドは所作も知識もイザベル以下でしたから、居なくても問題はありません」
「そうか」
キッパリという人に彼は弱い。素直に頷いた。
「それで、ですね」
「コニー・ブレッドを呼ぶ話も聞いた。私からも推薦した」
王が推す=確定だ。いくらメイソンの息がかかっている大臣とて、無視出来ないだろう。
「!…ありがとうございます!!」
笑顔と大きな声でウィリアムにお礼を言うと、キョトンとしてこちらを見てきた。
「…どうされました?」
「い、いや。なんでもない」
(礼など言われるのは久しぶりだ)
言葉としては言われるのだが、皆本心からの礼は言っていないと、鈍感な自分でも分かる。
なおもじーっと見てくるアメリアに居心地が悪くなり、適当に話す。
「コニー殿は…厳しい方で、俺としてはちょっと苦手なんだが他が思いつかない」
王宮に入るとなると審査や調査が必要で数ヶ月は空いてしまう。その点コニーなら問題がない。
つい本音を言い過ぎたかな、と思ってアメリアを見ると意外なことを言った。
「…そうですよねぇ、コニー様っておそろし…いえ、とても厳しいのは承知ですの」
「…今、恐ろしいと」
「聞こえました?」
しれっと言うと、ウィリアムは吹き出す。
「ふっ…聞こえた」
「あの方、イザベルとは仲が良いのですけど、私は若干呆れられているかも知れません」
しかし通常は5年〜10年をかける王妃教育だ。彼女以外に適任が思いつかない。
「そうなのか?…おそらく、俺もだ」
「言葉で言われてもわからないのですよね。体を使って覚えるのは得意なのですが」
歪んだ世界でダイアナには「違う、何度言ったら分かるのです!」と散々怒られていた。
だから20年の月日を費やしても、王妃たる所作や行いが出来ていたかは謎なのだ。
「…俺もだな」
今日はやたらと素直だ。いや、これが彼の素か。
「人には得手・不得手があるのを、王宮に居る方ってあんまり理解してくれませんわよね」
少なくとも歪んだ世界ではそうだった。しかしウィリアムも腕を組んでウンウンと頷いた。
「分かる、分かるぞ、それは」
(今まで本当に…こういう話をする方がいなかったのねぇ)
”離れの君”であるリリィは貴族と養子縁組もしていない、突然王宮へ連れてこられた平民だ。
話したところで王宮の…貴族の流儀など、わからないだろう。
(リリィさんのことも話したいけど、今はまだ早い)
アメリアはそう考えて、気になっていたことを訊くことにした。
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