第28話 決意
話が少しまとまり、紅茶を飲みつつ父のいつもの顔を見ていると思い出す。父と会えるのなら、他の家族にだって会えるはずだ。
「お父様。王妃教育やこれからある公務の合間でしたら、これからは会えます。そう、お母様とショーンにも伝えておいて下さい」
「ああ、分かった。そうしよう。それで、剣のことだが…」
「剣?」
「母上のサーベルの事だよ。あれは流石に陛下の許可をもらわないと駄目だ」
(そうだった)
「わかりました」
祖母の形見のサーベル云々の話だ。マーカスと話がしたくて適当に出てきた言葉なのだが、本心でもある。
「ええ。許可を貰ってみますわ。すぐとはいかないと思います」
「そうだろうな。まぁ、難しいだろう…」
ウィリアムの性格を幼少期から知っている父は思案顔だ。
「でも、鍛錬場を使わせてもらう約束は取り付けましたのよ。大丈夫だと思います」
「!……。陛下に?」
ジャックは目を見開き、恐る恐る尋ねてくる。
「ええ。私が許可を貰う相手なんて他に居ないでしょう?…というわけで、マーカス様。空いている時間に使わせてもらいたいの。あと、細身の木剣も欲しいわ。陛下と手合わせする予定で」
「ウイリアム様と!?」
「陛下と!!??」
マーカスとジャックの言葉が重なり、二人とも腰を浮かした。
スーザンとブリジットも少々驚いた顔で見ているので、アメリアは彼女たちへ少しだけ説明をした。
「私は、そういう令嬢だったのよ。冒険者とダンジョンへ潜ったこともあるわ」
二人はより驚いたようだ。
「そ、そうでございましたか…」
「どうりで、非常に姿勢が良いと思っておりました」
スーザンは流石は年の功か、見事にフォローしてくれた。
「どういう心境の変化が…」
「あのウィリアム様が…?」
騎士団の二人は顔面に疑問符を貼り付けている。
(まぁそうよね。あの離れへ引き籠もる坊っちゃんが、そんな事を言ったなんて信じないわよね)
「アメリア、お前が無理強いしたのではないのだろうね?」
「ええ。ちょっとお酒を一緒に飲んだのだけど、そこで陛下から。陛下も覚えているわ」
「酒!?」
マーカスは非常に驚いている。ウィリアムの酒癖の悪さを知っているのか。
「あの方が、酒…」
どうやら酒癖ではないようだ。じっと見ると教えてくれる。
「あまり好きではないから、付き合い以外は飲まないと聞いたのです」
「あら…」
もしやウィリアムもよくわからない理由で、周囲に止められた口か。
「お嫌いではないようでしたよ?たくさんお喋りしていましたし…」
全員が固まり、こちらを見ている。
「アメリア、が?」
「いいえ、陛下ですよ!…もう、陛下だって、人間ですよ?」
と言いつつ、自分もその時は驚いたが。
おかしな言い方だが、今のウィリアムの方が自然で、"本物"だと思えた。
「それはそうなのだが…」
「ああ…ジャック、お主の気持ちは私にはわかるぞ」
ウンウンとメイド二人も頷いた。
(皆の前でも変わった陛下が見られるように…私の話が嘘ではないことを証明しなければ)
今日はアルフレッドと話をすると言っていた。後でウィリアムを掴まえて、成果を聞きたい。
「きっと驚きますよ!…陛下はこれから、頑張りますから」
自信を持っていったのだが、4人は曖昧な微笑みを浮かべている。
それほどまでに、彼は信用を失っているのだ。
(もう…絶対になんとかして、陛下を一人前にしてやるんだから!)
アメリアは子供に対するような気持ちになって、そう心の中で宣言する。
「さて…あまり話し込んでは…今度は宰相が煩いだろうな」
そう言ってマーカスは立ち上がりジャックを促す。
ジャックは名残惜しそうに娘を見た。
「…おとなしく、と言っても聞き入れそうにないな」
「ええ。お父様や…マーカス様にはご迷惑をかけるかもしれませんが…」
父には申し訳ないが、歪んだ世界の記憶がある自分は、もう我慢をしたくない。
あのような未来を迎えたくない。
いや、迎えさせはしない。
その強い眼差しは、覚悟を決めた者の目だ。
「アメリア…」
(この子は、陛下を…王宮にはびこる何かを、変えようとしている)
王弟アルフレッドや古参の貴族から「宰相の動きに気をつけろ」と忠告を受けていた騎士団長と副団長の二人は…少しだけ”見えない不安”にやり返した彼女を止めないほうがいいように思え、少しだけ目線を合わせて頷いた。
「アメリア嬢、あなたのお好きにしなさい」
「…危ないことは、やめるように。必ず、相談しておくれ」
「!…はい。わかりました」
マーカスとジャックが去った後、久々に会えた父と…これからも母や弟に、イザベルにも会えるのだという歪んた世界ではありえなかった状況にとうとう抑えられなくなったアメリアは、ベッドルームに飛び込むと枕に顔を押し付けて泣いた。
泣いたあとは、非常にスッキリしていた。こんなに泣いたのも20年ぶりかもしれない。
(…気を引き締めなくちゃ)
アメリアはパンと頬をはたくと、心配してくれているブリジットとスーザンの元へ戻るのだった。
◇◇◇
【…そろそろ飽きてきた】
闇は手を伸ばし薄っぺらい何かを拾い上げた。
少し前に、影へ飛び込んできた者だ。
とても強い聖なる力を宿した…フローライト神の石に近づいたため魔術で保ってきた体は霧散した。
放置しても良かったのだが、しかし魂はかろうじて形を保っている。
うねうねとした蛇のような黒髪に、薄暗い琥珀色の目。
個が消えかけているのか、虚ろな目をしている。
【魔族のようだな…しかし】
このような無能は魔族にはいない。
千以上の命を対価に時の遡りの力を与え…1、2回程度でまた現世を垣間見れるかと、阿鼻叫喚の地獄絵図を見ながら負の感情が熟した魂たちを喰えるのかと思っていたのだが、一向に呼ばれない。
今までにも自分を呼べる舞台があったというのに、姉弟はその事に気が付いていない。
己の周囲を完璧に整えることを目指している。
時の遡りは既に”7回目”だ。
あまりにも繰り返すので、とうとうもう一人の神が介入をしてきてしまった。
しかし負の感情に染まった上質な贄を捧げてくる彼らは少々捨てがたい。
それもほんの少し、だが。
【救済と、罰を】
ふっと息のようなものがルシーダへ振りかけられると、魂は徐々に変化していく。
青白い肌を、細い肢体を持つ漆黒のドレスを纏った姿になった。
闇はそれを必死に…何かに祈る弟の影へ滑り込ませる。
少し経てば復活するだろう。
【どのような末路になるのか…楽しみだ】
闇は満足そうに薄く微笑むと、また静かで退屈な世界へ戻るのだった。
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