第30話 気付かせる

「それで、アルフレッド様とは話せましたの?」

「ん?ああ。…なんというか…」

 少々照れている。首を傾げて先を待っていると、モジモジしつつ言った。

「避けていると思われたのだが、すんなり会えて…」

「避けていたのは陛下では?」

「うっ。そうかもしれない。…それで、会えたのが嬉しいと、昔のように"兄上"と呼ばれた」

「まぁ、良かったですわね!」

 まだそこまで確執がない状態だからかもしれない。

 すこし憑物が落ちたような表情になったウィリアムを見て、変化に気が付いてくれただろう。

「ああ。…アメリアのおかげだ」

「!…ありがたき幸せで、ございます」

 まだ今のウィリアム慣れていないアメリアは少し驚き、お礼を返した。

「妙な礼はいらん。本当に君は…変な人だな」

「えっ!」

 驚くとウィリアムは慌てて言う。

「いやその…良い意味で、だ。君のような人は初めてだから」

「ああ…そうですわね。貴族らしくないとよく言われます。両親も祖父も、祖母の血が濃すぎたと苦笑してましたから」

 幼い頃からお転婆すぎて、実を言うと体のあちこちに細かい傷があったりする。

 そう言うとウィリアムも苦笑した。

「おかしいな、夜会ではエリオット公爵家令嬢の横にいたのだろう?なぜ気が付かなかったんだろう…」

 確かに居たには居たが。

「夜会の雰囲気が怖くて」

「怖い?まぁ、独特な雰囲気はあるが…」

 アメリアはそれを肌で感じた。

「…その、私が言ったことは内緒ですよ?…Bランク、Cランクくらいの魔物に囲まれている感じが」

「ぶはっ!!!」

 とうとうウィリアムは吹き出した。

「魔物…っ!!」

「ほ、本当に内緒にして下さいね!?」

「…わ、わかったわかった」

 拳で口元を押さえながらウィリアムは返事をする。

「そのせいでバルコニーへ逃げていたんです。イザベルと入場して…王子だった頃の陛下に引き渡したら直ぐに」

 気配を消していたから、メイドくらいに思われていたのでは?と思っている。

「…ズルい。俺も逃げたかった」

 しかしそれは叶わない。

 歪んだ世界でも、数少ない夜会へは不機嫌なウィリアムと共に必ず出ていた。

「まぁ、あれも公共事業みたいなものですし…。次に開催する時は…何かテーマでも決めましょうか?」

 毎回ただ着飾るだけだとつまらないし、ただの談合と化す場合もある。

「テーマ?…仮面舞踏会とか?」

「それもいいですわね!」

「…いや、冗談なんだが…」

「いいと思いますよ?…皆さんの普段とは異なる姿が見れるかもしれませんね」

(それならイザベルも呼べそうだわ)

 そんな事を考えていると、ウィリアムはおそるおそる言う。

「…本当にやってみるか…?」

「ええ!…ずっと普通の夜会しかありませんでしたからね。たまには良いと思います」

 肯定すると驚いた顔になる。

「何か?」

「その…」

(もっと前に、出会いたかった。イザベルを遠ざけていなければ…)

 自分の心の中の声に、ウィリアムは小さく頭を振る。

(リリィとは…恋人とは違う。なんと言うのだろう)

 それまで居なかったタイプに首を傾げる。

「今まで周囲に居なかったんだ、君のような人は」

(でしょうねぇ)

「…"どなたか"が、そうしたのではないでしょうか」

 ウィリアムは「ん?」と目をさまよわせるように思案し、目を少し見開く。

「!」

「あなたはこの国の王。…街に様々な人が居るように、本来ならば様々な人と出会わねばならなかったはずです」

 国民に誰ひとり同じ人は居ない。皆、思想は違うし、良し悪しや理想や目的も違う。家族や兄弟であっても。

「彼らを統べる王の周囲が…一つの方向しか向いてないのは、正直おかしな事だと思います」

「…どうしてだ?皆、目的が一緒ならいいじゃないか」

「それが、強いられて、脅されて出来た状態なら?」

「それは駄目だ!…アメリアは、今ここでそのような事が起きているとでも言うのか?」

 倫理観はしっかりしているようだ。

 彼に欠落しているのは、王族としての常識や因果関係を考えること。

「…例えば…いえ、例えではありませんね。陛下は平民の女性を妻に、と王宮へ連れてきた」

「ああ」

 ウィリアムはリリィの事だと気が付き真剣に、口を出さずに聞いている。

「貴族やこれまでの慣習では、言語道断な出来事です。王族という地位が揺らぎますから。…私としてはその方が優秀であれば何の問題はないと思っていますけれど」

 そう言うとウィリアムはムスっとした顔になった。

「陛下、そこは当たり前でしょう。王は国を統べる。…ただ、見ている訳ではありません。王も王妃も、公務という仕事を毎日休まず続けなければなりませんから」

「!」

 王妃と言うと花が咲き乱れる庭園で優雅にお茶を嗜んでいそうだが、全くそうではない。

 歪んだ世界では、ウィリアムのせいで忙しくてお茶を飲む暇などなかった。

「そう…だな…」

「でしょう?そのためにイザベルは15年…他の令嬢と同じような自由は全くなかったのですから」

 側で見てきた自分がハッキリと言うと、ようやく分かったのかウィリアムは項垂れた。

 が、本題はそこではない。

「陛下が連れてきた女性は…どのようにしても反発はあったと思いますが、筋を通すのならどこかの貴族へ養子縁組をして、知識や所作やマナーなどの勉強をしてから王宮へ呼ぶべきでした。それがか彼女のためでもあります」

 もちろんそうする前に、正当な理由を提示してエリオット公爵家との婚約を白紙にするか、イザベルを王妃にしてリリイを側室にするなど、いくらでも考える余地はあったはずだ。

 項垂れたままウィリアムはもそもそと言う。

「俺は…」

「それを、王宮の今の流れを作り管理している、”どなたか”にお任せしましたよね?」

「…ああ」

「その方は頭脳派ですが、割と力技も得意なのですよ」

「え?」

 不安を感じたのか、ウィリアムは顔をあげる。

「陛下が平民の女性を連れてきた、しかも王妃にと言っている。貴族の反発は免れないからますます王の立場が悪くなる。…王派閥の自分の立場も」

 アメリアは一度言葉を切って、ふぅ、と息を吐き出して続ける。

「…それなら、知る者がいなくなれば身分など後付できる。その女性の因果関係を断ち切ればいい」

「待て!!!」

 ウィリアムが真っ青な顔をして立ち上がった。

「それは…どういう…」

 自分の胸元を片手でギュッと掴みながら訊いてくる。アメリアは可哀想に思いながらも伝えた。

「…ご想像通りです。実際、そうすれば…反発していた貴族も、”どなたか”の目に止まれば自分もそうなる可能性がある、と思い…挙げようとしていた手を止めるでしょう」

 歪んだ世界ではそれが日常茶飯事だった。

 実際、王弟派の人間が物理的に消えていたのだから。

 自分は宮から出られなかったから、見えないところでもっと消えていたのかも知れない。

「かなり強引な同調圧力というか…もはや圧政や独裁に近いですわね」

 アメリアは歪んだ世界の事を強く思い出してしまったので、疲れたように息を吐いた。

(まるで見てきたように言うが…嘘を感じない)

 ウィリアムは立ち尽くしたまま廊下の方へ、北側へ目を向けている。

(あちらに離れがあるのかしら?)

 そう思いつつ、ウィリアムに告げる。

「あとはマーカス騎士団長にお話を聞いて下さい」

「!…わかった」

 そう言うやいなや、彼は応接間を飛び出して行った。

(若いわねぇ)

 アメリアはすっかり冷めてしまった紅茶を頂くが、少々渋さが感じられる。

 ミルクを落とすとゆっくりと混ぜて…夕闇が落ち始めた空を見た。

(…ちょっと、今日は…いえ数日前からだけども…疲れたわね…)

 王宮内部の今までのツケを関係ない自分が払っているように思ってしまうが、小さく首を振る。

(いいえ。違うわ。私も、”侯爵令嬢”から逃げようとしていた…)

 政略結婚は嫌だと言い張り、冒険者と活動をしていても側には護衛がいて安全が護られている状態、冒険者になれないのならいっそイザベルが起こした事業で雇ってもらおうかとも考えていた。

 ウィリアムが王の責務から逃れて、簡単な方へ流れるのと同じではないか。

(色んなものが回り回って、このお転婆な侯爵令嬢をここへ呼んだのだわ)

 今の状態を変えようと急いで動いているために、考えるのが後回しになっている事もある。

(”どなた”なのかしら…)

 遡った20年を一体誰がどのようにして用立てたのか、が非常に気になっているのだ。

 非常に高位な…もしくは危険な魔法でないとあり得ない。

(あの…女性の名はクララ、だったわね)

 自分にこのペンダントをかけた女性だ。声しか分からない。貴族なのか、平民なのかもわからない。

 それ以外にも、隣国へ逃げたイザベルの娘エリザと、ルイスが聖女認定したクロエが気になる。

(エリザは魔法は使えない。クロエは…光魔法を使えるけども)

 自分とは全く認識がないと思われた。そんな者の為に大規模な魔法を使うのか、と疑問が残る。

 20年、というのが非常に気になるのだ。二人は19歳で微妙な年齢差。

(エリザが…クロエが、危険な魔法を使っていませんように…)

 手を組み、登り始めたフローライトの月へと祈る。

 月はいつもと同じように、彼女を照らすのだった。

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