第27話 手紙

 はやる気持ちを抑えて自室へ戻ると、アメリアは自らの執務室へ行き椅子に座る。

 王妃教育はダイアナが行う予定だったそうだが、別の教師を探すので後日に、という事になり…スーザンとブリジットは証拠発見の際の証人として騎士団へと連れられて行った。

 自分も行くのかと思いきや、”下手人が王妃に無礼を働いた瞬間"をマーカス以下、複数の騎士たちが見ているので、それだけで十分なのだという。

(王妃ってよく考えたら、すごい…ええと、役職?なのよね)

 以前は権力など微塵も感じなかったが。

 騎士団へ行く前にブリジットが淹れてくれた紅茶を飲みホッと一息をつくと、手渡された手紙を見る。

「イザベル…やっと…」

 手紙は二通ある。もちろん、アメリアはまっさきにイザベルの手紙を開封した。

 見慣れた文字が並び、それだけで涙が浮かんでくる。


  アメリアへ


  貴女が無事でとてもホッとしたわ。

  私の代わりに城へ攫われたと聞いて心配で、珍しく寝込んでしまったの。

  でももう、大丈夫よ。

  マーカス様が屋敷に来て驚いたけど…理由は分かっているわ。


「ふふ、さすがね」

 他に信用出来る人が居ない、という事を理解してくれたようだ。


  使用人の件は了解したわ。

  念入りに調べて…あの家と関わり合いが爪の先でもあるようなら対処するわ。

  それから、貴女に伝えたいことがあるの。

  きっと驚くわ。

  近日中にまた手紙を送るから、待っていてね。   


 久しぶりに…実に20年ぶりに見るイザベルの手紙。

(そうよ、彼女は生きてるのよ…)

 アメリアは胸が一杯になり手紙を思わず抱きしめた。

 便箋からは彼女がいつも付けていた香水の香りが漂い、懐かしさに涙が出てくる。

「いえ、彼女にとっては…数ヶ月くらいね」

 もし会えた時は、泣かないようにしなければ。

 アメリアはブリジットから借りたままのハンカチで涙を拭き、もう一通を開封した。

 そちらはマーカスの文字だ。

 父のジャックは割とゴツゴツした体つきで、マーカスはスラッとしているのだがそれが文字にも表れている。

「…良かった」

 こちらは緊急を要する内容だったので読む前に緊張していたのだが、大丈夫だったようだ。

 思わず椅子の背もたれに体を預ける。

「ふぅ…」

 ダイアナには「みっともないから寄っかかるな」と煩く言われてそうしていたから、ずいぶんと座り心地のよい椅子だな、とも思う。

(はぁ〜…陛下は…本当に、あの方だけしか見ていないのね…)

 平民が王宮へ囲われて、家族や縁者がどうなるか全く考えていなかったようだ。


 ”離れの君”…リリィはパン屋の娘だ。

 彼女の家族は”パンに毒が入っていた”という罪状で、幼馴染とその家族は”庭園に毒を撒いた”という罪状で、既に投獄されていたのだ。

 当然身に覚えがない罪だが、彼らはリリィが王族に連れ去られた事を知っている。

 裁判では偽の証言がなされ罪が確定してしまったので「このまま有無を言わさず殺されるんだろう」と思っていたところへ、マーカスが現れて彼らを王妃命令で保護した。


(まったくもう、どこもかしこも毒ばっかり。少しは裁判官も疑いなさいよ!)

 とは思うが、どうせ宰相の息が掛かった者なのだろう。

 後日、ウィリアムとアルフレッドに伝える事が増えてしまった。

「あとは…」

 取りこぼしている事がないか、考える。

 イザベラの安全確保、リリィの縁者の調査、ウィリアムへの苦言。

(…アルフレッド様と、話がしたいわ)

 しかしまだ時期尚早かもしれない。

 二人で会話したことを噂され、ウィリアムが勝手に”良くないように”誤解したら面倒だ。

(他に…)

 うーんうーんと唸っていると、ノックの音がする。尋ねる前に声がした。

「ブリジットと、スーザンです」

「どうぞ」

 二人なら歓迎だ。そう思って声をかけると、意外な人物を連れてきた。

「!…お父様」

 20年会えなかった父が目の前にいる。

 ずっと会えずに居たから、記憶の中にある父の顔そのままだ。目が潤みだす。

「王妃様にはご機嫌麗しゅう…」

「もう!お父様ったら!」

 妙に丁寧にお辞儀をするものだから、笑ってしまった。目尻から涙が溢れたが、さりげない仕草でハンカチで抑える。

 背後にはマーカス騎士団長もいるようだ。父より少しだけ年下の彼は、親子の邂逅を安堵した様子で見守っていた。

(大変、立ちっぱなしにさせているわ)

 執務室には応接セットもあるので、そちらをチラリと見るとすぐにスーザンが案内をしてくれてブリジットはお茶を淹れ始める。

(そうよ、これよ!これこそが、メイドよね)

 ダイアナは来客をほとんど許さなかったが、万が一来たとしても言葉で言わないと動かなかったからだ。

 渋々とやっていることが丸見えで、本当に気分が悪かった。

 二人はアメリアの対面に並んで腰掛ける。父の体格が良いので少し窮屈そうだ。

 そんな事も懐かしく思える。

「お父様、お久しぶりです…」

 再び涙腺が緩みそうになるのを必死にこらえながら伝えると、苦笑されてしまった。

「4日ぶりだろう。お前たちは領地にいたから、もっと会えていない期間があったぞ?」

「いえ!…もう、本当に色々ありましたのよ。それこそ、何年も経ったみたいに…」

 アメリアは少しだけ目を伏せた。

(……?)

 ジャックは内心で首を傾げた。

 数日前までは、まだまだお転婆だなと心配していたが、妙に落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 妻であるマリアのように磨かれた所作だ。

(しかし…老齢の戦士のようにも感じる)

 隙がないのだ。いったいこの4日間でどのような事があったのだろうか。

「お母様とショーンは元気?」

「…ああ。二人とも、とても心配していたから、会えて良かった」

 父の目にも安堵の色が浮かんでいる。

(そうよね。4日間音信不通だったから…歪んだ世界ではそれが20年も続くなんて思わなかったわ!)

「…そういえば、どうやってこちらに?立ち入りを止められていたのでは?」

 歪んだ世界では、父はこのエリアへ入れなかったのだ。騎士団の副団長だというのに。

 呼ぼうとすれば騎士団との癒着を示唆されて、「自重なさって下さい」とダイアナに言われ続けていた。

 この質問にはマーカスが答える。

「王妃様付きの筆頭メイドが居ないから、ですね」

 王族との癒着を防ぐためと理由をつけ、マーカスは渋々通し、ジャックは完全に出入りを禁止されてたと言う。

「…一体、何が目的だったのでしょう…」

 父と話したところで、歪んだ世界が好転するとは思えない。

「はは、あのような事をする者だからこそ、我々を通さなかったのでしょう」

(…流れが変わったかしら…)

 マーカスの厳しい顔を見て、アメリアは張り詰めていた気分が少し和らいだ気がした。

「処罰は?」

「もちろん、筆頭メイドの役職から外され、なおかつ極刑でしょう」

 王妃を貶める行為をしたのだ。それに連なる者も引っ張り出して捕まえるとも言ってくれた。

(そちらは難しいわね)

 なにせ宰相が相手になるのだ。きっといつも通り、のらりくらりと躱されてしまう。

 アメリアは周囲の安全を優先することにした。

「筆頭メイド…候補はいるのかしら?」

「いえ、とくには。そちらは人事担当が決めます」

「!」

(…それだと、まずいわ)

 人事を担当する大臣は侯爵家だが、メイソンの言いなりになっている。

 彼は宰相派の人ばかりを、要職から下男下女に至るまで配置しているのだと、歪んだ世界でアルフレッドから教えてもらった。

「その…コニー・ブレッド様は…呼べないかしら?」

「コニー…ああ、コニー殿か!なるほど」

「あの方ならメイドと、王妃教育も出来ると思いますの」

 先代の王妃に仕えていた女性だ。彼女は現在クレイグ領にいる。元々クレイグ領内の伯爵家の人なので、先王妃が亡くなり実家へ帰っていたのだ。

 小さな頃に、お転婆なアメリアにさじを投げた母がお願いをして淑女教育をしてもらった相手。

 イザベルとは非常に気が合うようで和やかに話をしていたが、自分は怒られっぱなしだった。

(コニー様、厳しいけど…絶対に味方になってくれる)

 蛇のようにしつこいルシーダの居場所を王宮から完全に無くすために竜を呼ぶような気持ちだが、背に腹は変えられない。

 絶対に、宰相派のメイドはつけたくない。ダイアナの二の舞だ。

(…もし、姿を変えられるなら、もう一度本人が来るかもしれない)

 それだけは絶対に避けたかった。

「コニー様なら、私達も安心です」

 古参のメイドであるスーザンは流石に知っているようだ。むしろその方がいいと推してくれる。

「では、推薦をしておこう」

(えっ…)

 騎士団は文官たちとは違う組織だ。いくら騎士団長でもそこまで口出し出来ないのだろう。

「ええ、お願いしますわ」

 澄ました顔で言うが、心の中では「後で陛下にお願いしよう!!」と決めていた。

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