第26話 神の啓示?
扉のすぐ前に立っていたのは若い騎士と、見知らぬ文官だ。
「何をされているのですか!!」
大きな声に、スーザンとブリジットは肩をすくめて怯える。
「何事ですか。…お静かに」
男性の怒号や魔獣の咆哮に慣れているアメリアが前に出ると、文官は怯む。
彼が放った言葉は敬語だったから、自分がここへ入ったことを知っていて虚勢を張っている。後ろの若い騎士に報告されて慌ててやって来たのか。
(ダイアナの嫌味声に比べたらなんてことはないわね)
本音の見えないあの声と違い、全く怖くない。
「今、私付きの筆頭メイドの悪事の証拠を掴みました。ダイアナを捕らえるよう、マーカス様にご連絡を」
しかし文官は命令を無視して一歩を踏み出してきた。
「何を…仰っているのか…」
「私、頭脳戦とか裏工作苦手なの。あれが証拠よ」
アメリアが指し示した先に、壁の隠し書棚が開いているのを見てギョッとする。
「こ、この部屋の主が居ないというのに、家探しとはなんて事を」
(さては、この事を知っていたわね?)
もしかしたら仕事が雑で数字など書かなさそうなダイアナの代わりに、出納帳を付けていた本人かもしれない。
「命令が、聞こえなかったかしら?」
「か、返せ!!!」
掴みかかってきた男に足払いをかけると、派手に転んだ。
次に若い騎士がアメリアの腕を掴もうとして、横へ吹っ飛ぶ。
自分を助けてくれた人物を見て、アメリアは喜びの声を上げた。
「マーカス様!」
マーカスはその言葉に目で頷くと部下へ指示を出す。
「捕えろ!!」
彼に続いて入ってきた騎士に、若い騎士と文官は捕らえられる。
ホッとしたアメリアは、もう大丈夫、とブリジットとスーザンに微笑みかけた。
またたく間に乱入した二人は連行されて行き、マーカスが歩み寄ってくる。
「無事ですか、アメリア嬢」
「はい。助かりましたわ」
笑顔で言うとマーカスは、はぁっとため息をついた。
「…まったく、貴女に何かあると私がお父上に殺されますよ?…お転婆が治っていないようですな」
「ええ!おかげで収穫がありましたのよ」
はいこれ、と差し出された冊子に彼は首を傾げた。
「これは?」
「あの隠し扉の中に入っていた、出納帳よ。裏帳簿みたいなの」
「!」
アメリアがブリジットから聞いた説明を、女性の名前をハッキリと”離れの君”と言い換えて伝えると、マーカスは重い顔で頷いた。
「わかりました…。筆頭メイドは騎士団が捕らえましょう」
「ええ、お願い。王宮への出入りを確実に禁じてちょうだい」
ついでに、防護の魔法を城の出入り口全てと、要所の部屋にかけて掛けておくように頼む。
その際に元々掛けてあるはずの場所のチェックも頼んだ。
(あともうひと押し、ほしいわね)
鎖骨で仄かに光るフローライトを見る。ダイアナが近寄れない石、だ。
「フローライトに近い…石なんてあるのかしら」
「石ですか?」
マーカスが首をひねると、スーザンが助け舟を出してくれる。
「それでしたら、月光石はどうでしょうか」
「月光石?あの…護り石の?」
冒険者と一緒に行動する際、護衛に必ず渡されていたものだ。
「あ!…そうね、邪を寄せ付けない、というものね」
「はい。フローライトほどではありませんが、国内でも産出しますし…数も多いので、あちらより断然入手が楽でしょう」
「ではそれも用意して…わからないようにランプに仕込むようにして、色んな所に置きましょう」
しかしマーカスが両手を上げて言う。
「待って下さい、アメリア嬢。なぜそこまでするのです?」
「あ」
(そうだったわ。みんな今の段階では、何も知らない…)
正直に言うと荒唐無稽な話になる。
(えーとえーと…)
しばらく考え込んだ末に、アメリアは捻り出した。
「その、私…フローライト神の啓示を頂いたの」
「……」
室内には幸いマーカスとメイド二人と自分しかいないが、皆の目が点になった。
「…今、なんと?」
ハッとしたマーカスが聞き間違いかと声をかけた。
しかし次の瞬間には、悲しげに目を伏せたアメリアに釘付けになる。
(うう…やっぱりイザベルのように上手い言葉が見つからないわね…でも)
歪んだ世界では、多くの大切な命が失われてしまった。
それを繰り返すくらいなら、自分が”変人”になるくらいどうってことない。
「…この王宮が…いえ、国そのものが、何かに乗っ取られようとしているのよ」
歪んだ世界で起きた出来事を走馬灯のように思い出すアメリアは、そう正直に伝えた。
「……」
騎士団長としてマーカスは…メイドとして長く務めているスーザンは、アメリアが素直に伝えたその言葉に、嘘がないと感じた。
何より、マーカスの方は彼女が嘘を付けないことを知っている。
「…信じなくてもいいわ。でも備えておいて損はないと思うの。なんなら費用は侯爵家から…スーザン?」
必死に伝えるアメリアの腕にスーザンが手を添えたのだ。
「大丈夫ですよ。私は王妃様を信じます…今も、このようにとんでもない悪事を暴きましたから」
マーカスも頷いた。
「そうです。昔から貴女は嘘が苦手だ。それは私がよく知っています」
「マーカス様…スーザン…」
10代の頃に「上手に嘘をつくのは貴族女性の嗜み」と夜会で男性に嫌味を言われたことがあったが、イザベルから「彼女は相手を選んでいるのよ。貴方は嘘を付くに値しない」と援護を貰ったことがあった。
その後に「貴女は今のままでいい」とも言われたから、ずっとそうしてきた。
(イザベル…貴女は本当に親友だわ。私をよく知っていて導いてくれていた…)
ポロポロと涙が溢れてきて、慌てたブリジットがハンカチを取り出し拭ってくれる。
スーザンは背中を撫でていてくれた。
「先程の内容は、必ず実施しましょう。…それと、これを」
マーカスは懐から何かを出して差し出した。手紙だ。
「!」
「後でお部屋で。…ここは、徹底的に調べます」
「ええ、お願いしますわ!」
差出人名は書かれていないが、宛名の文字に見覚えがあったアメリアは途端に涙が引っ込み、笑顔で返すのだった。
◇◇◇
(おかしい…)
宰相であるメイソンは、自らの執務室で考え込んでいた。
昨日執り行われた王と王妃の結婚式で、正式に婚姻が結ばれてしまったからだ。
(緊張して転ぶ、というのはありえるが)
部下からの報告に唸る。
裾の長いドレスに慣れていない女性へ、ウェディングドレスを着させたのは当日だ。
祭壇の手前にある階段を潰しておけばよかった、と思う。
小神殿の中で行われたことを漏らさないためと、花嫁の挿げ替えを大っぴらにしたくなかったので騎士団長や各大臣も出席させなかった式だ。
怪しまれるのを避けるため自らも出席を控えたが、自分たちで直接その場を見れなかった、というのは痛い。
当然、姉のルシーダも小神殿へ入れないのだ。
(能力の劣る侍従を雇ったのが仇となったか…)
命令した事だけを遂行する人材を多く配置したのがまずかった。
彼らは何も出来ず、ただ”令嬢が転んで失敗した”と報告してきた。
舌足らずな報告内容だけでは、小娘が予めその事を知っていた、とは言えない。
(姉上も、”そう”だとは判断していない)
遡りの秘術は簡単に出来るものではない。人数か、質か…どちらにせよ贄が必要だ。
それを魔法を使ったこともないあの娘ができるとも思えないし、冒険者の孫というだけで彼女自身が功績を上げたような記録もなかった。
「今は…”6回目”…か」
繰り返す度に誰かに邪魔をされて、贄を捧げ過去へ戻る。
そして以前の記憶が全て残るのは逆行を起こした者たち…自分と、姉であるルシーダのみ。
逆行のあとは、それを引き起こさせた者たちを殺害、あるいは病魔を植え付けるなどして歴史を操作してきた。
今は、以前に幾度か反旗を翻してきた…調教のさじ加減が難しいウィリアムを傀儡へと育て、万全を期している。
間違っても楯突かないようにと、”恋人”と言い張る女性を貴族の養子にせずに王宮の離れへ招待した。
彼女の家族と幼馴染一家は全て闇に葬る予定だ。
他にも、自分を王宮から追い出した令嬢のいるエリオット公爵家にも、スパイを潜ませてある。
(小娘はともかく…公爵家のほうが厄介だ)
何かを感じ取った先代の王妃から、身を護るためのフローライトの石のペンダントを預かったイザベル。
だからこそ、それを手放した先代の王妃を殺害することが出来たのだが、石を持っていても内側に毒を入れれば問題はないだろうと考えている。
いざとなればこれから産まれる赤子を人質にすればいい。
エリオット公爵家には有能なスパイを配置し、油断する頃合いを見計らって実行しろ、と伝えてある。
(それよりも…いったいどうしたと言うのだ)
姉のルシーダが昨日から戻らない。
いつも昼夜問わず、自分が寝ていても寝所へやってきて寝物語のように今日の出来事を嬉しそうに語るというのに。
(小娘をからかうのが楽しくなっているのか、それとも…まさか…)
侯爵家の小娘が何かをしたのだろうか。
(いや、それはない)
メイソンは小さく首を振る。
今までも…隣国のクーデターに巻き込まれても、ルシーダは何事もなく帰ってきていた。
(…それに…)
不遜の事態が起きた場合は、再び、時を遡ればいい。贄はルシーダなら簡単に探すことが出来る。
(小娘はしばらく”教育”だ。その間に、王へ離れの君と”子作り”をするよう、けしかけねば)
予定が詰まっている。メイソンは立ち上がり迷える子羊…ウィリアムの元へ行くことにしたのだった。
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