第25話 反撃開始
朝食後にウィリアムを見送ると、ブリジッドがやって来た。困った顔をした彼女に「少々お酒の匂いが…」と言われてしまったので、湯浴みと着替えを手伝ってもらう。
特に詮索はされなかったが、「陛下があのように穏やかで驚きました」と言っていた。
アメリアも同じ気分だったが「お酒の力は偉大ね」と言うに留めておいた。
「今日のドレス、いいわね」
水色のストンとした足さばきのしやすいドレスだ。背が高くスレンダーなアメリアに似合っている。
昨日の自己紹介の時に、騎士団の副団長の娘であることを明かしたので選んできてくれたのかもしれない。
「はい。アメリア様は銀髪ですし、別のものをご用意致しました」
「まぁ、ありがとう!」
ダイアナの好みのドレスからマシなものを探して着るしかないのか、と思っていた所だ。
元々用意してあったドレスはアメリアの希望通り、布地へ戻して再利用するという。
(忘れてたけど…あの人どうなったのかしら)
昨日のことを思い出し、ダイアナの事を訊いたら「体調不良のようでお休みだそうです。フォックス家から連絡がありました」と意外な事を言われた。
以前は、365日いつでも付き纏われていたというのに。
(なるほど。邪神と本当に関係するかは分からなかったけど…この石が何かの影響を及ぼしたのかもしれない)
それならもう幾つか、石を用意したいところだ。
非常に貴重な石のため探すのが手間だが、連絡がつけば、イザベルに頼んで送って貰うのもいいかもしれない。彼女は国内外にたくさんのツテを持っているから、一つくらいは見つかるだろう。
「という事は、今日がチャンスね」
「チャンスといいますと?」
「…ある噂を聞いたのだけど、確認したいことがあるのよ」
「お供は必要ですか?」
そう尋ねられて逡巡する。
(騎士と一緒だと…味方かどうか、まだ分からない。そうだ、騎士団員の家族が人質になっている事もマーカス様に伝えておかないと…)
数秒考えてから、そもそもダイアナの執務室を知らないことに気が付いて、ブリジットにお供をお願いする。
数字に強い彼女が居たほうが、見逃しがないだろう。
「ダイアナ様の執務室ですか?こちらです」
廊下を歩いて行った部屋は遠く、王族の住まうエリアのギリギリ内側で、その先は文官たちの執務棟だ。
王妃付きの筆頭メイドだというのに随分とアメリアの部屋から遠い。
(頻繁にメイソンや手下と連絡を取れる訳ね)
「こちらが何か?」
「入れるかしら」
「王妃様でしたら、もちろん」
この部屋には当然、寝室などの私室もあるそうだが、今日はいないという。
(その事もおかしいのよね)
体調が悪いというメイドへ、医師の診断書を提出しないと休暇は認められないと言っていたのに、自分は言伝のみで王宮に居ない。
王妃付きなのだから、気軽に王宮外へ出る事は出来ないはずなのだが。
(都合が良すぎて怖いけれど、今のうちに…)
朝早くに来たので隣の執務棟の廊下にはまだ人影がない。アメリアはブリジットと彼女が連れてきたもう一人のメイド…古参の女性で先の王妃にも仕えていたスーザンと中に入る。
なお、鍵はスーザンに執務棟から「掃除を頼まれました」と適当な理由を上げてスペアを持ってきてもらった。
ついでに”ある人”にも伝言を頼んでいる。
アメリアは初めてダイアナの執務室へと足を踏み入れた。
「殺風景ね」
何の装飾もない部屋だ。もっとゴテゴテと飾り込んでいると思っていた。
「メイドの執務室ですから…そういうものですよ」
スーザンが苦笑しつつ言うのを聞きながら書類が入った棚へ歩み寄る。
「そちらは王妃様の出納帳ですわね」
「もうあるの?」
「ええ。歴代のものがございますし…アメリア様の分は…」
「ああ、イザベルとの結婚費用からあるのね!」
笑顔でハッキリ言うと、スーザンは固まった。
「昨日着たドレスもそうだけど、ウェディングドレスもサイズが合って良かったわ。勿体ないものねぇ」
「そ、そうでござい…ますね…?」
「気を遣わなくていいのよ。本当のことだもの」
いちいち気にしていたら、ウィリアムのように…歪んだ世界の自分のように心が保てない。
疲れ切った心は変化を見逃してしまう。
「ああ、本当だわ。これね」
色の違う背表紙がズラッと並んでいるが、端にある萌黄色の冊子はまだ二冊しかない。
(イザベルの目の色ね…)
一つは予備のようで、一冊目の半分も書き込まれていなかった。
見た感じ、おかしいところはない。
「ちょっとこれを確認してみてくれる?」
「え?は、はい…」
驚く二人のうち、ブリジットへ冊子を渡して棚を眺める。
(うーん、こういのってよく裏に…隠し板が嵌め込まれてるのよね)
ダイアナは自分より背が少し低いせいか、出納帳が入っていた棚の位置は背の高い彼女にはよく見える。
ちょうど、アメリアの分から棚が分かれている事も気になるし、今までの出納帳も若干背表紙が飛び出ているのだ。こういうのは書棚か出納帳のどちらかをサイズぴったりに作るものだろう。
(裏に何かあるとは思うけど、隙間がないわ)
書棚の背面を内側からつついてみても動かないし、隙間もない。
(うーん…ん?)
丁寧に磨き上げられた書棚の一部分に、汚れが見えた気がした。
体をゆっくりとずらして光の加減を変えて見てみると、ある所に手脂が微かについている。
それも両側、同じ場所に。手で触ると外側からは見えなかったが、内側にそうとは見えないように凹みがあった。
(という事は…)
「!…どうされましたか?」
突然しゃがみこんだアメリアにスーザンが驚く。
「確認をしているの」
(これだわ!)
絨毯を凝視して確信した。高級な絨毯だからこそわかりやすい。もちろん丁寧にならして隠しているようだが、ほんの少しだけ毛先が削れている。
(なるほど、そういう仕組なのね?)
アメリアは立ち上がると、並んだ書棚の真ん中にある左右それぞれの凹みに手をかけて、手前へ引いた。
「「えっ!!??」」
スーザンも、出納帳を確認していたブリジットも驚いて手が止まっている。
書棚が観音開きのクローゼットのように開いたら、驚くのは当たり前だ。
ダンジョンでもよくある行き止まりと見せかけた部屋の中の、奥の部屋や通路へ行くための仕掛けである。
「こちらにあったのね…」
薄く一冊分だけ彫り込まれた壁の中に横長に親指ほどの太さの薄い板が打ち付けてあり、その上に数冊の冊子が置いてある。色は萌黄色だ。
アメリアはその冊子を全て取り出した。
「一冊は予備で、あとの二冊は…一つはもうかなり書き込まれているわね…」
冊子の内容を覗き込んだスーザンの顔色が変わり、彼女はすぐにブリジットを呼んだ。
「すぐに確認を」
「は、はい」
パッと見ただけだが、新しいドレスの費用、装飾品の費用、食事から使用人に至るまで全ての出金内容が書かれていた。
(イザベルじゃないわ。ドレスなんて作って貰ったことがないと言っていたもの)
それに使用人や食費はおかしい。彼女は王宮に住んでいない。
少しして、三冊の出納帳を確認したブリジットが青い顔を上げた。
「…これは…その…」
「ハッキリ言っていいわ」
ブリジットは一度唾を飲み込むと、決意したように言う。
「こちらは別の方の…女性に関わる出納帳で…もう一冊は、アメリア様の出納帳とこの冊子を合わせたものです…」
想像通りの言葉にアメリアは満足そうに頷いた。
「やっぱりね」
表にあるのは自分に使った費用だけ。後で罪を擦り付ける時に裏帳簿とすり替えたのだろう。
スーザンは額に手を添えて首を横に振っている。あってはならない事だからだ。
「…この情報を、どちらで?」
「ある筋、としか言えないわ。その方に危険が及んでしまう」
本当は自分自身の経験からだが、そんな事を言ったら逆に疑われてしまう。
「そうですわね。ですが、この事は…」
「ええ、もちろん告発するわ。証拠もあ」
そこまで言いかけた時、扉がバァンと乱暴に開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます